第六話 教育について
戦略という『寄り道』をしたアキラたちの『検討会』。
一息つき、お茶を飲みながら、宰相パスカル・ラウル・ド・サルトルがアキラに問いかけた。
「アキラ殿、貴殿は技術者なのにどうしてそうした戦術・戦略にも通じているのですかな?」
「そうですね……私の国の『学校』では、専門的なことを教えるのはもちろんなのですが、一般教養として広く浅く、様々なことも教えるのです」
「なるほど。それにはどんな意図が?」
この問いに対し、アキラは少し考えてから答える。
「これは私の恩師の言葉なのですが、『天才とは幼い頃から全人教育が必要である』というものがありまして」
「ほう? その『ぜんじんきょういく』とはなんだね?」
「ええと……『携通』によれば『一面的な知識・技能にのみ偏らせることなく、全面的、調和的に発展させること』とありますが、恩師の言葉の場合、『偏った教育をするのではなく、まずあらゆるものに触れさせ、教え導く』くらいではないかと思っています」
「……ふうむ……つまり、どんな才能を持っているかわからないうちは、できるだけ広範囲の学びをさせたほうがいい、ということかな?」
「概ねそれでいいと思います」
ここでアキラはもう1つ、彼の恩師の言葉を思い出した。
「……私のいた国では、数十年前に大きな戦争がありまして、多くの若者が命を落としたそうです。『戦争などなく、そんな彼らが生きのびて成長していたら、どんな素晴らしい世界を作ってくれただろうか』とも言っておりました」
「なるほど、そういうことか。戦争に限らぬが、素晴らしい才能を開花させることなく埋もれていく者を減らしたい、というようなことかな」
「そうではないかと思います。また、現実にも、『パン職人』が『鍛冶の才能』をもっているなんてこともあります」
「ほほう、言われてみれば……」
「だとすると、才能を無駄にしていることになりますな」
ジャン・ポール・ド・マジノ産業大臣やヴィクトル・スゴー近衛騎士団長もまた、この話に興味をもったようだ。
「兵であったとて、才のない者の適性を再考する、ということも必要かもしれませんな」
実際、武芸はからきしだが、帳簿付けがうまいため、輜重隊長にまでなった者もいる、ということだった。
「いや、アキラ殿、参考になった」
近衛騎士団長が軽く頭を下げた。
「『教育』とは大事なものなのだな」
「そう思います。ただ、『体制』の維持にはデメリットもありますが」
デメリット、と聞いた宰相の顔つきが変わる。
「……それもお聞かせ願いたい」
もちろん、アキラに否やはない。
「……立場的には、私は元々一般庶民なので申し上げづらいですが、『知識』『知恵』は諸刃の剣です。私の世界の過去にも、『被支配層が必要以上に知恵を付けると革命の火種になる』と言う者もいました」
「なるほど、一理も二理もあるな」
「難しいところですな」
「……教育段階で国もしくは国土への帰属意識を教える、ということも」
「おお、そういう手が」
「……やりすぎると、『自分で物事の善悪、可否を考える』という意思が薄弱になりますので注意が必要です」
「むう、難しいものだな」
ここでアキラは自分の意見を述べる。
「国政や教育は急激に変えてしまうと軋轢や歪みが生じます。ゆえに急がずにじっくりやることも肝要だと愚考いたします」
「うむ、ド・ラマーク卿の意見、無下にはせぬ」
国王ユーグ・ド・ガーリアがそう宣言し、この話題はここで終了、となったのである。
* * *
「さて、少し脱線しましたが、本来の『検討会』に戻ろうと思います」
アキラが切り出し、『技術検討会』が再開された。
「それでは、『木炭』について説明します」
『携通』に記録されている情報も交え、アキラは『木炭』について説明していく。
「利点は煤や煙が少ないことですね。大きな炎が上がることはないので『手あぶり』に使えますし、燃焼時間も長いです。それに火力が安定しています」
「ほほう……」
「それから、風を送ってやれば、鉄の加工も可能になるんです」
ということでアキラは、『携通』の情報を元に、『たたら製鉄』の概略と(元々概略しかなかった)木炭を使った鋼の鍛錬法を(日本刀ではなく)説明したのである。
そもそもアキラは金属系の技術には疎いので、国の重鎮たちも多くは求めていない。
それでも、この示唆によって金属関係の技術が10年以上進んだのは間違いない。
「ただし、作るために相応の手間と時間が必要になります」
「そうであろうな……」
* * *
その後も改めて『公衆衛生』について説明したり、『電信』の延長にある『通話』、さらに『無線技術』についてもアキラの分かる範囲で説明を行った。
「要するに、『増幅』、これが手持ちの手段ではできないのです」
残念そうにアキラは説明していく。
「おそらくマイク……『マイクロホン』は、磁石とコイル、紙があれば作れそうです。スピーカーも同じ。ですが、そのスピーカーを駆動するためにはどうしても『増幅器』が必要になると私は思っています」
「なるほどのう」
「済みません、お力になれなくて」
「いやいや、示唆をもらえただけでも大助かりだ。いくらアキラ殿が『異邦人』だとしても、万能ではないことくらいわかっておるよ」
魔法技術大臣ジェルマン・デュペーはほほえみながらアキラをフォローした。
「私としては、『電力』の代わりに『魔力』を使えないかと考えている」
その意見に、アキラとしては曖昧に答えざるを得ない。
「それはいいことだと思います。ですがうまくいくかどうか、助言を差し上げられないのが残念です」
「それは致し方ないな。アキラ殿の世界には魔法がなかったのであろう?」
「ええ」
「なれば魔力の扱いがわからなくて当然だ。これから先は我らの領分だ」
* * *
そんなこんなで4日目、『技術検討会』も終了したのである。
「ああ、疲れた」
アキラは王宮の広々とした風呂で手足を伸ばした。
「僕もさ。だけど実り多い1日だったなあ」
同じく入浴しているハルトヴィヒも手足を伸ばしながら呟くように言った。
「そうだな」
ハルトヴィヒが『実り多い』と言っているのは、祖国であるゲルマンス帝国と帰化したこのガーリア王国の戦争が避けられそうだ、ということについてである。
もしも両国が戦争をすることになれば、板挟みとなって苦悩するのは間違いないのだから。
「陛下も閣下たちも戦争は望まないようだから大丈夫さ。こっちの話もちゃんと聞いてくれたし」
「うん、そうだな」
「ハルトは向こうにご両親がいるんだっけ?」
「うん。リーゼもね」
「そうか」
「子供が無事に生まれたら……まあ、すぐには無理だが、一度里帰りしてもいいかと思っている」
「そうだな、それがいいな」
自分は帰りたくても帰れない、そんなことを改めて思い出したアキラ。
それに気がついたハルトヴィヒは、すぐに謝る。
「あ、その、すまん……ごぼっ」
お湯の中で頭を下げたものだから、浴槽に顔を突っ込んでしまった。
それを見てアキラは苦笑い。
期せずして気まずい空気も吹き飛んだのであった。
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次回更新は、申し訳ございませんが1回お休みをいただいて、
5月28日(土)10:00の予定です。




