第六話 熱気球製作
ド・ラマーク領では、熱気球の開発を行うことになった。
人員の移動や荷物の運搬に使えるかどうかは未知数だが、少なくとも『偵察』には使えるので、フィルマン前侯爵とも相談した上での決定だ。
開発費用は前侯爵が半分負担してくれることになった。
領地の開発が進み、だいぶ豊かになってきたとはいえ、まだまだアキラたちの余裕は少ないのである。
「だからハルトには『バーナー』を作って欲しい」
「バーナーか。コンロよりも短時間の作動でいいんだな?」
「そうだと思う。焚きっぱなしにするわけじゃないから。あ、軽量化には気を配ってほしいかな」
「わかった。やってみよう」
引き受けたハルトヴィヒは研究室へ向かった。
* * *
「こっちはこっちで気嚢をつくらないとな」
『携通』の画面を見つめるアキラ。
「天辺には穴が空いているのか……? 空気を逃がすためかな? ……あ、下降するときに使うのかも」
気球は思いどおりに上昇・下降させるのは難しい。
上昇はバーナーで温めた空気により、下降は気嚢から少し空気を追い出して行うことが多い。
そのために気嚢の天辺に空気抜きを付けるのだ。
「大きさはどのくらいにすればいいのかな……」
今考えているのは2人乗りである。
『携通』には、2000立方メートルの熱気球は、だいたい全体で500キログラムくらいを浮かせることができる、と書いてあった。
「これにはバーナーやボンベ、ゴンドラの重さも含まれるだろうからな」
実際、燃料用のガスボンベが重いのである。
ハルトバーナーが50キロくらいで収まれば、気球は半分の1000立方メートルでなんとかなるだろうと思われた。
バーナー50キロ、ゴンドラ50キロ、搭乗員が1人65キロで2人合わせて130キロ、計230キロである。
「1000立方メートルの球ってでかいよなあ」
真球と仮定して計算すると、半径が6.2メートルとなった。
もちろん立方根は『携通』で計算したのだ。
「『携通』が駄目になる前に平方根、立方根、それに三角関数表なんかを作っておく必要がありそうだな……」
計算機能ならではである。
ちょっと横道にそれるが、今後必要になるだろうと考えたアキラであった。
* * *
1000立方メートルの気嚢(球皮ともいう)を作るのはなかなか大変だが、素材はなんとか間に合いそうであった。
「こういう時にもミシンがあればなあ……」
と思うアキラであったが、そのミシンを探すためにも北の国へ行かなければならないわけで……。
今回は手縫いで仕上げるしかない。
『絹屋敷』だけでは人手が足りないので、近隣の村からも『お針子』を募っている。
十分な日給を出すと言ったら希望者が殺到したので、ベテランを4人雇い、作業を進めている。
縫い方は『本返し縫い』という丈夫な縫い方だ。
表から見ると、ミシンで縫ったかのように縫い目が揃う。
12枚の布を縫い合わせ、口のあいた球状に仕立てていく。
「そう、そこはしっかりと縫い合わせてください」
監督はミチアが行った。
引き裂きに強くするため、要所要所は2重にするという工夫も。
そんなこんなで、4人掛かりでも1週間掛かった。
* * *
一方、ハルトヴィヒは『バーナー』を4日で完成させていた。
試作ではあるが、十分な性能を持っているはず、と自負している。
重さも約40キロと、アキラが予想していた値よりも20パーセントも軽い。
「あとは推進機か」
風属性魔法を使い、気球を多少なりとも自由に動かすためのもの。
「理屈はわかっているんだよな」
ハルトヴィヒ自身も、『携通』にあったデータにより、『作用反作用の法則』は理解している。
なのでアキラが口にした、進む方法についても承知していた。
「風を吹かせても反動は生じない。だが、その吹かせた風を壁にぶつければ壁は後ろに押される」
実験をしながら理論を確認していくハルトヴィヒ。
「重さとの兼ね合いもあるからなあ」
時間も有限である。
幾つかの実験を経て、丸底の鍋状の『受け』に向かって風を吹かせるとそこそこ効率がいいことを発見。
いや実際に、使ったのは鍋なのである。
「鍋からの吹き返しの風と、鍋を押す魔法の風、両方が相まって推進力になるようだな」
そこで正式には半球状の『受け』を作ってもらい、その凹部に向けて風魔法を放つよう、発生基をセットしたものを作った。
大きさは直径60センチ、深さ30センチの半球で、重さは10キロ。
「うん、これならいい」
単なる帆に向かって風魔法を放つよりも断然効率がいい。
「大きいものを作れば、船の推進機にも使えそうだな……」
この推進機は『ハルト式推進機』と呼ばれて、長い将来に渡って船の推進機として使われることになるのだが、それはまた別のお話。
* * *
残るは『ゴンドラ』である。
これはアキラが考えていた。
「軽くて丈夫なもので作りたいよな……」
竹があればよかったのに、と思うが、ないものは仕方がない。
「まあ乗るのが250キロくらいとすれば、木でもギリギリいけるかな……?」
あるいは骨組みは金属で、そこに木製のすのこを乗せれば軽くできるかも、とアキラは考えていた。
その結果、鉄製のパイプで骨組みを作り、底は木製のすのこ、側壁はロープで、という構造に決定。
専属の職人であるレティシアに頼み、ゴンドラは完成した。
ゴンドラ部の重量は50キロ弱、ほぼ目標値である。
あとは、気嚢(球皮)とつなぐロープが必要になる。
これには丈夫な麻のロープを使った。
「これでいよいよ試験飛行ができるな」
予定どおりに準備万端が整った。
いよいよ第1回目の試験が行われる……。
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次回更新は3月25日(土)10:00の予定です。




