第十三話 バランス
ド・ラマーク領の短い夏も、今が真っ盛りだ。
短い夏を謳歌するように、木々には花が咲き、蝶や蜂が蜜を求めて飛び交っている。
そんな中。農作業は少しだけ楽になってきていた。
い草の収穫は終了。
わさびの収穫も終了。
春に播いた小麦も収穫を終えた。
「早生種の選別も少しずつうまくいっているようだしな」
とアキラが期待しているのは『稲』である。
夏が短いド・ラマーク領では、寒さに強く、成長の早い品種の稲を栽培したい。
そういう品種を作り出せればいいのだが、それは無理なので『選別』を行っているのだ。
要は育てている稲の中から成長・結実が早いものを選び、それだけを育てていくことを繰り返す。
毎年、同じような結果が出るようなら『品種』として固定できたといえる。
地道な努力が続けられているのだ。
養蚕は順調。
「蚕も無事、繭になったしな」
『夏蚕』として十分な収穫が見込めた。
次は『秋蚕』である。
その前に『蚕室』を掃除し、殺菌消毒しなければならないが。
蚕も職人も増え、今や養蚕はド・ラマーク領の看板産業である。
* * *
もちろんアキラは、家族サービスも忘れない。
手が空いたときを見計らって、ピクニックに行ったり散歩に連れ出したりしているのだ。
今日は庭で水遊び。ビニールプールはないので、木で大きな浴槽を用意し、中に水を溜めて遊んでいる。
大きいと言っても1メートルの2メートル、深さ50センチくらいなので水深は30センチあるなし。完全に子供用だ。
ちなみに、この浴槽もいずれ生け簀に転用しようとアキラは考えている。
アキラは濡れてもいいように水着姿でタクミとエミーを遊ばせていた。
「わあい、つめたーい」
「にーに、ぱーぱ」
冷たいとは言っても、日中なので摂氏25度くらいには温まっており、エミーを入れても問題ない温度だ。
タクミは水鉄砲で遊び、エミーはただバシャバシャ動くだけで満足そうである。
昼下がりの『絹屋敷』は平和であった。
* * *
夏の王都も平和である。
『航空工学』初級……といっても中級はない……講座も終わり、ハルトヴィヒは少し自分の作業に集中できるようになっていた。
「うん……やっぱり『バランス取り』は重要だな」
回転する機械の場合、回転部分のバランス……釣り合い……が悪いと振動が発生する。
洗濯機の脱水槽に適当に洗濯物を詰めて回すとガタガタする、あれである。
その振動は回転させるエネルギーが変化したものなので、要するに効率が落ちるわけだ。
そこで『バランス取り』である。
これには『静バランス』と『動バランス』がある。
『静バランス』はつまりは『重さの釣り合い』だ。
回転軸を水平にしてできるだけ摩擦の少ない軸受に載せれば、重い方を下にして回転する。
そうしたら重い方を少し削るなどして軽くするか、軽い側に重りを少し追加する。
そしてもう一度釣り合いを見る。
再び重い方に回転したら、同じように調整する。
これを繰り返していくと、回転部分はどの向きにしても静止するようになり、これを『静バランス』がとれた状態という。
『動バランス』は難しい。
『静バランス』がとれた状態でも、『動バランス』がとれているとは限らないのだ。
付け加えるなら、『静バランス』は薄い円板の時に限り有効で、回転軸方向に長さのある円筒の場合は『動バランス』が重要になる。
『静バランス』がとれているのに『動バランス』がとれていないという最も端的な例は、円筒の両端の円周側に、180度ずらして同じ重さの重りを付けた状態を想像してほしい。
この場合、静的な釣り合いはとれているが、回転させると円筒の両端で反対方向に余計な力が発生するのだ(偶力という)。
つまり円筒をシェイクするような振動が発生する。
高速回転するモーターのローターではこれが問題になる場合もある。
一番の問題は、これを補正するやり方までは『携通』に載っていなかったし、アキラも知らなかった。そしてハルトヴィヒにも思いつかなかったことである。
しかし、である。
「今回のエンジンは多段式だ……つまり1段ごとに『静バランス』をとってやればいいんじゃないか?」
ということをハルトヴィヒは思いついた。
回転する羽根車は4段なので、1段ごとに『静バランス』をとってやれば、かなり振動が抑えられるのだ。
完全ではないが、回転数の上限が毎分数千回転であることを考えると、十分に効果がある。
ちなみに、回転数が高いほどバランス取りは重要になるが、『共振』という現象もあって、なかなか難しい。
『共振』周波数を遥かに超える超高速で回転させると、振動は少なくなってしまうのだ。
このあたりは『携通』にも載っておらず、ハルトヴィヒはおろか、アキラも知らなかったりする。
閑話休題。
試作2号エンジンで各段ごとに『静バランス』をとった結果、なんと20パーセント近くも出力が向上したのである。
「量産エンジンにもこの調整を取り入れなくちゃな」
意気込むハルトヴィヒであった。
* * *
さて、ハルトヴィヒの助手となったシャルル、アンリ、レイモンの3人は、飛行場脇の『研究所』に通い詰めている。
3人はそれぞれ飛行機の模型を作り、風洞実験を繰り返しているのだ。
『いずれ、自分で設計した飛行機で空を飛ぶ』のが彼らの夢である。
とはいえ今の目標は『世界で最初の飛行機』を作ること。
こちらはハルトヴィヒがメインで設計したものだが、彼ら3人も案を出しているので、最低でも『協力者』、運がよければ(?)『共同開発者』として歴史に名が残るだろう。
「問題は素材だな」
「ああ。メインは木材だが、軽くて丈夫な木を使いたい」
「いや、丈夫といってもいろいろある。硬いが脆いものは駄目だ。弾力があって折れにくい物が必要だ」
「確かにそうだ」
「あとは張る布だが、やはり麻かな?」
「丈夫さでいったらそうなるな。さすがにシルクは使えないだろう」
「あとはどうやって留めるかだが……」
「それは先生に聞いた。糸で縫い付ける方法と、固定用の桟木を当てて釘で留める方法があるそうだ」
「糊じゃないのか」
「剥がれたら一大事だからな。信頼性を考えたんだろう」
そんな議論も昼夜なされており、夏の暑さにも負けない、彼らの熱意がうかがえたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
動バランス、作者にもよくわかりません……今はいい自動測定器があるようです。
次回更新は12月9日(土)10:00の予定です。
20231202 修正
(誤)「あとはどうやって止めるかだが……」
(正)「あとはどうやって留めるかだが……」
(誤)固定用の桟木を当てて釘で止める方法があるそうだ」
(正)固定用の桟木を当てて釘で留める方法があるそうだ」
20231203 修正
(誤)試作2号エンジンで格段ごとに『静バランス』をとった結果
(正)試作2号エンジンで各段ごとに『静バランス』をとった結果




