第三話 それぞれの進展
桑の若葉が広がりだし、桑畑は一面若緑色になった。
『絹屋敷』では『春蚕』の飼育が始まっている。
孵化した『毛蚕』は、やわらかな桑の若葉を夢中で食んでいた。
「今年も始まったな」
「へい、アキラ様」
今の養蚕頭はゴドノフだ。
『絹屋敷』時代からの古参の職人である。弟のイワノフともども、ド・ラマーク領で養蚕技術者として働いてくれている。
気心も知れた、頼もしいリーダーである。
「よろしく頼む」
「へい、おまかせを」
アキラの仕事は養蚕だけではない。
よって、『信頼できる部下に任せる』ことが不可欠なのである。
このあたりは、常々後進を育てようとしてきたアキラの努力が実ったといえる。
今のアキラは、『飛行場』の整備も進めなければならないのだ。
先日の募集で、15人が工夫として参加してくれたのである。
もっとも、現場監督はティーグル・オトゥールなので、アキラは時々視察に行くくらいで済むのが幸いであった。
* * *
さて、そのティーグル・オトゥールは現場に仮小屋を建てて起居していた。
職業柄、そうした生活は慣れっこなのだそうだ。
それでも3日おきに『絹屋敷』に戻ってきて、進捗状況の報告と入浴、そして食事をし、一泊して現場へ戻っている。
そんな生活を見かねたアキラは、せめて寝具くらいはと、畳敷きベッドと真綿の布団を仮小屋に贈っていた。
「これは素晴らしい寝心地ですねえ!」
畳と布団を、ティーグル・オトゥールも気に入ったようである。
ド・ラマーク領の飛行場づくりはまだ始まったばかり。
* * *
王都のハルトヴィヒは飛行場建設、風洞建造、飛行機製作、そして技術者養成と、アキラ以上に忙しい毎日を送っていた。
「とはいえ、充実している毎日だけどな」
「身体だけは大事にしてよね」
そんなハルトヴィヒを、妻のリーゼロッテは気遣っている。
「わかっているさ。アニーと君のためにもね」
愛娘ヘンリエッタの寝顔を見ながら、ハルトヴィヒは答えた。
「風洞の方は順調?」
「うん。もう僕がいなくても完成まで持っていけるな」
「じゃあ、今は技術者養成がメインね?」
「そうなるな」
短期集中講座を開き、ハルトヴィヒと共に飛行機を開発、建造できる技術者が一人でも多くほしいのだ。
「まずは自分でハンドランチグライダーとライトプレーンを作って飛ばせるようになってもらいたいからな」
「シャルルさんとアンリさんと……誰だっけ?」
「レイモン・デュプレだな。その3人はもうかなりのレベルになっているよ。今欲しいのは飛行機を組み立てるための技術者だ」
単なる組み立てではなく、強度が必要な箇所を知り、各部の働きを理解した職人が欲しい、とハルトヴィヒは考えていた。
それには必要最低限ではなく、それ以上の知識を持つ技術者が望ましい。
シャルル、アンリ、レイモンの3人は、そんな知識を身につけた技術者候補であった。
「明日は模型飛行機大会?」
「まあ、大会というほどじゃないけど、競技会だな」
座学だけでは飽きてしまうことと、技術者としては実際に模型を作って飛ばしてほしいこととで、時折こうした競技会を行うことにしたのだ。
場所は王都西の飛行場建設予定地である。
そこで競技会を行うことで、工事に携わる人夫たちにも、この工事の意味を知ってもらおう……という意図もある。
ちなみに競技会の日は、工事はお休みである。
「明日、晴れるといいわね」
「晴れもそうだが、風が弱いといいな」
ハンドランチグライダーを飛ばすには、強風はまずい。
実機と違い、無風が一番競技に向いている……とハルトヴィヒは思っていた。
窓から見上げた夜空には、星が少なかった。
* * *
明けて翌日、天候は薄曇りである。
抜けるような青空ではないが、風はほとんどなく、模型飛行機競技には絶好のコンディションである。
集まったのは、ハルトヴィヒを入れて7人。まだまだ模型人口は少ないようだ。
ハルトヴィヒが期待するシャルル、アンリ、レイモンの3人はもちろん参加している。
ギャラリーはそれなりに多い。200人は超えていようか。
半分以上は工事人夫で、『お前たちが作っているものの目指す先を少し見せてやる』と現場監督のヨシュア・トキカに言われ、こうして集まっているのだ。
残りは王都郊外に住む住民と、各貴族家から派遣された部下である。
今回の競技は2種類。
直線での飛行距離と滞空時間である。
やり方はシンプル。一線上に並び、号令に従って一斉に機体を投げ、一番遠くまで飛んだもの、あるいは一番滞空時間が長かったものが1位となる。
これを3回繰り返すというのが今回のやり方である。参加人数が増えたら見直すことになるかもしれないが。
「では、飛距離競技の1回目を行う」
号令をかけるのはヨシュア・トキカだ。ハルトヴィヒも参加している。
「3、2、1、今だ!」
7人が一斉に自作ハンドランチグライダーを投げた。
ところで、機体のバランス取りは重要である。
揚力……主翼に発生する浮力と、機体の重心が一致していないと、機体の縦方向姿勢は安定しない。
重心より揚力中心が前にあると機首が上がるし、逆だと下がる。
それを調整するためには、水平尾翼に迎え角(気流に対する角度)を付ける、主翼位置を調整する、あるいは重りで加減するなどの方法がある。
ところで、調整時の機体の速度は軽く投げる程度なので、発生する揚力は小さい。
その状態で調整した機体を思い切り投げるとどうなるか……。
「ああ!」
「どうして!?」
水平尾翼が発生する補正力も自然と大きくなり、場合によっては『過剰』となって……。
「2機、頭から突っ込みましたね」
……ということになる。機首下げの傾向が増強されすぎたようだ。
また、
「1機は宙返りしていますが……」
「これはこれで見応えがあるね」
機首上げの傾向が強くなった結果である。
滞空時間を稼ぐには悪くないが、飛距離は出ない。
「1位はナンバー1、ハルトヴィヒ殿!」
初めての飛距離競技、その1回戦の勝利者はハルトヴィヒであった。
続けての2回戦、3回戦も結果に大差はなく、滞空時間競技も同じ。
ハルトヴィヒが、先駆者としての貫禄を見せつけた結果に終わったのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は9月30日(土)10:00の予定です。
20230923 修正
(誤)機種
(正)機首
2箇所修正。




