第二十話 オイルフィニッシュ
「またあった!」
「タクミ、あまり奥まで行っちゃ駄目ですよ」
「はーい!」
ド・ラマーク領の周囲の山はすっかり色付いて、秋たけなわである。
今日はアキラたち一家は総出で裏山へ紅葉狩りに来ている。
「……しかし、なんで『狩り』なのかなあ……」
常々、アキラは謎だと思っている。
「いちご狩りやぶどう狩りと違って紅葉を集めるわけじゃないし……」
残念ながら、この疑問への解答は『携通』にも載っていなかったのだ。
一説によれば、平安貴族が『狩り』をした際に紅葉を鑑賞する宴を開いたのが始まり、という。
また、山野に美しい景色を探し求める行為を探し求める様子を『狩猟』になぞらえたとも。
『紅葉見』、また『観楓』とも呼ぶ。
そしてちょうどクルミの実が落ちていたので、タクミが喜んで拾い回っているというわけだ。
「タクミ様、そちらは危ないですよ」
「はーい!」
侍女のリリアも一緒に来て、走り回るタクミを見てくれているのだった。
「にーちゃ、にーちゃ」
「だめですよ、まだエミーはあぶないですからね」
「ぶー」
最近よく歩き回るようになったタクミの妹、エミー。
兄と一緒になってクルミを探したい様子だが、さすがにまだ危ないのでミチアが止めていた。
そのタクミは、リリアに見守られながら、手にした袋いっぱいにクルミを拾っていたのである。
外果皮が付いたままのクルミなので、あとで剥かないとあの見知ったクルミにはならない。
「……そういえば、クルミの油って使っているかな?」
ふとアキラは、横にいたミチアに尋ねてみた。
「クルミ油ですか? ごくたまに、ドレッシングに使っていますね」
クルミ油は熱に弱いので、加熱するような調理に使うと風味が損なわれてしまうのである。
それ以前に、クルミからの油の抽出はロスが多いため、大量に使う用途には向かない。
一番の用途は絵の具である。
クルミ油は乾性油(空気中の酸素と反応して固まる油)なので、顔料と混ぜて油絵の具を作るのだ。
油自体の色が薄いので絵の具向きだという。
「木工にも使わせてみようかな」
クルミ油で木工製品を拭き上げると、よいつやが出るのである。『オイルフィニッシュ』という。
ただし。
酸化する際に発熱するので、クルミ油が染み込んだ布を固めて置いておくと、外気温が高い日などには自然発火することもあるので気を付けねばならない。
そうした布は水に浸けるなり焼却するなりして処分したほうが安全だ。
もちろん、クルミ油で仕上げた木工製品が発火する心配はない。
瓶などの容器に入れたクルミ油も同様に安全である。
ところで、『オイルフィニッシュ』という技法はすでにこの世界にあったが、産地が限られるクルミ油は使われていなかった。
そこでアキラは、『地産地消』ということで、この地方で作られた木工製品に、この地方で採れたクルミから作った油を使おうと考えたのである。
『蜜蝋』を使った『ワックスフィニッシュ』と共に、ド・ラマーク領の名物技法になるといいな、と期待するアキラであった。
* * *
王都では、超大型機……といっても模型なので、3分の1スケール……の設計が終了していた。
「やっぱり大きいなあ」
原寸大の図面は無理なので、5分の1の縮尺で描かれた図面。
それで結構な大きさである。
「全長2メートル、全幅2.5メートルですものね……」
「これ、飛ばせるんでしょうか」
「うん、……操縦者はラインに引きずられるかもな……」
「そちらも、何か対策をしましょうよ」
手掛ているのはハルトヴィヒ、シャルル、アンリ、レイモン、ルイの5人。
「中心に杭を打って、そこに掴まるのはどうでしょう」
「いいかもしれない」
「万が一のことを考えて、腰に縄をつけて杭に結びつけましょうか」
「その場合、杭側はくるくる回るようにしないと巻き付いて動けなくなるぞ」
「ではそれで」
などと、いろいろな意見が出た。
「ラインの長さもこれまでより長くしないとまずいのでは?」
「そうすると重くなるからな……」
「ああ、内翼側の揚力を増やさないとバランスが取れなくなりそうですね」
「そういうことだな」
結局、ラインは少し長くして20メートルでいくことになった。
「万が一、ハンドルが手から外れたら危険ですから、ロープで手首に縛っておきましょうよ」
「そうだなあ……」
実際の『Uコン』でも、そうした安全措置としてストラップを付けることがある(公式の大会ではほぼ必須らしい)。
「フライトサークルには絶対に人が近付けないようにしないと」
「もう兵士を出してもらうしかないかもな」
今回の模型は、おそらく最終型となる。
つまり、その結果を踏まえて実機を作ることになるのだ。
なので、かなり慎重に行うことになる。
上昇と下降、離着陸時の挙動を確認するための模型であるから、宙返りを始めとする『曲技飛行』は行わないか、最終段階でのテストに留まるであろう。
「遊具としてみたら1メートルクラスで十分ですものね」
「そうだな」
実機が成功したら、いずれこの世界にもアキラのいた世界のように『模型飛行機』が流行するのかもな……とハルトヴィヒは空想してみるのだった。
* * *
運用・試験についての打ち合わせと並行して、機体の製作も進められている。
今現在、半分ほど出来上がっていた。
まだ胴体と主翼は取り付けられておらず、布も張られてはいない。
エンジンも最終調整が終わっていない状態だが、概ね予定どおり、順調である。
「年内には有人飛行を成功させたいものだなあ……」
ハルトヴィヒはそう呟き、エンジンの調整を続けるのであった。
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次回更新は2月3日(土)10:00の予定です。
20240127 修正
(誤)そしてちょうどクルミの実が落ちていたので、タクミが喜んで広い回っているというわけだ。
(正)そしてちょうどクルミの実が落ちていたので、タクミが喜んで拾い回っているというわけだ。
(誤)エンジンも最終調整が終わっていない状態だが、概ね予どおり、順調である。
(正)エンジンも最終調整が終わっていない状態だが、概ね予定どおり、順調である。




