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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第10章 平和篇
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第三十話 紙やすり

 虫の描写注意です

 蚕も4齢になった。姿は完全に白い芋虫だ。

 脱皮のあと、桑の葉をもりもりと食べている。

 だから『蚕時雨こしぐれ』も、霧雨のように聞こえている。


「次の脱皮が終われば終齢だ。これから桑の葉を食べる量は尋常じゃないぞ」

「はい、5齢の時に食べる桑の葉は、一生の内に食べる量の88パーセントでしたっけ」

「そうそう。だからもう少ししたら、これまで食べさせた葉の9倍くらいを食べるということだ」

「すごい食欲ですね……」

「それについては同感だ。……ここで思う存分食べてもらい、いい繭を作ってもらわないとな」

「はい」


*   *   *


 ガラスペン、ガラス風鈴と、立て続けにド・ラマーク領に貢献してきた職人、レティシア。

 ちりーん、と響くガラス風鈴の音を聞きながら、頭を悩ませている。

 それはやはり『音色』だ。

 アキラの『携通』で見せてもらった時の音の方が(音声付き動画なので)澄んだ音が響いていたのである。

 同じ音を再現しようと試行錯誤しているのだが、一向に完成しない、いや完成に近づけもしないのだ。


「何か秘密が……いえ、特にそういうのはないはず、とアキラ様も仰っていたし、何かが違うんでしょうね」

 そう呟きながら、熱したガラス管の先を塞ぎ、再度熱して息を吹き込む。

 ゆっくりとガラスは膨れていき、丸くなってきた。それをもう一度温めながら水平にしてくるくると回すと、ミカンのように扁平な球形になる。

 そこで冷却し、冷え切ったらガラス管から切り離し、縁を整える。

 吊り下げるための穴は、ガラス管の穴がそのまま使える。

 ……というのが、レティシアのやり方だ。

 これでいいのかどうかわからないし、知る者は誰もいない。


 何度も繰り返した作業を終え、糸を通し『ぜつ』と短冊を付け、ふっと息を吹きかけてみる……。

 すると。

 ちりーーーーんと、これまでになく澄んだ音が響いた。

 それは、レティシアが目指していた音にごくごく近いもの。

「この音だわ! ……でも、どうして……? ………………あ!」


 一体何が違うのか、レティシアは考えて……。

「切り離した縁の処理を忘れていたわ……」

 ガラスの切り口は鋭い。割れたガラス片で怪我をした人は多いだろう。

 ゆえにレティシアも、切り離し、『口』を空けた風鈴の『縁』を『再加熱』して『丸めて』『怪我をしないように』していたのである。


「もしかして、これが……?」

 確認するため、いい音を発したガラス風鈴の未処理の口を再加熱し、丸めてみた。

 そしてもう一度音を鳴らしてみる……。

「……駄目だわ」

 あの澄み切った音色は響かなかったのである。


「でも、もうわかったわ!」

 再度、『切り離しのまま』のガラス風鈴を作っていくレティシアであった。


*   *   *


 ちりーーーーんと、澄んだ音色がアキラの執務室に響いた。

「お、これだよ、これ。これが江戸風鈴の音だ! よくやってくれた、レティシア」

「ありがとうございます。まさか、切り離した縁をそのままにしておかなければいけなかったとは思いませんでした」

「うん、そりゃそうだ」

 同席したハルトヴィヒも頷いた。

「ガラスの縁で怪我をしないよう考えるよな。それが、何もしない方が音がいいとはちょっと思いつかないよ」

「そうなんですが、よくよく考えてみると、熱して縁を丸めると、そこだけ少し厚みが増すんです。その分、音が濁ったんだと思います」

「なるほど、理にかなっているな」


 ここで、レティシアはちょっと難しい顔になった。

「ただ……」

「ただ?」

「切り離したままだと、手を怪我する心配があるのではと……」

「なるほど、切り口は鋭いからな。……よし、僕に考えがある」

「それは?」

「ほら以前話していた『川の宝石』だよ」

「ああ、あれか」

「どうやら『ガーネット』らしいから、集めて砕いて研磨剤に使えると思うんだ」


 ガーネットは安山岩に含まれることもあり、日本ではN県和田峠が有名だ(現在採取は禁止されている)。

 満礬まんばん柘榴石ざくろいしという種類で、黒く見えるほど濃い赤で透明度は低く、宝石としての需要は低い。

 モース硬度は8、水晶を削ることができる。

 研磨剤としての日本名を『金剛砂こんごうしゃ』という(金剛石=ダイヤモンドとは別)。

 酸化アルミニウムより硬度は低いが、安価なので木工用のサンドペーパーには今でも使われている。

 ちなみに、研磨剤として最も優秀なのはダイヤモンドである。


「ああ、あれか」

「採取したもののほとんどは宝石にならないが、破砕してふるい分けをすれば研磨剤として使える」

「なるほど、それはいいな」

「丈夫な紙に糊付けして紙やすりも作れると思う」

「お、そりゃいいな」


 透明度の高いガーネットは宝石の原石として。そうでないものは研磨剤として。

 ド・ラマーク領の産物がまた1つ増えたようである。


*   *   *


「ああ、これ、いいですね」

「だろう?」

 試作として、ハルトヴィヒは『荒目』『中目』『細目』の3種類の紙やすりを作ったのだ。

「これなら、切り口を安全に丸められます!」

 ガラス風鈴の切り口は丸いので、棒やすりだと加工しづらいのである。

 また、棒やすりは炭素鋼なので硬度が今ひとつ低い(モース硬度で6.5度くらい、ガラスは5度から5.5度)。

 紙やすりだと曲面にならって当てられるので研磨がしやすい。

 もう少し研磨剤の硬度が高ければ、と思わなくもないが、そこはコストとの兼ね合いもあり、当分これで行くことになる。


*   *   *


「うーん、音が更によくなったな」

「ですね、あなた」


 『絹屋敷』の窓に下がっている風鈴も、全て再加工したので、より音が澄んだというわけである。


 アキラとミチアは、澄んだその音に耳を澄ませ、しばし暑さを忘れるのであった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は11月12日(土)10:00の予定です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] サンドペーパーですか。 例のカッス塗料を魔法でウニャウニャして樹脂接着剤を開発し、耐水ペーパーも作りたいですねえ てか、試作品はともかく、風鈴量産するなら回転砥石でしょう 樹脂接着剤使っ…
[一言] >>蚕も4齢になった。姿は完全に白い芋虫だ。 そろそろ異世界効果で別の色の芋虫も誕生しても良いのよ? >>「次の脱皮が終われば終齢だ。これから桑の葉を食べる量は尋常じゃないぞ」 瞬きす…
[一言] おー!ついに満足の行く仕上がりに! 今まで作ったやつも無駄にならなくて何よりですねえ
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