第九話 懐かしの我が家へ
翌朝、アキラは早くから目が覚めた。今日中に家に帰れると思うと、寝ていられなかったのだ。
早く起きたからといって早く帰れるというわけではないのだが、そこはそれ、気持ちの問題である。
「散歩でもするか……」
時刻は午前6時頃。
早春の陽はまだ昇ってこないが、空は薄明るくなっており、散歩には問題ない。
「お、アキラ」
「おはよう、ハルト」
散歩していたらハルトヴィヒに出会った。どうやら彼も寝ていられなくて起き出したのだなとアキラは察した。
「思うことは同じか」
「そのようだね。……あれ、何を持っているんだい?」
ハルトヴィヒは、アキラが何か手にしているのを目ざとく見つけた。
「ああ、これか」
アキラは手にしていた石をハルトヴィヒに見せる。それは六角柱と六角錐を合わせたような形をした鉱物だった。
「水晶かい?」
「うん。村外れで拾った」
「へえ、ちょっと見せてくれ」
ハルトヴィヒはアキラから水晶を受け取り、しげしげと眺めた。
「なかなか透明度が高いな。この辺で採れるのかな?」
「あとで聞いてみるか」
そういうことになった。
* * *
「ええ、東にある山でたくさん採れます」
朝食時、村長に確認すると、水晶の産地を教えてくれた。
「ただ、あまり大きなものは採れないのです。白く濁ったものも多くて、採算が取れないので閉山しました」
今は時々、趣味で水晶を採りに行く者が幾人かいる程度だという。
水晶の用途は『水晶玉』だ。装飾品や『占い』(当たったり外れたり)に使う。それにガラスの材料にもなる。
が、水晶や石英は割合ありふれた鉱物なので、希少価値は低め。小さいものは値も安いのだった。
「ふうむ……」
「どうしたね、アキラ殿?」
一緒に食事を摂っているフィルマン・アレオン・ド・ルミエ前侯爵が尋ねた。
「いえ、これはあくまでも俺の世界での話で、信憑性は低いのですが……」
そう前置いてアキラは説明を始めた。
「石英脈には金鉱が伴っていることがあるのです」
「えっ」
「えっ!」
「ええっ!!」
事前に話をしておいたハルトヴィヒ以外、皆驚きの声を上げた。
この世界でも金は高価である。その価値はほぼ、少し前の日本と同じくらい(アキラが迷い込んだ2018年でグラムあたり約5000円)。
「ですから、不確かな情報ですよ?」
「いや、そうはいっても、金鉱が見つかるかもしれないということは大事なのだ」
フィルマン前侯爵はやや興奮気味に言う。
「見つからなくても文句は言わん。見つけるコツを教えてくれ」
「それは構いませんが……」
是非にと請われ、アキラは『携通』にあった情報を説明して聞かせた。
「なるほど、その『水晶の元』となる石英脈には、通常よりも濃度の高い金が含まれている可能性がある、と」
「はい。それから、もう1つの目安として『砂金』が見つかるかもしれないということです」
「砂金か……」
「ただそちらは、あまり流れの速い川では見つかりませんね。川砂があるような流域でないと」
「そうだろうな」
「あと、もう1つ」
「何かな?」
「ここの水晶は透明度が高いので、ガラスづくりに役立つと思います。熱源は『ハルトコンロ』がありますし」
「おお、なるほど」
金鉱が見つからずとも、ガラス生産という産業を興すことも可能だ、とアキラは助言したのであった。
* * *
さすがに今日の今日で金鉱脈が見つかるはずもなく。
「一度館に帰り、改めて調査団を派遣する」
……ということになった。
「はい、閣下。お待ちしております」
村長たちは深々と礼をし、一行を見送ったのであった。
* * *
馬車の中では、ハルトヴィヒとアキラが話をしている。今回の発見についてだ。
「金が見つからなくともガラスを作れるとは思うんだが、それでは余所との差別化ができないだろう。何かいいアイデアはあるかい?」
と尋ねるハルトヴィヒに対し、
「そうだな……いくつかあるけど……」
アキラはいくつかの案を述べた。
「まず、色ガラスを作る」
「おお」
『携通』には、ガラスに色を付けるための添加元素について載っていた。
例えば、緑ならクロム、鉄、銅。青ならコバルト、銅。
そして、赤には……。
「金だってさ」
「金?」
「金を『王水』で溶かして添加するらしい」
「すごいな……」
「リーゼロッテが喜んで研究しそうだな」
「今はだめだぞ」
「わかってるよ」
懐妊中だから……。
特に『王水』は濃塩酸と濃硝酸を3対1で混ぜたものなので劇物である。
「そもそも塩酸とか硝酸ってあるのかな?」
それぞれの作り方も、簡単ではあるが『携通』に載ってはいたので、時間は掛かってもなんとかなるかもしれない、とアキラは思っていた
「これからのリオン地方の発展に寄与できたらいいなあ」
「そうだな」
* * *
そんなこんなで、馬車の旅も終わりに近づいてきた。
「それでは閣下、失礼いたします」
「うむ、そなたらも気を付けてな」
一足早く、フィルマン・アレオン・ド・ルミエ前侯爵は『蔦屋敷』へと戻った。
そしてアキラたちも……。
「アキラ、見えてきたぞ」
「ああ、俺たちの村だ」
『絹屋敷』の屋根が見えてきた。
近付くにつれ、屋敷の者たちが手を振っているのが見える。
ミチアとリーゼロッテも……。
「お腹が大きくなっているのに……」
「そう言うなよ、アキラ。会いたかったんだろうさ」
「それは俺たちも同じだよ」
いろいろとあった王都行も、いよいよ終わりであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は6月18日(土)10:00の予定です。
20220611 修正
(誤)「そう言うなヨ、アキラ。会いたかったんだろうさ」
(正)「そう言うなよ、アキラ。会いたかったんだろうさ」




