第二十二話 殺蛹と風鈴
『春蚕』は全て繭となった。
「今回は100個を残し、残りは全て『殺蛹』する」
「はい」
「『殺蛹』とは、繭をお湯で煮て、中の蛹を殺すことだ。……残酷だが、絹を手に入れるために絶対に必要なことなんだ」
「はい……」
技術者の紅一点、ベルナデットは少し悲しそうな顔をしている。
「だから、我々はお蚕さんに感謝して絹を作り、使うんだ。徒や疎かにしちゃあいけない」
「わかりました」
「このことは、お蚕さんを育てる職人には徹底してもらいたいんだ。頼むよ」
「はい、アキラ様」
「まずは繭を『蔟』から取り出して……」
実際に、10個ほどの繭を取り出してみせるアキラ。
3人の技術者たちも真似をして30個ほどの繭を取り出した。
残りは古くからいる熟練の職人達が処理をしていく。
「取り出した繭は、なんだかふわふわしているだろう?」
「あ、はい」
「毛羽といって、繭を蔟に固定するための短い糸なんだ。これは取り除いてしまう」
「はい」
「取り除くと、ふわふわした綿状になるから、これはこれで『くず真綿』として使えるので捨てずに取っておく」
「はい」
ウールに混ぜて混紡毛糸にしたり、きれいに洗って枕に詰めたり、用途はいろいろある。
「要は無駄にしない精神だ」
アキラは蔟の取り扱いについても説明する。
「取り出した後の蔟にも毛羽が付いていたり汚れたりしているので、次に使うために柔らかいブラシなどを使ってきれいに掃除しておくんだ。これは『殺蛹』の後でもいいし、しながらでもいい。職人が多いなら手分けしてもいい。そして次回使うまで清潔な倉庫に保管しておく」
「わかりました」
そして、いよいよ『殺蛹』である。
「繭の数が少なかった時は、繭を煮ていたんだ。そうすると生糸が取り出しやすくなるからな」
糸繰りの際、繭を煮るところから始まるので一石二鳥だったのだ。
だが今は『温風乾燥機』で『殺蛹』を行う。
これは摂氏40度から50度くらいの温風を送り出す装置で、魔法利用。
かつては日光に晒すとか、ガスで殺すとか、さまざまな方法が取られたらしい。
「ちなみに、繭を取るまでが『養蚕』で、『殺蛹』以降は『製糸』というんだ」
「そうなんですね」
「で、『殺蛹』した繭は乾燥した環境で保存し、一定数溜まったら生糸を取り出す作業に入ることになる」
「はい、わかりました」
そういうわけで、アキラと3人の技術者たちが取り出した繭も、職人が取り出した繭と一緒に処理してもらう。
生糸を取り出す作業は明日以降だ。
* * *
同じ頃、ハルトヴィヒはレティシアの腕前を実際に見せてもらっていた。
テーマはコップである。
「……と、こういうふうに作ります」
「なるほど、うまいものだな」
何の変哲もない透明なガラスのコップだが、同じものを5つ作ってもらうことで、彼女の技量が見えてきた。
ほとんど大きさ・形状に差がないのである。
「これなら、新たな製品開発を任せられる」
「ありがとうございます。で、その製品というのは?」
「今考えているのは『風鈴』と『ガラスペン』だな」
「『ガラスペン』というのはなんとなくわかりますが、『風鈴』というのはなんですか?」
「それはだな、昼食後アキラから説明してもらおう」
「わかりました」
ハルトヴィヒによってレティシアの腕前は確認されたということで、いよいよ正式雇用の契約を交わすことになる。
それを行ってから、ハルトヴィヒはアキラに頼んで『携通』の画像を見せてもらおうと考えたのであった。
* * *
「そうか、ハルトのお眼鏡にかなったんだな」
「うん、彼女ならこの先、開発を任せられると思うよ」
「わかった。……レティ、それじゃあこのド・ラマーク領の専属職人として、そうだな、まずは5年契約を結んでくれるかな?」
「はい、喜んで」
「ありがとう。……契約内容はこれだ。確認してくれ」
「はい」
契約書を確認するレティシア。
かいつまんでいえば『衣食住の保証』『契約金の額』『秘密の遵守』『契約破棄した場合の罰則』などについてが書かれていた。
レティシアはそれを何度か読み、納得する。
「はい、これで結構です」
書類にサインをし、拇印を押す。同じものを2枚作りアキラに手渡した。
アキラもそれにサインをし、拇印を押した。
それらに、今度は先日作った『領主印』を割り印という形で押す。
それを各自で保管することで、偽造を防ぐわけだ。
ここまでするのは、もちろん『秘密の遵守』が最も重要だからである。
これから『携通』を見せ、参考にしてもらうことになるのだ。
「よろしい。それではレティにこれを見てもらおう」
ここまで、ハルトヴィヒと打ち合わせてある流れである。
『携通』にはガラス製の江戸風鈴の画像が表示され、短いムービーにより音声も流れた。
「こ……これ……素敵ですね……」
「だろう? まずはこれを作ってもらいたいんだ」
「わかりました、頑張ります!」
張り切るレティシアであった。
「さて、正式に契約を交わしたわけだから、レティの工房も建てないとな」
「建てていただけるんですか?」
「もちろんだ。それで、希望を聞こうか。全部を叶えられるかはわからないが」
「ありがとうございます」
そうしてアキラは、レティシアの要望をできるだけ入れた工房の間取り図を決めていった。
大きさは12畳ほど。レンガ造りもしくは石造りとし、耐火性を持たせる。
大小の炉(通常)とハルト炉を備える。
建てる場所は『絹屋敷』の敷地内、北東。周囲に可燃物のない場所である。
加えて、冬までに母屋である『絹屋敷』との間を屋根付き回廊で結ぶことになった。
早速建築が開始されるが、完成まではハルトヴィヒの工房で仕事をしてもらうことになる。
「これで新たな特産物ができればいいが」
期待を抱くアキラであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は9月17日(土)10:00の予定です。
20220910 修正
(誤)「『殺蛹』とは、眉をお湯で煮て、中の蛹を殺すことだ。
(正)「『殺蛹』とは、繭をお湯で煮て、中の蛹を殺すことだ。
(誤)そして次回使うまで世ケチな倉庫に保管しておく」
(正)そして次回使うまで清潔な倉庫に保管しておく」
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