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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第10章 平和篇
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第三十三話 夏来たる

 北の地、ド・ラマーク領にもいよいよ真夏がやって来た。


 蚕は幼虫として最後の脱皮を終え、終齢である5齢となっている。

 次は繭を作り、蛹になるのだ。

 そのため食欲は旺盛で、桑の葉の消費はこれまでの比ではない。

 聞こえてくる『蚕時雨こしぐれ』も、霧雨ではなく小雨くらいの音になっていた。


「いやあ、2度目ですが壮観ですねえ」

 技術者の1人ジェラルドがしみじみと言った。

「あれだけ採ってきた桑の葉が1日で半減しますものね」

「だろう? あと数日は大変だぞ」

「がんばります」


*   *   *


 アキラが気にしているのは蚕だけではない。

 農業の方へも気を配らなければならないのだ。

 幸い今年は天候がよく、稲、ワサビ、い草などの生育は順調である。

 甜菜の収穫は冬近くだが、そちらも今のところ問題なく育っていた。


「今年は去年の倍以上の収穫が見込めそうだな」

 青々とした緑の絨毯……水田を見て、目を細めながらアキラはつぶやいた。


「おや領主様、お見回りですかね」

 田んぼの草取りをしていた農民が、アキラを見つけて声を掛けてきた。

 泥の付いた手でこすったので顔が泥まみれだ。

「そうだよ。今年は順調そうでよかった」

「本当になあ。天候がよくて助かってますよ」

「頑張ってくれ」


 作業の手を止めさせるのも悪いと、アキラはその場を立ち去り、山の方へ向かった。

 目指すはわさび田である。

「こっちは涼しいな」

 道の脇を流れる沢の冷たい水で顔を洗うと、すっきりする。


 わさびは高温を嫌うので、沢の冷たい流れを引き込み、直射日光を半分くらい遮るように日除けをするわけだが、ここのわさび田は周辺に落葉樹が生えており、天然のシェードになっていた。

 冬は葉が落ちるので日当たりがよくなるのも好都合である。


「おお、よく育っているな」

「やあ、アキラ様。ええ、わさびの成長は順調です。春に咲いた花も種を付けましたので秋には採取できます」

 わさび栽培の主任格のアルカーがアキラを見つけ、歩み寄ってきた。

「それは朗報だ」

「最初の頃の株はかなり大きくなりましたよ」

「楽しみだな」

「しかし、砂利に植えて育てると根が太く大きくなって、土で育てるとちっとも大きくならないとは驚きましたな」

「そういう植物なのさ」

「日の当て方でも育ち方は変わってくるかも知れませんなあ」

「枯らさないよう気を付けながら研究してほしいと思う」

「やってみます」


 アルカーは研究熱心なので、この仕事を任せている。

 配下は3人、今のわさび田の規模なら十分だという。


*   *   *


 その日の巡回の最後にアキラが訪れたのは湿地帯である。

 つまり、『い草』の採取地だ。

 街道の整備も終わり、すっかり道はよくなった。

 ただし湿地の近くは環境保全も兼ねて舗装はせず、飛び石や木道を設けている。

 なので踏み外すと膝上まで泥に潜ってしまうような場所もあちこちにある。

 そして『い草』はそんな湿地の奥の池に生えているのだ。


「これは領主様」

 い草担当のゲクターがアキラに挨拶をした。

「やあ。今年のい草はどうだ?」

「他の水草を整理したので、昨年の2.5倍はいけると思いますよ」

「それはよかった」


 この春、い草の生息地周辺に生える水草を抜き、整理したのだ。そのためい草が繁殖したというわけである。

「あまりやりすぎるのもまずいからな」

 環境を激変させてしまうことで、巡り巡ってい草が育たなくなる可能性もあるから、とアキラは繰り返し注意しているのだ。

「わかってますって。領主様から説明を受けてますからね」

「頼むよ」


 そしてアキラは『絹屋敷』へと戻ったのである。


*   *   *


「うーん……もう一息だな」

 ハルトヴィヒは『回転砥石』のできあがりにまだ不満であった。

 今のところ彼の自己採点で70点といったところである。

 これが85点になれば、一応の完成とする、というのが彼の矜持きょうじなのだ。

 松脂まつやにに似た樹脂と蜜蝋みつろう、それに続飯そくい接合剤バインダーに使い、作り上げた砥石。

 蜜蝋は蜜蜂の巣を原料とするロウ、続飯そくいはご飯粒を練って作った糊である。


 松脂まつやにはそこそこ硬くなり、水にも強い。

 蜜蝋みつろうはそれほど硬くならず、水を弾き、潤滑油的な役割も果たす。

 続飯そくいは乾燥すると硬くなるが、水が掛かると次第に軟らかくなる。


 この組み合わせで砥石を作り、配合比を変えて実験を繰り返し、丁度いい組み合わせを見つけようというわけだ。

 今のところ70点の出来栄え、ということになる。


 とはいえ実用には十分使えるということで、レティシアは既に使い始めていた。

「以前の回転砥石よりも効率が上がりました」

 という報告がある。

 モース硬度7の石英粒よりも、最大でモース硬度7.5のざくろ石の方が上というわけだ。

 が、その差は僅か。


「ここまで来たら、もっと硬い研磨剤で作りたいな」

 とハルトヴィヒは思っている。

 今の候補はコランダム(鋼玉、ルビーやサファイア)だ。

 宝石にならないような屑石を粉砕して研磨剤にするわけだ。


 問題は、屑石といえど単価が高いことである。

「人造で作れるらしいんだがな……」

 ハルトヴィヒの悩みはまだ続きそうである。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は12月3日(土)10:00の予定です。


 20221126 修正

(誤)環境を激変させてしまうことで、巡り巡ってい草が育たなくなるかのせいもあるから

(正)環境を激変させてしまうことで、巡り巡ってい草が育たなくなる可能性もあるから


(旧)「いやあ、2度めですが壮観ですねえ」

(新)「いやあ、2度目ですが壮観ですねえ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 砥石は、樹脂系にこだわらず、塩化マグネシウムなどのセメント系で砥粒を固めた奴でよろしいがな。 ハンドグラインダーでも作るならともかく、回転砥石なら精度を出しやすい練り物がよろしいで
[一言] >>北の地、ド・ラマーク領にもいよいよ真夏がやって来た。 魔法がある世界なので北国でも夏は灼熱地獄になります。 >>聞こえてくる『蚕時雨』も、 霧雨ではなく台風くらいの音になっていた。…
[一言] 人造の合成宝石かー 作り方は携通に載っているでしょうが素材がなあ
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