第一話 5年後の風景
『ド・ラマーク領』に春がやってきた。
山々の木々は芽吹き始め、日毎に緑が広がっている。
この冬の王都行で、アキラ・ムラタ・ド・ラマーク男爵は子爵に陞爵した。
これまでに上げた数々の文化的な成果が評価されたからである。
同様に、ハルトヴィヒ・ラグランジュも名誉男爵となっている。
名誉男爵は領地を持たない貴族で1代限りであるが、領地の代わりに給金がもらえるという特典がある。
彼の場合、給与はアキラからもらっているのだが、国からも給与がもらえるわけだ。
* * *
「『絹屋敷』も、見違えるようになったな」
『絹屋敷』は建て増しと改装を経て、見違えるようになっていた。
「はい、アキラ様。 子爵邸ですから、このくらいでなくては」
領主補佐のアルフレッド・モンタンが答えた。
「いや、陞爵する前から建て直していただろう」
「それもこれも、アキラ様が陞爵なさるという情報をフィルマン閣下にいただいたからです」
「いや、みんなが頑張ってくれたからさ」
「これも、ド・ラマーク領の経済状態が改善したからです」
アキラをはじめとする住民の努力が実り始めたのである。
ド・ラマーク領の名産品の数々が、ガーリア王国国内のみならず諸外国にも知られはじめ、多くの引き合い(取引依頼)が来ているのだ。
その最たるものが『ムラタシルク』である。
ド・ラマーク領で作られている絹は、他の地方のものに比べ、艶があってしなやかであると評判が高い。
そのため、2年ほど前から『ムラタシルク』というブランドが成立した。
『ムラタシルク』は、絹糸・絹織物だけでなく、衣服も含まれている。
『異邦人』デザインの衣服ということでこちらも人気なのだ。
「……『携通』に保存されていた写真やデザイン画が元ネタなんだけどな」
とアキラは言うが、
「それも含めての『異邦人』ですよ」
と周りから諌められていた。
その『携通』も、かなり劣化してきており、めったに起動することもなくなった。
内容はほぼ全て書き出してあるのだが、やはり検索のしやすさや画像の美しさでは『携通』にかなわない。
ゆえに大事な、ここぞという時にのみ起動することになっていた。
* * *
「アキラ様、新作ができました」
「おお、どれどれ」
『ムラタシルク』に次ぐ特産品。
「おお、いいデザインだな」
「ハルトヴィヒ様がまた新しい砥石を作って下さいましたから、加工の幅が広がりました!」
「うん……いいと思う。これなら王都でもはやりそうだ」
アキラの執務机に載せられた数々の器。
色とりどりのガラス製のそれは『切子細工』だ。
『江戸切子』の習作といっていいのだが、この世界では『レティ切子』と名付けられていた。
もちろん職人であるレティシアの名前からとったブランドだ。
そのレティシアはすっかりド・ラマーク領に腰を落ち着けていた。
それのみならず、この春結婚する予定だ。
お相手は漆職人のゴードン。職人同士、気が合ったらしい。
「載っているのは?」
「ミチア様の新作菓子だそうです」
「ほう」
ミチアは量産されるようになった『甜菜糖』を用いたお菓子作りが趣味兼仕事となっている。
これまでにも10種類ほどのお菓子を作ったが、そのうちの3種類は王家に献上され、『ミチア・スイーツ』という名で王都の貴族中心に大好評である。
* * *
ド・ラマーク領のブランド品はまだ他にもある。
『ハルトアイテム』だ。
学者で魔法技師のハルトヴィヒ・ラグランジュが開発した魔法道具の数々。
中でも『電信』は非常に有効な通信手段として、ド・ラマーク領と王都間を繋いでいる。
もちろん途中にある町も全て結ばれているので、定時の通信により情報の伝達速度ははこれまでの数十倍だ。
水力による発電設備も少しずつ増えており、電動モーターを使った機械が普及する日も遠くないと思える。
だが、『絹屋敷内』で最も喜ばれているのは、生活に密着した道具類である。
オリジナルには『ハルトコンロ』『ハルトヒーター』など、『ハルト***』という名が冠されている。
本人は身悶えするほどに気恥ずかしくて嫌だと言ってるのだが、誰も耳を貸す者はいない。
「この『ハルトオーブン』のおかげで、新作料理が作りやすくなったんですよ、ハルトさま」
「……ああ、よ、よかったね」
そのハルトヴィヒは研究室で正式に彼と彼の妻リーゼロッテ付きの侍女となったアネットから感謝され、複雑な顔をしていた。
* * *
ド・ラマーク領発の食材も多々ある。
『わさび』『醤油せんべい』『味噌せんべい』などは日持ちもするので王都で好評を博している。
その他にも『タタミマット』も好評だ。
『ストロー細工』は中流以上の一般市民に受け入れられている。
* * *
「ちちうえー」
「おお、タクミ」
「おしごと、おわった?」
「ああ。たった今終わったぞ。こっちへおいで」
「わあい」
そして、アキラの長男タクミも、今年の誕生日が来れば5歳になる。
「あなた、もういいんですの?」
「ああ、ミチア。みんな優秀だからな。私の仕事も随分と楽になったよ」
そして愛妻ミチアの腕の中には、昨年生まれた長女エミーが。
『絹屋敷』の春は始まったばかりである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2月18日(土)10:00の予定です。
20230211 修正
(誤)もちろん職人であるレティシア名前からとったブランドだ。
(正)もちろん職人であるレティシアの名前からとったブランドだ。




