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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第10章 平和篇
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第二十九話 脱色

 桑の葉をもりもりと食べていた3齢の蚕は、脱皮のための『みん』に入った。

「だいたい揃って『みん』に入るなら、成長の度合いも揃っているということだ。逆に揃っていない時は、繭を作る時期もずれるから気を付けないとな」

「はい」

 『みん』の間は、蚕はほとんど動かなくなる。脱皮の準備に入っているのだ。

「この時期に刺激を与えると成長に支障が出やすくなるからそっとしておいてやるんだ」

「はい」

「だから掃除もそっと、な」

「わかりました」


*   *   *


 さて、レティシアの風鈴づくりも一段落し、『絹屋敷』の窓のいくつかからはちりん、と澄んだ音が響いている。

「いい音ですね」

 ミチアは風鈴の音が気に入ってくれたようだ。

「よかったよ。世の中には、これを騒音と捉える人もいるらしいからな」

「感性がずれているんでしょうね」

「そう思う。まあ、そういう人とは距離をおいたほうがいいな」

「同感です」


 ミチアだけでなく、『絹屋敷』の住民は皆、この音を気に入ってくれたようで、それぞれの部屋の窓にはガラス風鈴がぶら下がっている。


 そして、ここをきっかけに、ド・ラマーク領で風鈴がはやることになるのだが、それはまだもう少し先の話。


*   *   *


「うん、これはいいな!」

「でしょう?」

 風鈴に欠かせないのが『短冊たんざく』である。

 ちなみに、風鈴を鳴らす小片のことは『ぜつ』という。

 ガラス風鈴の場合はあまりしたに見えない(ガラス管を使うことが多い)が、南部風鈴のような金属製の場合は金属の薄い板を円形や楕円形、また不規則な形に加工したものを使うので、多少『した』に見える。

 もちろん、ガラス風鈴でもったものはガラス管ではなく装飾された形状の『ぜつ』を使うことも多い。


「まあ、風鈴の『くち』の中にあって音を立てるものだから『した』に見立てて『ぜつ』と呼んだんじゃないかなあ」

「そうかもしれませんね」


「で、その『ぜつ』にぶら下がって風を受ける『短冊たんざく』。これは厚めの紙を使うのだが、ここに涼しげな絵を描くのもまたいいものだよな」

「はい」

「だから『墨流し』をしたわけか」

「どうでしょう?」

「いいと思うよ」


 青系統、つまり寒色系の色で『墨流し』を行い、流れるような模様を付けた。

 さらにそこに、魚や草花の絵を描いてもいい。

「日にさらされるし雨にもあうだろうから長持ちしないけどな」

「それは仕方がないですね」

 秋が来て風鈴をしまう際には処分されることが多い短冊であった。


*   *   *


「あとは、このガラス部分に彩色したいな」

「あ、それって、ハルトさんが研究しているものですよね?」

「そうそう」

「昨日の午後、リーゼさんと相談して何かやっていましたよ。うまくいきそうだとか」

「へえ」

 などと話をしていると……。

 噂をすれば影、ハルトヴィヒが小走りにやって来た。


「できたぞ、アキラ! ガラス用の透明塗料だ!!」

 ハルトヴィヒの手には、30センチ角くらいのガラス板が。

 そしてそこには色とりどりの模様が描かれていた。


「これがサンプルだ」

「おお、いい色だな」

「だろう? 苦労したんだぞ」

「わかるよ」


 透明感のある色付き塗料。密着性もかなりいいようだった。

 どうやったのか何を使ったのか、アキラは説明を求めた。

「僕も苦労した。ベースは例の『カッス塗料』なんだ」

 漆にちょっと似た性質を持つ天然塗料である。

 ただ、飴色をしており透明度は悪かった。

「それに《ブライチェン》を使ってもらったんだ」

「《ブライチェン》?」

 聞き慣れない単語に、アキラは尋ね返した。

「うん、『脱色する』魔法だよ。漂白、と言ってもいい」

「ああ、なるほど」

「掛けすぎると塗料としての性質が変わってしまうので、ギリギリを見極めるのに苦労したけど、なんとか僅かに飴色が残る程度まで透明化できたのさ」

「そうだったのか」

「そこへできるだけ細かくした顔料を混ぜて、赤・青・緑・黄・紫・黒・白の塗料を作ったんだ」

「よくやってくれたなあ」

 アキラはハルトヴィヒの肩を叩き、握手を求めた。


「当分はこの塗料についてはド・ラマーク領の特産にしよう」

 特殊塗料くらいなら独占してもやっかまれることはないだろうとアキラは言った。

「まあ、同じ方法を思いつく者が出てくるかもしれないけどな」

 市場の規模が小さいうちは独占できるだろう、とアキラ。

「そのくらいさせてもらわないと、領内を改善する資金が手に入らないし」

「はは、アキラらしいな。僕も頑張るよ」

「いや、十分に頑張ってもらっているから」

 アキラはハルトヴィヒに笑いかけた。


「さあ、この塗料で風鈴に絵を描いていこう」

 この場合、内側から描くことになる。

 そうすることで外部からの摩擦に強くなり、剥がれにくくなるからだ。

 そしてそのための『ぜつ』はガラス管を使う。

 『ぜつ』の形によっては風鈴本体の内側を叩くわけで、そうするとせっかくの塗装が剥がれてしまうからだ。


*   *   *


 ちりーん、と澄んだ音が響く。

「ああ、いい感じだな」

 風鈴本体と短冊にも涼し気な絵が描かれ、目も楽しませてくれる。


 これもはやるといいなあ、と願うアキラであった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は11月5日(土)10:00の予定です。


 20221029 修正

(誤)「感性がずれていいるんでしょうね」

(正)「感性がずれているんでしょうね」

(誤)なんとか僅かに飴色が残る程度まで透明化できのさ」

(正)なんとか僅かに飴色が残る程度まで透明化できたのさ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 異世界の方々にも日本的な風情が感じ取れるのは良いですね♪ [一言] 風鈴が出来たなら、チャンポンも…ってさらに難しいですかね?
[良い点] ガラス加工に一段落ついたら、回転動力の工場の面倒も見ないとですねえ。 まずは摺合栓と、摺り合わせに使うヤスリを応用してカッティンググラスですかね。 本来は、木製でも歯車の量産とか数の出るも…
[一言] 感性……環境もあるのかなぁ。日本人が風情を感じる虫の声も、欧米ではおおよそ騒音とみなされるとか聞きましたし……。 短冊は時期が過ぎた寂しさと、新しい夏に備える楽しさもあるかなぁ。 ……と思…
感想一覧
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