第十二話 強化
秋も深まり始め、今年最後の蚕、『晩秋蚕』たちも皆繭になった。
この繭は全て生糸にすることになる。
こうした作業は、もうアキラが指導することもなく、職人たちが全てこなしてくれる。
「ようやくここまで来たなあ」
養蚕技術が根付いてくれたという嬉しさの一方で、その養蚕に直接関われない寂しさもあった。
「ちちうえー」
「おお、タクミか」
「おしごと、おわったのですか?」
「ああ、おわったよ」
とはいえ、息子のタクミと娘のエミーを相手にしていると、そんな思いはどこかへ飛んでいってしまう。
「でしたらちちうえ、またおはなししてください」
「よしよし」
執務時間が終わったあと、アキラは極力子供の相手をすることにしていた。
* * *
通常の貴族は、子育ては奥方と侍女に任せっきりにする者が多い。
また、教育は家庭教師を雇う。
しかし現代日本で育ったアキラは、他人に(ミチアは別)任せっきりにすることに非常に抵抗があった。
彼が育ったのが田舎だったこともあり、彼の母がパートに出ている間は祖父母が面倒を見てくれていたし、その母も半日以上は家にいたので、子供は基本的に親や家族が育てるものと刷り込まれていたのである。
それはハルトヴィヒたちも同じ。
出身がゲルマンス帝国の地方都市で、親が子供の面倒を見ることが当たり前という気風だったのである。
そんな2組の夫婦が『ご近所同士』なのだから、子育てのやり方が似てくるのも必然。
「ほーらアニー、新しいご本だよ」
「わあいぱぱ、ありがとう!」
ハルトヴィヒもすっかり子煩悩ぶりを発揮している。
行商人が来る際には、必ず子供用の本を頼んであるのだ。
* * *
そんな2組の若夫婦は、領主と配下である以前に友人同士。
昼食はたいてい一緒に摂っている。
「タクちゃん、きょうね、ぱぱがごほんかってくれたの」
「ふうん、ぼくはちちうえにおはなしをきかせていただいたよ」
「じゃあ、あとできかせてちょうだい! ごほんをみせてあげるから!」
「いいよ。ごほんはいっしょによもうか」
「うん!」
同じ年に生まれたタクミとヘンリエッタ(アニー)は、幼馴染として仲がいい。
許嫁にしようかという話も出たが、アキラは2人の意思に任せようと、特に何もする気はなかった。
2人とも、年頃になればおのずとそういう感情も芽生えて来るだろうし、そうなってからでも遅くはない、と考えていたのだ。
このあたりは現代日本で生まれ育ったがゆえの感覚であろう。
* * *
さて、執務・子育てだけでなく、アキラとハルトヴィヒにはもう1つの仕事が待っていた。
『気球』である。
「ハルト、絹糸の強度を上げる魔法ってないのか?」
熱気球の要ともいえる気嚢=球皮の強度は、直接安全性に関わってくるからだ。
シルクは強度は十分にあったが、天然素材であるがゆえに耐久性に少々難があった。
「うん、僕もいろいろ調べてみた。で、『《スタビリジ》安定させる』という魔法が見つかったよ」
「効果は?」
「変質しにくくさせる。つまり熱にも強くなるし、紫外線での劣化も抑えられる」
「おお、いいな。強度は?」
「それも少し上がるようだ」
これは朗報だった。
「ハルトは使えるのか?」
「……なんとかな」
「そりゃ助かるよ」
今更であるが、この世界での魔法の取得方法はいくつかある。
まず、『師匠』に習う方法。
次に、『魔法書』で学ぶ方法。
最後に『自己流』。
いずれにせよ、素質がなければ習得はできない。
魔法は、持って生まれた素質である『体内魔力』、それを魔法としてどう使うかを具体化する『発動イメージ』、そして具現化するための『魔力変換』が必要となる。
そしてそれらを『同調』させるための訓練が必要となる。
この『発動イメージ』が厄介で、個人の素質と密接に関係していると言われている。
具体的に言うと『千差万別』で、人によって異なるのだ。
なので師匠から教わるにしても、最後は自分の感覚で覚えるしかない。
習得できるかどうかはそこに掛かっている。
結果、なんとなく『習得しやすい魔法』と『習得できない魔法』ができてしまい、人によって『属性』がある、と言われるようになった。
火魔法が得意なら火属性、水魔法が得意なら水属性、といったように。
そしてハルトヴィヒとリーゼロッテは、そうした『属性』が偏っていない、稀有な魔導士であったのだ。
ただし、いいことばかりでもない。
研究者であるハルトヴィヒとリーゼロッテにはあまり関係がないが、いわゆる『属性なし』の魔導士は、全部の属性の魔法を使える(可能性がある)代わりに、突出した魔法は使えない者がほとんどなのだ。
一方で、軍人になるなら1つか2つの属性に突出していたほうがよい。
要するに器用貧乏は研究者向き、一点特化は軍人向き、ということである。
* * *
「……で、これが強化した糸か」
「うん。強度を試してみてくれ」
ハルトヴィヒは試験的に『《スタビリジ》安定させる』を掛けた絹糸1メートルをアキラに渡した。
「よし」
1メートルを半分の50センチに切り、上端を丈夫な横棒から垂らしたフックに結びつける。
下端は受け皿を取り付けた。
この受け皿に重りを載せていき、どこまで耐えられるか試験しようというわけだ。
比較用に、同じ太さで未処理の絹糸も同じ様にぶら下げた。
そして10グラムずつ、分銅を載せていく……。
未処理の絹糸は110グラムで切れた。
そして魔法処理した絹糸は、210グラムに耐えたのである。
倍近い強度。
アキラは大喜び。
「ハルト、ありがとう」
一般に、絹糸とナイロン糸を比較した場合、ナイロン糸は絹糸の1.5倍くらいの強度がある。
だが、この魔法処理により、絹糸はナイロン糸を凌ぐ強度を手に入れたことになる。
工業用シルクの誕生であった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は5月6日(土)10:00の予定です。
20230506 修正
(旧)そんな想いはどこかへ飛んでいってしまう。
(新)そんな思いはどこかへ飛んでいってしまう。




