第十八話 虫よけと人よけ
虫の話注意です
ド・ラマーク領では、繭の収穫が行われている。
蚕は、糸を吐き始めてから4、5日で繭を作り上げ、それからさらに5日ほどで、蛹になる。
そうなると繭掻きが行われるのだ。
繭掻きは、蔟から繭を1個ずつ取り出す(掻き取る)作業で、たいへん手間が掛かる。
なのでアキラやミチアも……いや、『絹屋敷』の人員ほとんど総出で行うのだ。
間に合わないと、繭の中で蛹が成虫になってしまうからである。
成虫は繭を溶かす液を吐いて出てくるため、繭が使い物にならなくなってしまうのだ。
この集中を防ぐため、最初の一歩……孵化させる日を2日ほどずらして行うのだが、あまり日を空けすぎると、秋蚕や晩秋蚕は気温が低くなって成長に影響が出ることもあるので要注意だ。
この点、ハルトヴィヒが開発した『エアコン』があるので多少の調整がきくようになった。
収穫した繭はとりあえず熱風乾燥法で『殺蛹』(中の蛹を殺すこと)される。
そして表面の毛羽を取ったあと選別され、一旦貯蔵されるのだ。
ちなみに、この毛羽は低品質の真綿として保温材に利用される。
「なんとか終わったな」
「へい、領主様」
『秋蚕』も滞りなく終わり、残すは『晩秋蚕』の飼育である。
「蚕室や蔟をきれいにして殺菌もしておいてくれよ」
「へい、間違いなく」
「頼むぞ」
そして、繭の貯蔵にも要注意である。
天然素材である絹は、保管が悪いと『虫』が付く。それは繭も同じである。
絹糸を食べる虫は『カツオブシムシ』類の幼虫が多い。
これは名前のとおり鰹節を食害するが、その他にも羊毛や絹も食べるのだ。
成虫は米粒より小さい、楕円形の甲虫で、花に集まり、衣服の食害はしない。
だが、干した衣類にくっついて家の中に入り込み、卵を産み付けることがある。
この卵から孵化したカツオブシムシの幼虫が衣服を食い荒らすわけである。
繭も同様にやられるから、身体に成虫をくっつけてこないよう注意する必要がある。
(そういえば、カシミアのマフラーを虫に喰われたっけなあ……)
嫌らしいことに、このカツオブシムシ類は、高級な天然素材の方をより好むらしいのだ……。
衣類の防虫剤は忘れないようにしよう、と考えたアキラ。
今のところ、ヒノキやスギに似た木の葉を布の袋に入れて衣類と一緒に保管する方法が取られている。
これは針葉樹の葉に含まれるテルペン(植物の精油に含まれる化学物質)類が防虫効果を発揮していると考えられた。
(あれ、専用の防虫剤って作れないかな……?)
と思い至った。
そこでミチアに相談してみる。
『携通』の情報を9割方書写してくれた彼女は『生き字引』なのだ。
「『樟脳』なら作れるかもしれません」
というのがミチアの答えであった。
そこで『樟脳』について調べてみると、『クスノキの葉や枝などのチップを水蒸気蒸留すると結晶として得ることができる』とあった。
「蒸留はまあいいとして、クスノキがあるかどうかだな」
もうじき農閑期にはいるので、そうしたら領民に相談してみようと考えたアキラであった。
* * *
さて、王都では、『コントロールライン式模型飛行機』の試作1号機が成功したので、2号機の検討に入っていた。
同時並行でコントロールライン操縦に慣れるための練習も行われている。
コントロールライン(以下、CLと呼ぶ)機の場合、慣れた者(この場合はハルトヴィヒ)に手を添えてもらって練習することで、初心者でも墜落させずに練習することができるのだ。
実際この方法でシャルル、アンリ、レイモン、ルイの4人も無事初飛行を成功させたのである。
そして1日2時間ほど、交代でCL機を飛ばす練習を行い、今ではもう目を回すことはなくなっていたのだ。
「2号機はもう少し機動性を上げ、宙返りくらいはさせてみたいと思う」
「おお、いいですね。ハンドランチグライダーではできましたからね」
ハルトヴィヒの提案に、シャルルが答えた。
「そしてもう1つ、エンジンコントロールを付け加えたい」
「もう1本、ラインを増やして、ですよね? 重くなりませんか?」
「アンリの心配はわかる。だから機体も一回り大きくするし、エンジンも強力なものにする」
「揚力を増やすため、複葉機にしましょう」
レイモンも意見を述べた。
こうして、2号機の仕様が詰められ、設計図が描かれる運びとなる。
「これがうまくいったら、実機の2分の1か3分の1の大きさで模型を作ってみようと思う」
ハルトヴィヒの言葉に、メンバーは皆やる気を漲らせた。
「それが3号機ですね。その次はいよいよ実機に取り掛かる……と」
「ああ、楽しみですね」
「まったくだ」
浮かれだしたメンバーに、ハルトヴィヒは釘を刺す。
「おいおい、気が早いぞ。まずは目の前のことから1つ1つ、だ」
「あ、はい」
そして同日夜、ハルトヴィヒたちは設計図を完成させた。
「よし。機体はシャルル、アンリ、レイモンに、僕とルイはエンジンを担当しよう」
「わかりました」
役割分担も終わり、それぞれ動き出す……。
* * *
そして、コントロールライン式模型飛行機の練習風景……なのだが。
「今日はギャラリーが多いな……」
噂を聞きつけ、また口コミで、少しずつ見物客が増え続け、この日は100人の大台を超えていた。
「近付かせないよう、注意してくれ」
ラインの内側は非常に危険である。
そしてラインに何かが引っ掛かれば、機体は十中八九墜落する……。
なのでハルトヴィヒは助手として来てくれている技術者たちに、見物客を一定距離以上近寄らせないよう見張るように頼んだのである。
「万が一のことがあったら大変だからな」
現代日本でも、コントロールライン式模型飛行機、つまりUコンや無線操縦式模型飛行機を飛ばせる場所は少ない。
過去に、ギャラリーにエンジン付き模型飛行機がぶつかった事故もあったため、一般の公園ではまず無理だし、河川敷も難しい。
特殊な事故例としてはUコン機が高圧線に接触したことによる感電事故も起きたことがあるという。
この点、広い土地のあるアメリカに大いに劣っており、趣味としての模型飛行機(無線操縦機含む)後進国になってしまっているのが残念である(作者感想)。
閑話休題。
そのような事故を起こさないよう、ハルトヴィヒは助手たちに注意するよう指示を出したのであった。
その甲斐あって、その日は何ごともなく飛行練習を終えることができたのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は1月20日(土)10:00の予定です。
20240113 修正
(誤)レイモンも意見を述べた。」
(正)レイモンも意見を述べた。




