第十九話 冬本番のド・ラマーク領
ド・ラマーク領に雪が降り積もり、本格的な冬となった。
アキラは執務室で書類の確認を行っている。
「今年の繭の生産量は2035キロか」
春蚕、夏蚕、秋蚕、晩秋蚕合わせてである。
桑の葉の収穫量に比例するので、夏蚕が最も多く、次いで秋蚕、春蚕、晩秋蚕の順になる。
絹1反には重さにして4.9キログラムの繭が必要となる。
つまり約415反を作れるだけの収穫量というわけだ。
ちなみに、1反は成人和服用に必要とされる長さということで制定された。
メートル法になってから、絹織物では約11.4メートルを1反と定義している。
もちろん、仕立てる服によって使用する布地の量は変わるので、一応の目安であるが。
「熱気球に100反ちょっと使ったからなあ……」
品質的には2級品、その他に余剰在庫も使い切った。
「王都で熱気球のデモンストレーションをして、そのまま置いてくるわけにはいかないだろうけど、設計図とハルトバーナーは置いてくることになりそうだ」
今からその下準備。領主は大変だよとアキラはそっと溜息を吐いたのである。
* * *
「わあい!」
雪が止んだ庭では、アキラとミチアの息子タクミが駆けずり回っていた。
その足には『かんじき』が。
『携通』に載っていた『雪国かんじき』と呼ばれるもの……を真似て、筆頭職人レティシアが作ってくれたものだ。
『かんじき』は『和かんじき』あるいは『輪かんじき』とも呼ばれ、Uの字型に曲げた木の枝を2つ組み合わせて0の字にして使う。
靴には縄を使って装着する。
近年、日本などでの雪山で使用されている『スノーシュー』に比べて小さく軽い。
また、スノーシューが対応しきれない急傾斜でも、靴側にアイゼン(スパイク)を付けることで対応できる。
そんな『かんじき』を使うのは主に深い雪の上を歩く場合だ。
雪面を踏みつける面積を広くすることで雪に埋もれにくくなる。
プラスチックや金属部品で構成されたスノーシューに比べ耐久性に劣るが、圧倒的に軽いのが利点である(スノーシュー:片足約800グラム、雪国かんじき:片足約250グラム)。
タクミが履いている物は子供サイズなのでもっと軽い。
「これはいいですな!」
『雪国かんじきもどき』を見た領主補佐のモンタンが微笑んだ。
代官だった頃から、雪道の移動が楽にならないか、と考え続けていたという。
それが、タクミの履く『雪国かんじきもどき』を見て、領内に普及させたくなったというのだ。
もっとも、似たようなものはド・ラマーク領でも使われていた。
それはかんじきというよりはショートスキーに近い道具で、長さ50センチ、幅10センチくらいの板を靴に取り付けて使う。
これでは急坂を登るにはちょっと足首が苦しいし、細長いので何かに引っ掛けることもあった。
「まずは屋敷の使用人たちに使ってもらって使い心地を試しましょう」
雪かきや買い物のために外に出る者たちに試用してもらおうとモンタンは考えていた。
雪国の冬では、少しでも快適な毎日を送れるようにするための努力は不可欠なのである……。
* * *
「これだ!」
『ころ軸受』開発中のハルトヴィヒは、1つのアイデアをひねり出していた。
「内輪を2重構造にし、ころと直接当たる部分は2つ割りにしておく。そうすれば組み立ては楽だ。そして最後に2つ割りにした内輪の内側にパイプ状の第2の内輪をはめ込めばいい」
この方法なら、多少精度がわるいころ軸受でも組み立て・組み付けができる。加工精度が向上したなら、また別の構造を考えてもいい。
ハルトヴィヒは4個の試作『ころ軸受』を作り、馬車に取り付けた……が。
「この雪じゃ馬車は走れないな……」
既に積雪は60センチを超えており、雪解けまで馬車の出番はなさそうであった……。
* * *
そしてリボン。
ミチアは扱いやすい『平織り』のものを作っていた。
もちろん試作のような白一色ではなく、各色取り混ぜたカラフルなものである。
加えて同じ平織りでも『オーガンジー』にしたものも多数。
オーガンジーは織りの密度が低く、透けて見えるのが特徴である。
ガーゼのような生地、といえばいいだろうか(ガーゼは木綿であるが)。
現代日本ではナイロンやポリエステルで作られることが多いが、シルクで織られたそれは上品な光沢を持ち、高級感あふれるものとなった。
「これ、いいんじゃないか?」
アキラも、ラッピングリボンとして、かつてはよく見かけたリボンなので一目で気に入っていた。
「あ、あなたもそう思われますか? 私もいいなと思います」
しかも織り密度が低いため、絹糸の節約にもなり一石二鳥だ。
目が粗い分いくらかざらつき感があり、結んだリボンがほどけにくいという思わぬ利点もあった。
「『蔦屋敷』の皆にも使ってもらって感想を聞きましょう」
「それがいいな」
『蔦屋敷』はアキラとミチアの古巣ともいえる。
アキラたちの『絹屋敷』よりも遥かに大きく、使用人の人数も多い。
もちろん侍女も大勢いるので、髪を縛ったり襟元を飾ったりと、いろいろ試してもらえることだろう。
「1人あたり2メートルをプレゼントして感想をもらうことにしましょう」
「うん、それはいいな」
そういうことになり、ミチアはその準備としてオーガンジーリボンを織っていくのであった。
* * *
そしてリーゼロッテは『ゴム手袋』『ゴム長靴』『ゴム引き雨具』を『絹屋敷』の全員分作り上げていた。
ゴム長靴はカーボンを混ぜた黒いゴム製。
生ゴム製に比べ、耐久性が段違いである。
雨具の裏はカーボンを添加しないしなやかなものを塗布している。
「これはいいですね。濡れないし、しなやかだし、冷たくないし」
使った者たちの感想は概ね好評である。
外出時、『ゴム手袋』『ゴム長靴』『ゴム引き雨具』を身に着けていれば、ほぼ濡れることはない。
問題は『蒸れ』だが、メッシュ状の中間着を着ることでかなり緩和できることもわかってきた。
「ゴムの原液をもっとたくさん手に入れたいなあ」
その日を夢見て、ゴム利用のアイデアを蓄えるリーゼロッテであった……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は6月24日(土)10:00の予定です。
20230617 修正
(誤)既に積雪は60センチほを超えており、雪解けまで馬車の出番はなさそうであった……。
(正)既に積雪は60センチを超えており、雪解けまで馬車の出番はなさそうであった……。




