第二十四話 ガラスペン第一号
『夏蚕』を育てる準備が整った。
「蚕の卵(種紙)を直射日光の当たらない、室温摂氏25度、湿度75から80パーセントの環境に置くと、およそ10日で孵化する、って以前説明したな?」
「はい、覚えています」
「うん。今の季節だと、室温は摂氏20度くらいだから、少し加温してやる必要がある」
「はい」
エアコンの魔法道具を起動するアキラ。
「『秋蚕』の頃は室温が摂氏30度を上回る日もあるから、逆に少し冷やすことになるだろうな」
「はい」
「まあ今回は少し温めてやるわけだ」
「量が多いから大変ですね」
「そうさ。だから、手順を覚えた職人を大勢使うことになる。君たちはその指導者になってくれないとな」
「頑張ります」
「覚えてもらいたいことはまだまだあるしな」
「はい!」
「楽しみです」
孵化までにはまだ10日ある。その間、王都からの技術者たちには覚えてもらうことがたくさんあるのだ。
* * *
さて、レティシアの方はというと。
「ハルトヴィヒ様、細い熱気を出せるようなヒーターって作れませんか?」
「うん? そうだな……できるよ。作ろうか?」
「お願いします!」
というやり取りを経て、ガラス細工用のヒーターを手に入れていた。
炎の微調整が可能なガスバーナーのようなものだ。ただし『ハルト炉』の応用なので炎ではなく熱気が噴射される。酸素を消費しないし、煤も出ない。
「これはいいですね! 理想の作業環境です!」
と言いながら、レティシアは日がな1日、試行錯誤を繰り返していった。
そして3日目。
「できました……」
ついに、ガラスペンを作ることに成功したのである。
そこで、さっそくアキラに見せに行くレティシア。
「アキラ様!」
勢い込んで執務室のドアを開けるレティシア。
だが執務室には王都からの技術者3人も来ており、蚕の生態について説明を受けていたところだった。
「あ、お邪魔して申し訳ありません……!」
戻ろうとするレティシアだったが、アキラは呼び止める。
「待ちなよ。ちょうど休憩に入ったところだ。報告を聞こうじゃないか」
その言葉に足を止めたレティシアはゆっくりと振り返る。
アキラをはじめ、技術者3名は興味津々といった顔で彼女を見ていた。
「君が何をしているかは話してある。だからみんな、君の成果に関心があるんだよ。報告を聞かせてくれないか」
そうまで言われては引き下がるわけにもいかず、レティシアはおずおずといった態度で執務室に再度足を踏み入れた。
「空いている椅子に座っていいよ」
「あ、はい、失礼します」
執務室にある会議用テーブルは8人掛け。
テーブルの長辺に3人ずつ向かい合い、短辺に1人ずつ、計8人掛けだ。
アキラは窓を背にして長辺の中央に1人で座り、技術者3人はその対面に並んで座っていた。
残る席はアキラの両隣とテーブルの両端。
レティシアは全員に説明するということでアキラの左手側の短辺に腰を下ろした。
「先程できあがったのが、これです」
「お、いいじゃないか」
依頼したアキラは、すぐにそれが何であるか察したが、技術者3人はまだよくわかっていない様子。
単にきれいなガラス棒、くらいにしか見ていないようだ。
そこでアキラは紙とインクを執務机から持ってきた。
「書いてみよう」
「え、これはペンなんですか?」
その言葉に、技術者の1人、ジェラルドは心惹かれたようだ。
「ええ、そうです。『ガラスペン』といいまして、アキラ様の依頼で作ったんですよ」
試行錯誤して、ようやく最初の1本が完成しました、とレティシアは説明した。
「よくやってくれたね」
アキラはそう言いながら、受け取ったガラスペンをインク瓶に入れ、静かに引き上げた。
「うん、インクが吸い上がっているな」
ペン先の側面に作られた細い溝に、毛細管現象でインクが吸い上げられ、保持される。
そして字を書いてみるアキラ。『ガラスペン』と、カタカナ書きだ。
「うんうん、書き心地もいいな」
ガラスペンの先は極細とはいえ半球状をしているので引っ掛かりにくいのだ。
表面が荒い紙や獣皮紙でも滑らかな書き味が得られる。
「よかったです。……他に気付いた点はございますか?」
「そうだなあ、ちょっとペン先が細いかな? 書類はもう少し太字の方がいいな。この太さだと、そう、メモ向きかもしれない」
「わかりました。ペン先の太さもいろいろ変えてみます」
「うん、そうしてくれ」
そしてアキラは3人の技術者にもペンと紙、そしてインク瓶を渡す。
「試し書きをして、気が付いたことを言ってほしい。今後、このペンがド・ラマーク領の名産品になるかもしれないから」
「はい、わかりました」
真っ先にペンを受け取ったのはジェラルド。
さらさらと名前や地名などを書いていき、
「素晴らしい書き味ですね。私はこのくらいの細さが好きです」
と絶賛した。そして、
「ペン軸がもう少し太いと持ちやすいと思います」
という改良点も言い添えたのである。
「なるほど、そうですね。手の大きさ、指の長さによってもバランスが変わりますね」
レティシアはその忠告をありがたく受け取ったのだった。
また、他の2人も、書き味については絶賛。
改良点としてはペン軸の長さとバランスについても言及されたのである。
「ありがとうございました! またできあがったら試し書きお願いします!」
レティシアはそう言って工房へと戻っていった。
そしてアキラの手には、記念すべき第1号のガラスペンが握られていたのである。
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