第二十三話 ガラス細工のスタート
『春蚕』の繭の収穫も終わり、あとは残した100個の繭から成虫が羽化するのを待つだけとなった。
「どのくらい掛かるんですか?」
と尋ねる王都からの技術者たちに、
「だいたい12日だな」
とアキラは教える。
「その間、待機するわけだが、やることはたくさんある」
蚕室の掃除、桑の葉の採取といった、次の『夏蚕』への準備。
桑畑の管理や蚕室の整備といった、間接的な仕事。
養蚕以外にも、『製糸』の準備も行わなければいけない。
「大変なんですね」
「そうだ。大規模になればなるほど、手分けしてやらなければならない」
ちなみに、『製糸』に対して『紡績』という用語もあるが、こちらは比較的短い繊維、例えば綿花や羊毛を糸に紡ぐ加工をいう。
「糸ができれば織物にするし、織物ができればそれを縫製して服にするからな。ああ、糸を染色したり布地を染色したりもする」
ひととおり覚えるのは大変だぞ、と言ってアキラは微笑んだ。
「頑張ります」
そのために3人で来てもらっているわけであるし、これまでにも20人以上、こうした『留学』をして王都へ帰った技術者、職人たちがいる。
ゆえに、今回の3人は、基礎以外に、新たな技法・技術を身に着けて帰ることを期待されているわけだ。
年々期待が重くなるな、と少し同情するアキラであった。
* * *
「アキラ、ちょっといいかな?」
「アキラ様、ちょっとお話が」
「ん?」
執務室で書類仕事をしていたアキラのところにレティシアとハルトヴィヒがやってきた。
「ガラス細工のことで相談なんだが、確か『ガラスペン』というペンがあったろう?」
「ああ、あるな」
『携通』に画像があり、何かのついでにハルトヴィヒに見せた覚えがあるアキラであった。
「あれを作ったらどうかと思ってね」
「うん、悪くない。悪くないが……」
「何か問題があるのかい?」
「作り方がわからないんだ。『携通』にもそこまでは載っていないし」
そう、『製品』としてのガラスペンの画像は『携通』にあったが、その製造過程までは保存されてはいなかったのである。
「まあ、そこはほら、職人がいるわけだし」
「そういうことか」
ズブの素人であるアキラや、ガラス細工に関しては素人に毛の生えたくらいでしかないハルトヴィヒではなく、『ガラス職人』という肩書のあるレティシアがいるのだ。
製品から製法を導き出してくれる……かもしれない、というわけである。
「そうだな、きれいなガラスペンができたら売れるだろうな」
「だろう? だから画像を見せてくれ」
「お願いします!」
「わかった」
ハルトヴィヒの要望により、『携通』の電源を入れて当該画像を表示するアキラ。
「ほら、これが『ガラスペン』だ」
「わ、凄いですね!」
『ガラスペン』は、ガラス棒の先を細くしてペン先にしているが、もちろんそれだけではない。
おおよそ円形の断面に、幾つか溝が作られており、その溝に毛細管現象によって吸い上げられることでインクを保持している。
普通のつけペンに比べてインクの保持量が多く、したがって一回インクを付けてから書ける文字数が多いのも特徴だ。
現代日本ではペン先だけ交換できるガラスペンもあるが、ペン軸まで一体に作ったガラスペンはアクセサリー的な美しさもあって人気である。
ペン軸が色ガラスでペン先は透明とか、マーブル模様のペン軸でペン先は透明など、カラフルなもの。
そしてペン軸の形状も、ただの丸棒ではなく、メリハリがあって持ちやすくできていたりする。
「これでしたら、ハルトヴィヒ様の工房で作れますし、材料もそれほど消費しませんから」
「なるほどな。レティの工房ができあがるのは夏過ぎになるだろうからな」
突貫工事で行ってはいるが、どうしても時間は掛かってしまう。
その間にもこうした仕事をしてくれれば言うことはない。
「いいだろう。材料のガラスについてはハルトと相談して進めてくれ。ハルト、頼むよ」
「任された」
「お仕事、承りました!」
というわけで、レティシアはガラスペン作りを始めることになったのである。
* * *
「まずはペン先を作る技法を再現するところだろうな」
工房で、ハルトヴィヒが自分の意見を述べた。
「はい、私もそう思います」
「ペン先に溝が幾つも……多分8つくらい入っていたけど、どうやって作るか、想像できるかい?」
「そうですね、ペン先を尖らせたあとでヤスリで溝を入れ、もう一度火で炙ればヤスリの跡も消えますし、角も丸くなると思います」
「お、それはいいかもな」
「ですが……」
自分で言っておいてなんですが、とレティシアは懸念事項を口にした。
「先程お見せいただいたペン先の一部は、溝が真っ直ぐペン先に向かうのではなく、少しねじれたものもありました。あれはどう作ればいいのか、今のところ思い付きません」
「そうか、そうだな」
ハルトヴィヒも考えてみたが、急には思いつかなかった。
「まずは作ってみようじゃないか。その過程で思いつくこともあるだろう」
「わかりました」
まずはガラス棒づくりからだ。
幾つかやり方はあるが、レティシアは塊を炙って軟らかくし、縦に引き伸ばす方法を採った。
このやり方だと、重力により真っ直ぐになり、ガラスの表面張力により断面も真円に近くなる。
ただ太さの調整が難しい(軟らかい部分=温度の高い部分が先に伸びてしまう)が、レティシアはうまく調整して、かなり正確なガラス棒を作ってしまった。
彼女の腕前がわかる一幕であった。
「おお、うまいじゃないか」
「ありがとうございます。このくらいはできないと職人を名乗れません」
と言ったレティシアは、ガラス棒を冷ますとヤスリで傷を入れ、ポキンと折った。長さは15センチほど。
「これを使ってペンを作ってみます」
「うん」
まずはヤスリで溝を入れていく。1つ入れたら45度回してもう1本。また45度回して……と、8本の溝を入れた。
「これを炙って引き伸ばせば………………あ!」
何かに気が付いたらしいレティシアが声を上げた。
「どうした?」
「ヤスリで溝を入れる必要はありませんでした。軟らかくなったガラスになら簡単に溝が作れますから」
「確かにそうだ」
「やってみます」
レティシアが気付いた技法は、果たしてうまくいくのだろうか……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は9月24日(土)10:00の予定です。
20220917 修正
(誤)自分で行っておいてなんですが、とレティシアは懸念事項を口にした。
(正)自分で言っておいてなんですが、とレティシアは懸念事項を口にした。
(誤)「これを炙って引き延ばせば………………あ!」
(正)「これを炙って引き伸ばせば………………あ!」
(誤)何かに気が付いたらしいレティシアはが声を上げた。
(正)何かに気が付いたらしいレティシアが声を上げた。




