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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第12章 飛翔篇
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第五話 まだ道は遠く

 ド・ラマーク領は春たけなわである。

 木々は若葉を広げ、山々は若々しい緑に覆われた。

 林床には色とりどりの花が咲いている。

 草原は若草が生い茂り、緑の絨毯じゅうたんだ。


「わあい、ふかふかー」

「タクミ、あんまり遠くへ行っちゃだめですよ」

「はーい」

 アキラ一家は近所の丘にピクニックに来ていた。

 タクミは喜んで草原を駆けずり回っており、ミチアに抱かれているエミーは、初めて見る広い空と緑の草原にごきげんだ。


「いいお天気ですわね」

「うん、絶好のピクニック日和だな」

 日々の執務を離れ、アキラも寛いでいる。

「ほらタクミ、飛行機」

「わあい!」

 アキラ手製のハンドランチグライダーを手渡すと、タクミは喜んでそれを投げ上げた。

「とんだー」

「飛んだな」

 タクミの手に合わせて小型に作ってあるので、飛びすぎてどこかへ行ってしまうということはなさそうだ。

 草原は見通しがいいので、着陸したグライダーを見失うこともない。もちろんタクミからも目を離さないようにしているアキラである。


「わーい!」

 そのタクミは草原を駆けずり回りながらグライダーで遊んでいる。

「元気だなあ……」

「あのくらいの子は、疲れてもちょっと休むとまた元気になりますからね」

「はは、そうだな」

 春の日の1日、アキラ一家はのんびりと過ごしたようである。


*   *   *


「……やっぱりこの音を聞くと、落ち着くなあ」

 ピクニックから戻ったアキラは『蚕室さんしつ』に顔を出していた。

 『蚕室さんしつ』に響いているのは『蚕時雨こしぐれ』。

 4齢にまで育った蚕たちは一心不乱に桑の葉を食べており、その音が雨の音のように聞こえるのだ。

 仕事に疲れた時、アキラはこの音を聞くのが好きだった。

 そして今は、充実した1日の終わりに、締めくくりとして『蚕時雨こしぐれ』を聞きに来ていたのである。


「この分なら『春蚕はるご』は順調だな。いいことだ」

 この年の気候は今のところ平年並み。

 大きな変動のない『平年並み』が、第1次産業に携わる者にとっては一番ありがたいのである。


*   *   *


 王都では雨が降っていた。

 絹糸のように細く、音もなく降る、春の雨である。

 遠くの山は霧にけぶってよく見えない。

 当然飛行場工事はお休みである。人夫にとって貴重な休養日ともいえる。


 が、技術者たちはそうではない。

 雨でも晴れでも、学ぶことは多いのだ。

 『航空力学』の講座はいつもどおり行なわれている。


「今日は飛行機の安定についてだ。ここでは外乱に影響されず『水平飛行』を行えることを『安定して飛行ができる』ということにしよう」

 人が乗るものであるから、『安定』は大事である。

「このために尾翼がある。もちろん『無尾翼機』というものも存在するが、それはかなり特殊な部類で、安定させるために色々な工夫がなされているので、今日は割愛する」

 次にハルトヴィヒは、先日完成した『黒板』に図を描いてみせた。


 ちなみにこの『黒板』は、大きな黒い岩(玄武岩や粘板岩)を10センチ角のタイル状に削り出し、板に貼り付けたもの。

 そこに滑石(モース硬度1)で文字や絵を描く、というものである。


「安定には3つの状態がある」

 ハルトヴィヒは、上に凸な曲線と、真っ直ぐで水平な線、そして下に凸な曲線を描いた。

「ここに、丸い物を置くことを考えてくれ。水平な場所なら、そっと置けば転がり出さないだろう」

 講義を聞いている者たちは皆、無言で頷いた。


 これは『静安定・中立の状態』である。

 ハルトヴィヒは別の図を指差し、説明を続ける。

「こちらの、下に凸な場所なら、少々適当に置いても、自然に落ち着くだろう」

 これは『静安定・正の状態』という。

「上に凸な場所だと、仮に安定しているように見えても、ちょっとした刺激で転がりだしてしまうのは想像できると思う」

 これは『静安定・負の状態』になる。


「飛行機は『静安定・正の状態』であることが望ましい」

「わかります」

「もう1つは『動安定』だ」

 ハルトヴィヒは別の絵を描いてみせた。

 次第に小さくなっていく波、同じ大きさで続く波、次第に大きくなっていく波、の3種類だ。


 次第に小さくなっていく波は『正の状態』。ブランコに似ている。揺らしても、次第に振れ幅が小さくなり停止する。

 同じ大きさで続く波は『中立の状態』。自然界にはあまり見られない。現代日本で言うならメトロノームのように、同じ振れ幅で揺れ続ける。

 次第に大きくなっていく波は『負の状態』であり、最悪だ。揺れを修正しようとすればするほど酷くなる。振動でいう『発散』である。


「そのために、飛行機には主翼と尾翼があり、主翼には上反角が付いている」

 ハルトヴィヒとしても、こうして他人に教えることで、己の理解度を深められるというメリットがあるのだ。『復習』と同じことである。


 ちなみに、無尾翼機にデルタ翼が多いのは、翼の前後方向で翼の仕事を分担しているため。

 前の方で揚力を出して、後ろの方でピッチングをバランスさせているから、だそうだ(携通調べ)。


 こうした講義は好評で、参加している技術者たちには1人の脱落者も出なかったという。


*   *   *


 そして今日も、ハルトヴィヒは『エンジン』のことを考えている。

「うーん……それほど急激な回転数の変化をさせられなくていいんだがなあ……」

 検討した結果、『電動モーター』は今回は見送り。軸受とブラシの耐久性の問題を解決できなかったからである。

「となると魔法式エンジンだが……うーん……」

 悩むハルトヴィヒ。

 まだまだエンジン開発の道のりは長そうである……。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は10月14日(土)10:00の予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] >ド・ラマーク領は春たけなわである。 >木々は若葉を広げ、山々は若々しい緑に覆われた。 >林床には色とりどりの花が咲いている。 >草原は若草が生い茂り、緑の絨毯じゅうたんだ。 >アキラ一家…
[一言] >>日々の執務を離れ、アキラも寛いでいる。 離れていても、執務は、消えないんです、むしろ、増えていきます。 >>春の日の1日、アキラ一家はのんびりと過ごしたようである。 これが今年最後…
[一言] 穏やかな日々ですねえ こんな年頃から空に魅せられているとタクミは空を目指すんですかね
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