第四話 確実な歩み
雨が降るたびに山々の緑がその色を濃くしていく季節。
山肌では萌黄色、黄緑色、薄緑色、鶸色、若草色、青緑色、深緑色……と、数え切れないほどの緑が組み合わさって新緑のパッチワークを構成している。
アキラとミチアは執務室の窓から朝の光に照らされる山々を眺めていた。
「この季節の山が一番好きだよ」
「きれいですよね」
「もうすぐいろいろな花も咲くだろうし、そうしたらタクミとエミーを連れてピクニックに行こう」
「いいですね。……でも今はお仕事を片付けませんと」
「うっ、そうだな」
ミチアに釘を刺されて執務机に戻ったアキラ。
「今年は作業者も増えて、昨年の1.5倍の規模になったか……予定よりも順調だな。いいことだ」
「王都周辺でも養蚕はされているんでしょう?」
「うん。こっちで学んでいった技術者たちが頑張っているからな。周辺の村全部を合わせると、うちの半分くらいまで生産量が増えたらしい。ネックは桑の葉だからな」
食料となる桑の葉がどれくらい採れるかで、飼える蚕の数が決まるわけだ。
そして桑の木はそうそう急激に増えたりはしない。
地道に植林していくしかないのである。
とはいえ、今のガーリア王国内での生糸総生産量はおよそ10トン。かなりの量である。
が、高品質なものはその半分にも満たないため、まだまだ増産を進めたいというのが王国の方針であった。
* * *
さて、王都では飛行場の整備と風洞の建造が急ピッチで進められていた。
とはいえ大半を人力に頼っているので、完成はまだまだ先になる。
その時間を利用して、ハルトヴィヒは技術者を育成しているのだ。
やることは主に『航空力学』の初級講座である。
飛行機はなぜ飛ぶのか、これを理解してもらうことから始める。
模型飛行機が飛ぶさまはもう見せているので、その解説という形だ。
「飛んでいる飛行機には主に4つの力が掛かっていると言える。推力と抗力、揚力と重力だ」
「手投げの飛行機にも推力があるんですか?」
「もちろんだ。『慣性力』という。わかりやすく言うと『手で投げたときの勢い』だな」
物理学が普及していないため、1つ説明するために1つ解説しなければならないというのは日常茶飯事。
なので講義は遅々として進まない。
とはいえ、ハルトヴィヒ自身、アキラから説明を受けた最初の頃はそうだったなという経験があるため、わかりやすく解説することを厭うことはない。
「推力は『ライトプレーン』でいうとプロペラが回ることで風を起こし、機体を前に進めようとする力だな。これが抗力を上回れば前に進むわけだ」
ハルトヴィヒは手書きの資料も作り、説明を行っている。
「抗力は抵抗する力だな。主に空気抵抗がこれになる」
「空気抵抗というのは……」
「ああ、それはこの後、まとめて説明するので今は置いておいてくれ。……次に揚力、これが最も重要だ。飛行機を空中に留めておくための力だからな」
こうした講義を、集まった技術者たちは皆真剣に聞いている。
ハルトヴィヒが帝国出身だからということで反発するようなものは1人もいない。
そういう者は選考の時点ではねているからだ(王命による)。
日々の講義で少しずつではあるが、技術者の知識も増えていくのであった。
* * *
さらに組み立て要員には、模型飛行機づくりという講座もある。ハルトヴィヒは大忙しだ。
「強度を保ちつつ軽さも追求する、これが難しいところだ。そのために知ってもらいたいことは材料学と構造学だ」
例えば、木材なら木目の方向で強度が変わるし、樹種によって強度も重さも変わる。
金属も、銅より鉄、鉄より鋼の方が強度が高く、従って使用する量を減らせるから軽量化につながるわけだ。
その他には断面形状も重要になる。
同じ断面積でも、正方形と長方形では、一定の曲げ方向に対する強度が変わってくる。
また、中空にして外形を大きくすると曲げ強度やねじり強度が増す。
こうした知識を、模型での製作体験を通じて身につけてもらおうというのがハルトヴィヒの考えであった。
「とにかくいろいろ試行錯誤してみることだ」
バルサはないが、桐のように軽い木はあるので、それを削って主翼と尾翼にする。
胴体はもう少し丈夫な木で作る。
出来上がったら建設中の飛行場で飛ばしてみる。
もちろん、工事の邪魔にならないように……だが、工夫たちも理解しているので好意的に見守ってくれる。
こうした日々を経て、王都の技術者は少しずつ腕を上げて行くのであった。
* * *
ハルトヴィヒ本人も、教えるだけの毎日を過ごしているわけではない。
「うーん、どうやるべきか……」
その最大の仕事は、エンジンの開発である。
これがなければ飛行機は飛べないので、ハルトヴィヒも腐心している。
今のところ有力な候補は2つ。
電動モーター式か、魔法エンジン式か、だ。
現代日本と違い、魔法で発電できさえすれば重い電池の必要はなくなるので、電動モーターで飛べるのではないかと思っている。
ただ、強力な磁石の開発で躓いている。
もう1つが魔法エンジン(仮称)式。
燃料を爆発させるのではなく魔法で疑似的な爆発を行い、ピストンを動かそうというのである。
なお、風魔法でタービンを回す、という方法はトルク(回転力)が足りないので候補から外れた。
また、風魔法でジェット噴射を行う方法も検討中であるが、特に低速時の出力の制御に問題があるため、候補としての検討順位は下位だ。
ジェットエンジンは高速で飛ぶ機体向きなのである。
要するに、エンジン開発は難航中ということである。
* * *
飛行場の建設は順調である。
春と夏の間の雨季に入る前に地均しは終えたいというのが土木技術者ヨシュア・トキカの計画であった。
作業は8割が終了。木の根や大岩の撤去は済んでいる。
この先は、地盤の弱い箇所には杭打ちを行い、そうでない場所には基礎となる石を敷き詰める作業だ。
* * *
まだまだ道は半ば、目指す場所は果てしなく遠い。
だが彼らは、確実に歩を進めているのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は10月7日(土)10:00の予定です。
20230930 修正
(誤)機体を前に進めようとする力だな。これが効力を上回れば前に進むわけだ」
(正)機体を前に進めようとする力だな。これが抗力を上回れば前に進むわけだ」
20230930 修正
(誤)ミチアに釘を差されて執務机に戻ったアキラ。
(正)ミチアに釘を刺されて執務机に戻ったアキラ。




