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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第12章 飛翔篇
336/433

第十三話 バランス

 ド・ラマーク領の短い夏も、今が真っ盛りだ。

 短い夏を謳歌するように、木々には花が咲き、蝶や蜂が蜜を求めて飛び交っている。

 そんな中。農作業は少しだけ楽になってきていた。

 い草の収穫は終了。

 わさびの収穫も終了。

 春に播いた小麦も収穫を終えた。


「早生種の選別も少しずつうまくいっているようだしな」

 とアキラが期待しているのは『稲』である。

 夏が短いド・ラマーク領では、寒さに強く、成長の早い品種の稲を栽培したい。

 そういう品種を作り出せればいいのだが、それは無理なので『選別』を行っているのだ。

 要は育てている稲の中から成長・結実が早いものを選び、それだけを育てていくことを繰り返す。

 毎年、同じような結果が出るようなら『品種』として固定できたといえる。

 地道な努力が続けられているのだ。


 養蚕は順調。

「蚕も無事、繭になったしな」

 『夏蚕なつご』として十分な収穫が見込めた。

 次は『秋蚕あきご』である。

 その前に『蚕室さんしつ』を掃除し、殺菌消毒しなければならないが。

 蚕も職人も増え、今や養蚕はド・ラマーク領の看板産業である。


*   *   *


 もちろんアキラは、家族サービスも忘れない。

 手が空いたときを見計らって、ピクニックに行ったり散歩に連れ出したりしているのだ。


 今日は庭で水遊び。ビニールプールはないので、木で大きな浴槽を用意し、中に水を溜めて遊んでいる。

 大きいと言っても1メートルの2メートル、深さ50センチくらいなので水深は30センチあるなし。完全に子供用だ。

 ちなみに、この浴槽もいずれ生け簀に転用しようとアキラは考えている。

 アキラは濡れてもいいように水着姿でタクミとエミーを遊ばせていた。


「わあい、つめたーい」

「にーに、ぱーぱ」


 冷たいとは言っても、日中なので摂氏25度くらいには温まっており、エミーを入れても問題ない温度だ。

 タクミは水鉄砲で遊び、エミーはただバシャバシャ動くだけで満足そうである。


 昼下がりの『絹屋敷』は平和であった。


*   *   *


 夏の王都も平和である。


 『航空工学』初級……といっても中級はない……講座も終わり、ハルトヴィヒは少し自分の作業に集中できるようになっていた。

「うん……やっぱり『バランス取り』は重要だな」

 回転する機械の場合、回転部分のバランス……釣り合い……が悪いと振動が発生する。

 洗濯機の脱水槽に適当に洗濯物を詰めて回すとガタガタする、あれである。


 その振動は回転させるエネルギーが変化したものなので、要するに効率が落ちるわけだ。

 そこで『バランス取り』である。

 これには『静バランス』と『動バランス』がある。


 『静バランス』はつまりは『重さの釣り合い』だ。

 回転軸を水平にしてできるだけ摩擦の少ない軸受に載せれば、重い方を下にして回転する。

 そうしたら重い方を少し削るなどして軽くするか、軽い側に重りを少し追加する。

 そしてもう一度釣り合いを見る。

 再び重い方に回転したら、同じように調整する。

 これを繰り返していくと、回転部分はどの向きにしても静止するようになり、これを『静バランス』がとれた状態という。


 『動バランス』は難しい。

 『静バランス』がとれた状態でも、『動バランス』がとれているとは限らないのだ。

 付け加えるなら、『静バランス』は薄い円板の時に限り有効で、回転軸方向に長さのある円筒の場合は『動バランス』が重要になる。

 『静バランス』がとれているのに『動バランス』がとれていないという最も端的な例は、円筒の両端の円周側に、180度ずらして同じ重さの重りを付けた状態を想像してほしい。

 この場合、静的な釣り合いはとれているが、回転させると円筒の両端で反対方向に余計な力が発生するのだ(偶力という)。

 つまり円筒をシェイクするような振動が発生する。

 高速回転するモーターのローターではこれが問題になる場合もある。


 一番の問題は、これを補正するやり方までは『携通』に載っていなかったし、アキラも知らなかった。そしてハルトヴィヒにも思いつかなかったことである。


 しかし、である。

「今回のエンジンは多段式だ……つまり1段ごとに『静バランス』をとってやればいいんじゃないか?」

 ということをハルトヴィヒは思いついた。

 回転する羽根車は4段なので、1段ごとに『静バランス』をとってやれば、かなり振動が抑えられるのだ。

 完全ではないが、回転数の上限が毎分数千回転であることを考えると、十分に効果がある。


 ちなみに、回転数が高いほどバランス取りは重要になるが、『共振』という現象もあって、なかなか難しい。

 『共振』周波数を遥かに超える超高速で回転させると、振動は少なくなってしまうのだ。

 このあたりは『携通』にも載っておらず、ハルトヴィヒはおろか、アキラも知らなかったりする。


 閑話休題。

 試作2号エンジンで各段ごとに『静バランス』をとった結果、なんと20パーセント近くも出力が向上したのである。

「量産エンジンにもこの調整を取り入れなくちゃな」

 意気込むハルトヴィヒであった。


*   *   *


 さて、ハルトヴィヒの助手となったシャルル、アンリ、レイモンの3人は、飛行場脇の『研究所』に通い詰めている。

 3人はそれぞれ飛行機の模型を作り、風洞実験を繰り返しているのだ。

 『いずれ、自分で設計した飛行機で空を飛ぶ』のが彼らの夢である。


 とはいえ今の目標は『世界で最初の飛行機』を作ること。

 こちらはハルトヴィヒがメインで設計したものだが、彼ら3人も案を出しているので、最低でも『協力者』、運がよければ(?)『共同開発者』として歴史に名が残るだろう。


「問題は素材だな」

「ああ。メインは木材だが、軽くて丈夫な木を使いたい」

「いや、丈夫といってもいろいろある。硬いがもろいものは駄目だ。弾力があって折れにくい物が必要だ」

「確かにそうだ」

「あとは張る布だが、やはり麻かな?」

「丈夫さでいったらそうなるな。さすがにシルクは使えないだろう」

「あとはどうやって留めるかだが……」

「それは先生に聞いた。糸で縫い付ける方法と、固定用の桟木さんぎを当てて釘で留める方法があるそうだ」

「糊じゃないのか」

「剥がれたら一大事だからな。信頼性を考えたんだろう」


 そんな議論も昼夜なされており、夏の暑さにも負けない、彼らの熱意がうかがえたのだった。

 お読みいただきありがとうございます。


 動バランス、作者にもよくわかりません……今はいい自動測定器があるようです。


 次回更新は12月9日(土)10:00の予定です。


 20231202 修正

(誤)「あとはどうやって止めるかだが……」

(正)「あとはどうやって留めるかだが……」

(誤)固定用の桟木さんぎを当てて釘で止める方法があるそうだ」

(正)固定用の桟木さんぎを当てて釘で留める方法があるそうだ」


 20231203 修正

(誤)試作2号エンジンで格段ごとに『静バランス』をとった結果

(正)試作2号エンジンで各段ごとに『静バランス』をとった結果

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― 新着の感想 ―
[一言] >「早生種の選別も少しずつうまくいっているようだしな」 >とアキラが期待しているのは『稲』である。 >夏が短いド・ラマーク領では、寒さに強く、成長の早い品種の稲を栽培したい。 >そういう品種…
[一言] >蝶や蜂が蜜を求めて飛び交っている。 そして大音響で鳴きまくる蝉の大群w
[一言] >>短い夏を謳歌するように、木々には花が咲き、蝶や蜂が蜜を求めて飛び交っている。 まぁ当然のごとく、異世界なので草木は人を襲い、昆虫は1メートル以上のモノが飛び交ってますけどね。 >>そ…
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