第八話 反省会
非公式ではあるが、世界初の熱気球での飛行が成功したその夜。
『絹屋敷』では反省会が行われていた。
要は、今回の試験飛行について詳細を記録し次回に繋げ、より安全に、より手軽に飛行できる日を目指そうというわけである。
出席者は領主アキラ、筆頭技術者ハルトヴィヒ、技術者見習いニコラ、魔法薬師リーゼロッテ、領主夫人ミチア、領主補佐モンタンである。
「まず、実際に乗ってみた者の意見を聞こう」
議長は領主であるアキラである。
「じゃあ、僕から」
ハルトヴィヒが語り始める。
「最初に気嚢を膨らませるためのバーナーは2つほしいかな。気嚢が浮き上がるまで大変だ」
「それは俺も思った。だけれど、飛んでいった先で一旦着陸し、もう一度飛ぼうとした時はどうする?」
「あっ……それがあったか」
「だから、取り外し式にして、手で支えるのはいいと思う。もう少し軽くできればなおいいだろう」
「むむ……その方がよさそうだな……」
そういうわけで、ハルトヴィヒはバーナーをもう少し軽くする工夫を考えることにした。
「次は下降だが、これは助手のニコラに説明してもらおう」
「は、はい。……えっと、気嚢頭頂部……って言うんですかね、てっぺんにある穴が操作しづらかったです」
「なるほど」
温めた空気を抜いて下降させるための穴であるが、紐で締めたり緩めたりするその機構が今ひとつだったようだ。
「そこは僕に考えがある」
ハルトヴィヒが発言した。
「それは?」
「バーナーから冷風を出すんだ」
「できる……んだろうな」
火を焚いているわけではなく、魔法により熱を発生しているので、それを冷気に切り替えるのは可能なのだろう、とアキラは想像した。『エアコン』という前例もある。
「それによって重くは?」
「ならないよ、……ややこしいから詳しい説明は省くけれど、魔法回路を切り替えるだけ、と言っておこう」
「それなら凄いアイデアだな。気嚢の穴を塞げるから、強度も上がるだろうし、少しだが上昇力も増しそうだ」
そんな副次効果も期待できそうであった。
「次は推進機だ。気が付いたことは?」
「力は十分だと思う」
試した感じでは、人が走る速度……時速15キロくらいは出せそうだ、とハルトヴィヒは言った。
「もう1つ使えば、空気抵抗があるから、倍とはいかないだろうが1.5倍くらいの速度は出るだろう」
「時速20キロ以上出るということか。……浮いていられる時間はどのくらいだろう?」
「バーナーは何時間でも保つだろう。だから人間の問題だな」
「食料と休憩を考えると10時間から12時間ってところか」
200キロから240キロ。追い風ならさらに伸び、向かい風なら減るだろう。
「もう少し速度は出せないものかな?」
「気球の強度を考えると無理だろうね」
「それもそうか」
速度が上がれば空気抵抗も大きくなり、従って気球の各部が受ける力も大きくなる。
今の材質では無茶はできないのだ。
「安全第一、だもんな」
「そうすると、春の南風を利用して北の国へ行き、晩秋の北風を利用して帰ってくる、これが一番現実的かな」
気球や飛行機のように空気中を移動する航空機は空気に対する速度である『対気速度』が重要になってくる。
機体そのものへの影響……揚力や抵抗を知るために必要な数値なのだ。
早い話、風速20メートルの追い風に乗っていれば対気速度は0だが対地速度は秒速20メートル、つまり時速72キロとなるわけだ。
現に、現代日本の旅客機も、アメリカ大陸方面、つまり東へ向かう際には上空を流れる『ジェット気流』に乗るため、かなりの燃料節約になるという(ただし復路はその逆になる)。
「そういうことさ。速度を上げるには強度を上げる必要があるよ。あるいは軽量化か」
「いや、軽量化は強度低下に繋がるからなあ」
「そういうことさ」
「途中、着陸できる場所があればいいんだがな」
「まあな……ってアキラ、話が飛んでるぞ」
「あ、すまん」
報告会と反省会のはずが、いつの間にか次回以降の計画を検討し始めてしまっていた。
軌道修正した反省会は、その後も幾つかの改善点をピックアップして終わったのである。
* * *
「それで、もう少し付き合ってもらいたいんだが」
反省会が終了した後、アキラが皆に言った。
「さっきの続きを検討したいのかい?」
「そうなんだ。うまくいきそうかそうでもないのかだけでも話し合いたい」
「わかったよ」
「わかりました」
「領主様のお声掛りですからな」
ということで、少しだけ話し合いが延長されることになったのである。
「今回の気球が順調に成功したと仮定する」
アキラが前提を説明する。
「速度は時速15キロ。飛行時間は12時間以内。つまり180キロくらいを移動できるわけだ」
「……」
アキラが何を言い出すのかと、皆黙って聞いている。
「その12時間、180キロ圏内で、一旦着陸して中間キャンプを設定できるかどうか、だ」
「中間キャンプ?」
「中継基地といってもいい。とにかく、飛び続けられないなら着陸し、また翌日改めて飛べばいい。……そうやって前進していくのはどうだろう?」
「なるほど……いいかもしれないな」
これは登山における『極地法』と呼ばれる手法と同じである。
ヒマラヤなどの巨大な山塊に登頂するために、ベースキャンプから山頂までの間に幾つもの前進キャンプを設けて登頂するというやり方だ。
時間と費用は掛かるが、比較的安全に(といってもキャンプ地が雪崩にやられるリスクは増すが)登頂できる。
元々は南極や北極の探検に用いられた手法であり、そのためにこの名がある。
「森林には着陸できないけれど、山の中腹や山頂ならなんとかなるんじゃないかな、と」
「うーん……いけるかも、しれないな」
「可能性はありますな」
「危なくないなら試してもらってもいいかしらね」
と、概ね肯定してくれた。
「それなら、この方法でいずれ北の地を訪れるとして、そのために必要なことを洗い出していきたい」
それにのっとった技術開発をしていく必要があるだろうから、とアキラはまとめた。
「よし、いいだろう」
そして、話し合いが続けられることになったのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は4月8日(土)10:00の予定です。
20230401 修正
(誤)温めた空気を抜いて加工させるための穴であるが、
(正)温めた空気を抜いて下降させるための穴であるが、




