第十七話 コントロールライン
新年おめでとうございます。
ド・ラマーク領にも秋風が吹き始めた。
『秋蚕』は5齢となり、もりもりばりばりしゃくしゃくと桑の葉を食べている。
音が大きいのは、秋を迎えて桑の葉が育ちきり、硬い葉が多くなったからだ。
「この分だと『晩秋蚕』は貯蔵した葉を使うことになるな」
蚕室の様子を見回っているアキラが呟いた。
「桑の葉の貯蔵は十分だろうな?」
「はい、アキラ様。来春の『春蚕』の分まで十分に賄えますだ」
「それならよし。頼んだぞ」
「はい、お任せくだせえ」
地元出身の職人たちも仕事に習熟し、不慮の事態にも対処できるようになっている。
養蚕は、そろそろアキラの手を離れようとしていた。
(嬉しいような、寂しいような)
そんな感慨を抱くアキラであった。
早生種として固定できたと思われる田んぼでは稲刈りも始まった。
根本近くで稲を刈り取り、『はさ』と呼ばれる干し台に、穂を下にして引っ掛けて乾燥させていく。
いわゆる『はさ掛け』だ。
『はさ』は『稲架』と書く。そのまま『とうか』と呼ぶ地方もある。
構造は、上が小さいXの字に交差させた木の棒を田んぼに立て、上辺に木の棒を水平に渡したもの。
ここに束ねた稲を、穂を下にして引っ掛けていくのだ。
太陽と風で稲は乾いていく。
雨が降りそうなときは取り込むか、防水シートで覆って濡れないようにする。
「鳥よけを忘れるなよ」
「へい、領主様!」
作業を見回りながらアキラが声を掛けると、威勢のいい声が返ってきた。
今年は豊作なので皆やる気に満ちているようだ。
* * *
「『コントロールライン』式飛行機だ」
ハルトヴィヒは、『ライトプレーン』の次になる実験用模型飛行機の宣言をした。
『Uコン』でもよかったのかもしれないが、ハルトヴィヒはもう1本、『スロットルコントロール』をするためのラインを使おうと考えているため、コントロールラインが3本となってしまい、『U』の字ではなくなってしまうというのがその理由である。
「面白い構造ですね、先生」
シャルル、アンリ、レイモン、それにルイの4人も参加し、試作1号機を作っている。
機体は『単葉』とした。
構造が単純で、『複葉機』に比べ軽くできるためである。
『コントロールライン式模型飛行機』または『Uコン飛行機』の操縦系統はわかりやすい。
『T』をひっくり返した形のリンク板(ベルクランクと呼ぶ)の左右に『コントロールライン』……通常は金属製の細いワイヤー……を付け、操縦者が手に持つ棒状の『ハンドル』の上下に接続する。
棒の長さが長いと機体の反応が敏感に、短いとマイルドになる。
同様に『ベルクランク』の横辺が短いと機体の反応は敏感に、長いとマイルドになる。
「このあたりは『リンク機構』だからわかるだろう」
「はい」
この『ベルクランク』の先……『逆Tの字』の頂点部分にリンク棒(これをプッシュロッドと呼ぶ)を付け、水平尾翼まで伸ばし、昇降舵に付けた『L』型のリンク(コントロールホーンと呼ぶ)に接続して動かすことで機体を上昇・下降させるのだ。
「昇降舵の操作は実機と大差ない。長くなるからプッシュ式ではなくプル式(引っ張り式)になるだけだ」
「はい」
「フラップも同時に制御することができるが、今回は昇降舵だけにしよう」
「はい」
「2号機はスロットルコントロールもしてみたいが、まずは飛ばすことを目標にしよう」
「はい」
「翼面荷重にも目標値がある」
目標値は40から50グラム/平方デシメートル(模型飛行機はこの単位を使うことが多い)。
「コントロールラインがかなりの抵抗になるから、機体は軽く作る必要がある」
「はい」
ここで、『コントロールライン機』に特徴的なのが、主翼の長さ(翼長)が左右で違うこと。
「円を描いて飛ぶから、内側の飛行速度が外側より低くなる。そうするとどうなる?」
「外側の主翼が持ち上がりますね。……あ!」
「そうすると、機体は内側へ旋回を始めてしまい、ラインの張力が弱くなる。そうなるとコントロールを失ってしまうわけだ」
「なるほど」
「あと、内側には『コントロールライン』の重さも掛かるから、余計に揚力を発生させる必要もある」
「わかりました」
* * *
そうして、2日がかりで試作1号機は完成した。
「できたな」
「できましたね、先生」
全長1メートル、全幅1.3メートル。
翼型は『クラークY』と呼ばれるもの(下面が平らで上面が凸)に近い、オリジナル。
主翼面積約32平方デシメートル、全備重量1.4キログラム、翼面荷重43.75グラム/平方デシメートル。
エンジンは試作で作ったものを模型用に再整備したもの。
コントロールラインは直径0.8ミリの鋼鉄の撚り線で、長さは15メートルとした。
プル・テストと呼ばれる、機体とコントロールラインの強度テストも、10キロの力に耐えたので合格。
「なんとか翼面荷重を小さめにできたな」
「はい、先生」
時刻は午後2時過ぎ。
早速飛行場で飛行テストを行うことになった。
急なことなのでギャラリーは皆無。
「魔力充填は少なくしておこう」
飛行時間を短めに取らないと、おそらく目が回るから、とハルトヴィヒは言った。
テストパイロットはもちろんハルトヴィヒ。
飛行方向は反時計回り。つまり中心にいる操縦者から見て、機体は右から左へ飛ぶわけだ。
助手……今回はシャルルが機体を保持する役だ。
エンジンコントロールのない場合はエンジンをフルパワー(もしくはそれに近い設定)で回し、操縦者の合図で手を放すことになる。
「よし、行くぞ」
ハルトヴィヒはハンドルの持ち方を確認(逆に持つと上昇下降が反対になってしまう)しハンドルを持っていない左手を上げて合図した。
助手のシャルルはそれを見て機体を放し、飛行範囲から急いで離れた。
ワイヤーがあるから、操縦者と機体が描く円内は危険地帯なのである。
助手の手を離れた機体は滑走を始める。
(問題は、ここからだ。無理に上昇させようとしてはいけない)
ハンドルは上を引くと上昇、下を引くと下降。なので腕を伸ばし、手首を固定し、腕の上下だけで機体を操るのが初心者向けの操縦法だ。
早く離陸させたくて手首でハンドルを操作するとオーバーアクションとなり、機体はまだ離陸に十分な速度に達していないのに上昇を始めてしまう。
結果は失速、そして墜落だ。
『コントロールライン模型飛行機』の初心者が最初にぶつかる壁がこれである。
(機体を無理に上昇させようとせず、腕をゆっくり上げていく……飛んだ!)
「飛んだ! 飛んだぞ!!」
「すごい! 本当に飛んだ!」
試作1号機はきれいに離陸し、その後は、多少波を打つ程度の水平飛行を行う。
(なるほど、腕の高さを一定にしておけば、機体の上下は自動的に補正してくれるわけだ)
これが『コントロールライン模型飛行機』の初心者が2番目にぶつかる壁である。
何らかの原因で上昇または下降した機体を修正しようと、舵を切りすぎるのだ。
その結果は波状飛行。
急上昇したから下げ舵をうち、それが過剰なので急降下。
今度は慌てて上げ舵、過剰なので急上昇。
そのうちに修正が追いつかなくなり地面に接触……というパターンだ。
これは飛行経験が少ないと慌てやすく、その結果こうした結果をもたらす。
が、ハルトヴィヒは落ち着いて操縦を行い、充填した魔力が尽きるまで飛ばし切ることに成功したのである。
* * *
なんとか着陸させた後、目が回って尻餅をついたのはご愛嬌である。
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次回更新は1月13日(土)10:00の予定です。
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