第二十話 風呂完成!
「おお、作ってる作ってる」
「うまくいったな」
化粧水を作ろうと準備を始めた日の夕方、『幹部候補生』たちが飼育している蚕たちは、全て繭となった。
ハルトヴィヒが作った『回転蔟』はうまく機能している。
「面白いもんでやんすねえ」
幹部候補生のリーダー、ゴドノフはしきりに感心していた。
「で、また卵を産ませるんですね?」
「そうだ。頼むぞ」
「任せてくだせえ」
大分彼らも頼り甲斐が出てきた、とアキラは嬉しく思ったのである。
「アキラ、やっとできたぞ!」
そこへハルトヴィヒが飛び込んできた。
「え、何が?」
「浴場だよ!」
「ほんとか!!」
先日来ハルトヴィヒが手掛けていた浴場がついに完成した。それはアキラにとって大きな朗報であった。
「よし、早速見に行こう。……っと、その前にハルト、ほら、『回転蔟』がうまく機能しているのを見てくれよ」
「ん!? どれどれ。……ははあ、こうやって使われるんだな。なるほどなるほど」
浴場ができたとはしゃいでいたハルトヴィヒであったが、自分が作った『回転蔟』の出来を確認するという行為に今はすっかりのめり込んでしまった。
「うーん、この部分はここまで作り込まなくていいな。……こっちはもう少し工夫できそうだな……」
『回転蔟』の様子を確認しているハルトヴィヒの頭の中からは、浴場のことが脇に追いやられたかのよう。
アキラとしても、この先この『回転蔟』を量産してもらわなければならないので、こうした確認は大歓迎……なのだが、やはり心の半分は浴場に向いていた。
だが、本来の仕事である養蚕を優先しているので何も言わずにハルトヴィヒが納得するまで黙って見ていたのであった。
* * *
さて、浴場は屋敷の東側やや北寄りに建てられていた。
木造だが、風雨や風呂の湿気に耐えるよう、防腐処理をされている。
入口は母屋である屋敷に面しており、渡り廊下で結ばれている。
その渡り廊下には簡単ではあるが屋根と壁が付いていて、雨や雪の時でも濡れることがないよう考慮されていた。
扉を開ければ板張りの脱衣場。ここにもエアコンが設置されていて、冬は暖かく、夏は涼しい。
また、湿気が籠もりにくい設計となっていた。
「湯冷めしにくいようにエアコン設置か。寒い時は特にありがたいな」
そして期待しながらアキラは浴室への扉を開けた。
「おお、これはいいな」
「だろう?」
浴槽は木製。ヒノキではないが、この地方で取れる『イェーダー』という丈夫な木だ。地球でいうヒバ、アスナロに近い。
「耐湿性があって腐りにくいんだ」
とはハルトヴィヒの言葉。
「うん、この香りはいいな。やっぱり風呂はこうでなくっちゃ」
実は、アキラは幼少時に1度だけ、青森ヒバの風呂に入ったことがある。覚えているのは木の香りが心地よかったこと。
この浴場に来て、その時の記憶が蘇ってきた。
「お湯を出すのはこれだ」
「なるほど、一旦沸かしておいて、そこから給湯するんだな」
アキラがアドバイスし、ハルトヴィヒが工夫した結果、『蓄湯式給湯器』に近いものとなった。
つまり、沸かしたお湯を一旦大きなタンクに溜めておき、適宜そこから汲み出して使うのである。
加熱の魔法道具の効率が炎よりも劣るため、使う際に水を温めようとしても間に合わないところから、こうした方式にしたのである。
「いずれはもっと効率のいい加熱方法を考えたいけどな」
ハルトヴィヒはまだまだ満足していなかった。
「それでも、これだけのものを作ってくれたのは正直ありがたいよ」
これから寒くなるので、お湯につかれるというのは嬉しい。
「あとはこれだな」
ハルトヴィヒが指さしたのは浄化の魔法道具である。これのおかげで浴槽のお湯が汚れることなく使い続けられるのだ。
何人入ってもお湯が綺麗なままというのは、水と熱源の節約になる。
もちろん、排水路にも同じものが設置されており、汚水を垂れ流すことはない。
「さすがだよ、ハルト」
アキラは手放しで賞賛した。
短期間で1からこれだけのものを作れるのは、魔法がある世界ならでは。そしてハルトヴィヒという卓越した技術者がいてこそだ。
「あとは使いながら修正、改良していくことになるだろうな」
「十分だ」
* * *
この浴場は、当然ながらまずは館の主であるフィルマン前侯爵に使ってもらうことになる。
「うーむ、なかなかいいものだな」
王族でさえこんな贅沢な風呂にはなかなか入れないだろう、と絶賛。
のちにアキラが聞いたところによると、貴族・王族の使う風呂は、一人用のバスタブに入った主へ、使用人がお湯を掛けるという方法だそうだ。
「やっぱりお湯をふんだんに使うというのは贅沢なんだなあ」
と、それを聞いたアキラは思ったものだ。
「あー、気持ちいいなあ……アキラが作りたがったわけがわかったよ」
「だろう?」
フィルマン前侯爵のあとは、発案者のアキラと、製作者のハルトヴィヒが入る権利を与えられた。浴場は4人くらいまでは同時に利用できる大きさに作られているのだ。
「狭いバスタブでお湯を掛けてもらうのと、広い浴槽で手足を伸ばすのと……比べものにならないな」
すっかり風呂の虜になったハルトヴィヒであった。
アキラとハルトヴィヒのあとはリーゼロッテ。
「なんていうか、蕩けそう。実家でもこんなお風呂は入ったことがないわ。『異邦人』の世界って、こんなにいいものがあるのね……」
リーゼロッテもまた、浴槽内で手足を伸ばしながら、風呂のよさを噛みしめていた。
そして、使用人たちも順に利用することを許される。
何順目かに入ったミチアもまた、
「……アキラさんが作りたがったわけがわかりました……」
と、風呂のよさを理解してくれたようだった。
「こ、こんな風呂に入ってもよろしいので!?」
養蚕の『幹部候補生』5人もまた、順に入浴を許される。
彼らは正真正銘生まれて初めての入浴である。
「……こんなに待遇がいいとは思わなかったわ……」
紅一点のレレイアも風呂のファンになり、この屋敷で働ける幸運を噛みしめていたのである。
余談だが、この『風呂』は、当面は5日ごとに使うことになっていたのだが、アキラとハルトヴィヒ、リーゼロッテらの尽力により、短期間で加熱の効率が3倍にも跳ね上がったため、2日に1度という頻度で落ち着いた結果、館で働く者たちの健康増進にも一役買い、冬の間に体調を崩した者は皆無だったという。
おまけに、フィルマン前侯爵を尋ねてきた友人たちは、この浴場を見て驚嘆していたという。
鼻高々のフィルマン・アレオン・ド・ルミエ前侯爵であった。
お読みいただきまことにありがとうございます。
次回更新は5月12日土曜午前10時を予定しております。
20190612 修正
(誤)回転蔟
(正)回転蔟
5箇所修正。




