第二話 2日目
「絹糸の生産増加は順調で、今年は昨年の倍の生産が見込まれます」
アキラからの報告日である。
昨日とは一転して、堅実な報告が行われていた。
「うむ。王都周辺での繭の生産、桑畑の拡張も順調だ」
農林大臣のブリアック・リュノー・ド・メゾンが嬉しそうに言った。
「平織りではあるが、絹織物の生産にも成功している」
「それはよかったですね」
「うむ。……別件になるが、今年はアキラ殿の領地に、また技術者を派遣して学ばせたいと思っている」
「歓迎しますよ」
アキラは快く頷いた。
絹産業の振興はアキラの願いである。
次にアキラは『蚕の選別』について説明を行った。その背景に『微粒子病』の発生があったことも。
「うむ、やはり病気は怖いな」
宰相のパスカル・ラウル・ド・サルトルが顔を顰めた。
「はい。ですので『蚕の選別』です。比較的病気に強い個体を集めて飼育することで、うまくいけば新たな品種が生まれるかもしれません」
「それはアキラ殿にお任せする。しっかりやってくれ」
「はい。……ここでも申し上げておきますが、『電信』のおかげでいち早く情報が伝わり、対策を行うことができました」
「うむ。情報伝達が早まるというのは素晴らしいものだな」
「さようですな」
居並ぶ重鎮たちもしきりに頷いている。その脳裏には戦争時の情報伝達があるのかもしれない……と、アキラはちらと考えた。
「それでですね、王都でもより一層の『防疫』に気を配っていただきたく」
「うむ、当然であろうな」
「徹底させよう」
「よろしくお願いします」
* * *
次は『甜菜糖』である。
これに限らず、サトウキビから作る砂糖にせよ、メープルシロップにせよ、『ハルトコンロ』という安価な熱源があるため、今後の低価格化が予想された。
「なるほど、だがそれだけではあるまい?」
宰相パスカルがアキラに問いかける。
「はい。『虫歯』の予防です」
「なるほど、虫歯か……」
甘味の価格が下がったとなれば、一般庶民も買いやすくなるだろう。
そうなると、貴族層・富裕層に比べて『公衆衛生』という意識の低い彼らは虫歯になりやすいといえる。
たかが虫歯と侮るなかれ、歯周病を引き起こしたり口内炎の元となったり、間接的ではあるが脳卒中や心臓弁膜症になりやすくなるとも言われている。
「甘いものを食べたら、せめて口の中をすすぐくらいは広めたいですね」
元々虫歯の患者は少ないようなので、いわゆる『虫歯菌』(ミュータンス菌など)がいない、または少ないのかもしれないが、油断すればどんどん増えてもおかしくはない。
「虫歯の原因を説明し、対策を広めていきたいですな」
宰相パスカルは柔らかく微笑んだ。
「後ほど、知恵を借りますぞ、ド・ラマーク卿」
「はい」
* * *
『雪室』については、北方もしくは雪の多い地方でしか使えない技法なので、王都ではあまり受けなかった。
『印鑑』。これは事務仕事をすることが多い文官が食いついてきた。
「おお、なるほど! 手作りの一品ものなら、サインと遜色ないわけですな!」
「考えてみれば、『封蝋』を使っているのですから、こうした道具もありでしょう」
皆、サインする書類の多さには辟易していたらしい。
「重要書類でなければ『印鑑』を押すことで効率がアップすると思います」
「確かに」
「そしてその印影を登録しておくことで、偽造印との比較も可能です」
「おお」
ちなみに『印鑑』とは登録してある印章のことである(実印、銀行印など)。
「私の世界では、水晶や玉、象牙、金などで作る権力者もいました」
「なるほどな」
「希少素材で作った『印章』は権力の象徴ともなりうるということか」
「はい。ただし、やりすぎはなりません」
「で、あるな」
ここで、黙って聞くだけであった国王、ユーグ・ド・ガーリアが口を開いた。
「国を富ますためには、過度な虚飾は控え、国民の生活を守らねばならぬ」
「仰せのとおりです」
経済のためにはほどほどにお金を使う必要があると言われている。
有効な使われ方なら大歓迎だが、単なる見栄のための出費はよくない、という意識が国王にはあった。
「税収は有効に使わねばな」
「は、陛下。国を守り、国民を守るためにこそ使うべきでありましょう」
「うむ」
国民を守ることで人口が増えるということは需要も増え、税も増えるということ。
つまり緩やかに人口を増やしていくということもまた、間接的に国を富ますことになる。
そのための国策として『公衆衛生』の普及が挙げられている。
「ふむ、『網戸と蝿帳』か。それもまた『公衆衛生』に繋がるな」
「はい。虫の中には病原菌を媒介するものもいますので、家の中に入られないよう、また、特に食料に集られないようにする必要があります」
「こうした地味な対策の積み重ねが大事なのだな」
国王が言った。アキラはわかってくれている、と少し嬉しく思ったのである。
さて、報告も終盤。
「ふむ、『木炭』か。薪とはどう違うのだ?」
「見本をお持ちしました。御覧ください」
小型の火鉢=『手あぶり』に灰と炭を入れたものをアキラは用意していた。
「ほう?」
「もう春ですが、朝晩は少し寒いときもあります。そのような時にお使いいただけます」
「なるほど、煙が出ないのだな」
「はい。炭はほぼ純粋な炭素ですので、燃えたときに出るのは二酸化炭素というガスだけです」
「こうして見ていると長持ちするな?」
「はい。宰相閣下の仰るように、ゆっくりと燃えていきますので長時間使えます」
しかも、一度火が付いてしまえば薪よりも火が消えにくいのも利点である。
「用途によっては使えるな」
「ですな」
宰相、農林大臣、産業大臣らは『木炭』の価値を認めてくれたのだった。
そして最後が『畳』。
既に簡単な紹介はしていたが、製品として見せたのは今回が初めて。
とはいえ大きなものではなく、45センチ四方のマット的なもの。
「ほほう、なかなかよい香りだ」
「以前にご紹介したときにも説明しましたが、抗菌作用があります」
「これの大きいものをベッドに敷くとよいという話もあったな」
「はい」
「この大きさなら固めの椅子に敷くとよさそうだ」
「蒸れにくいかと存じます」
こうして、プレゼンテーション2日目も無事に終わったのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は4月23日(土)10:00の予定です。
お知らせ:4月16日(土)早朝より17日(日)昼過ぎまで不在となります。
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