第二十七話 風光る
雪が雨に変わり、吹く風も冷たさを減じ、軒先のつららも短くなってきたある日。
ドアを蹴破らんばかりの勢いで、アキラの執務室にハルトヴィヒが飛び込んできた。
「ハルトヴィヒ様、もう少しお静かに願います」
領主補佐のアルフレッド・モンタンがやんわりと注意をするが、興奮したハルトヴィヒは聞く耳を持たない。
「そんなことより! ついにできたんだよっ!」
「何が? ちゃんと説明してくれ」
「『魔法式充電池』ができたんだよ!」
「な、なんだってー!」
どこかで聞いたような声を上げ、アキラもびっくり仰天した。
「『魔法式充電池』ってことは、これまでの『鉛蓄電池』じゃないんだな?」
「もちろんそうさ! 苦労したんだぞ!!」
「いや、それはわかる」
ハルトヴィヒが毎日毎日苦労していたことはよく知っているアキラである。
「電気とはすなわち雷だ。つまり雷系の魔法に、なにかヒントがあるんじゃないかと思ったんだよ」
「う、うん」
アキラが聞いてもいないのにハルトヴィヒは語り始めた。
完成したことで興奮気味なのだろうと、アキラは素直に耳を傾ける。
アルフレッドが気を利かせて桑の葉茶を2人分淹れてくれた。
それをハルトヴィヒは一息に飲み干す。
「あ」
口の中を火傷することを心配したアキラであったが、アルフレッドはハルトヴィヒの分は微温くしておいたとみえ、
「……で、だ」
ハルトヴィヒは平然と話を続けたのである。
「最終的には前侯爵閣下の所へ行って雷魔法を見せていただいた。それが決め手になったな」
「そういえば『蔦屋敷』へ行っていたな。王都行の打ち合わせかと思っていたよ」
「それもあったけどな」
雪に雨が染み込んで凍り、硬くなったので、ソリが使えるようになったのだ。
それで先日、ハルトヴィヒは馬橇で『蔦屋敷』へ行ってきていた。
忙しかったアキラは主目的を聞いていなかったので、今更ながら驚いたのである。
「閣下の魔法を見せてもらって、魔力の流れが把握できたんだ。で、最終的に完成させることができた」
そしてハルトヴィヒは手提げカバンの中から『魔法式充電池』の試作をテーブルの上に置いた。
直径は10センチ、高さも10センチ。缶詰のような印象である。
「外側は石英ガラスで絶縁してある。内部は銅と亜鉛の極板を魔法素材の……」
「ああ、詳しい説明を聞いても理解できないと思うから、悪いが機能の説明を頼む」
魔法のない世界で生まれ育ったアキラには魔法学、魔法工学、魔法薬学などはまるきり理解できなかった。
それを知っているハルトヴィヒは、細かな構造の説明はやめて、機能について語り始めた。
「この端子がプラスで、こっちがマイナスだ」
「うん」
「で、これは12ボルトになっている。……はずだ」
「へえ……」
「ちなみに、電圧を変えたいなら、この高さを変えればいい」
ハルトヴィヒは円筒状の『魔法式充電池』を指してそう言った。
「電圧は高さ、電流はこの直径で変わる」
「なるほど。で、容量はどれくらいなんだ?」
「僕が作った拙い計測器で測ったところ、この大きさで10アンペアアワーくらいだ。多分、この倍くらいまでは改良できる」
アンペアアワーは蓄電池の容量を表す単位で、10アンペアアワーは10アンペアの電流を1時間流せるという意味である。
1アンペアなら10時間。5アンペアなら2時間。
この容量は、現代日本のニッケルカドミウム電池以上といえた。
「おお、それは素晴らしいな。ちょっと持ってもいいか?」
「もちろんだ」
そこでアキラが持ちあげてみたところ、思ったより軽かったのだ。
容量はニッケルカドミウム電池、重さはリチウムイオン電池といったところか。
「これがもっと容量が増えるなら、いろいろと夢が広がるなあ」
「それは任せておけ……といいたいところだが、アキラの知識と携通の情報が頼りだよ」
「そうだな、できる限りの協力をするよ」
「うん、頼む」
「それから、きっちりと休めよ。身体を壊したら元も子もないぞ」
「リーゼにも言われたな、それ」
「だろう? とにかく身体を大事にしてくれ」
「わかった。ありがとう」
こうして『電気関係』にも希望が見え始めた春先であった。
* * *
翌朝は、雲ひとつない青空が広がっていた。
これまでは晴れたといっても、雲が空の半分くらいを覆っていたのだが、この日は快晴だ。
「いよいよ、春が近づいてきたかな」
アキラが窓を開けると、それまでは刺すような冷たさだった風が、ほんの少し温もりを感じさせるようになっていた。
木々の梢にくっついていた氷が少し溶け、雫になっている。
「王都行も近いかな」
今回は絹製品関係の他に、『電信』『ハルトコンロ』『ハルトヴィヒ式発電システム』『蒸気エンジン』そして『ハルトバッテリー』がある。
大評判になるに違いなかった。
今年はミチアとリーゼロッテの出産という大きな節目が控えているが、予定日は初夏頃なので王都行の最中に生まれる、ということはなさそうであるから、まずは安心である。
また、彼女たちの健康管理に関しても、助産婦経験のあるベテランの侍女、マリエがいてくれるのでアキラもハルトヴィヒも心労は少なかった。
「支度を始めないといけませんね」
アキラの愛妻、ミチアも窓辺へやって来て、並んで外を眺める。
「ミチアは何もしなくていいからな? ただ指図をしてくれれば」
もうかなりお腹が目立つようになり、マリエからも力仕事や水仕事、それに前屈みの姿勢は厳禁と言われているミチアであった。
彼女としては夫であるアキラの支度を手伝いたくて仕方がないのだが、今回は見ているだけになってしまう。
それでも、
「ああ、下着の替えはもう2組入れておいてください」
「礼服は皺にならないよう、別の箱にしましょう」
などと、心を砕いてくれていた。
日差しが強くなってきて、『光の春』はもうすぐそこまで来ていた。
お読みいただきありがとうございます。
20220402 修正
(誤)口に中に火傷をすることを心配したアキラであったが
(正)口の中を火傷することを心配したアキラであったが、
(誤)そこでアキラがも落ちあげてみたところ、思ったより軽かったのだ。
(正)そこでアキラがも持ちあげてみたところ、思ったより軽かったのだ。
20251012 修正
(誤)「最終的には前公爵閣下の所へ行って雷魔法を見せていただいた。
(正)「最終的には前侯爵閣下の所へ行って雷魔法を見せていただいた。
(誤)木々の梢にくっついした氷が少し溶け、雫になっている。
(正)木々の梢にくっついていた氷が少し溶け、雫になっている。




