第二十六話 冬越え近し
冬。
雪はまだ降る日があるが、止んでいる日が徐々に多くなり、ついには止んでいる日のほうが多くなり……。
ある日、雪ではなく雨が降った。
翌日はまた雪になったが、明らかにそれまでとは違い、水分の多い雪であり、昼にはみぞれに変わる。
「……春が近いのかな」
窓からみぞれが降るのを見ていたアキラはぽつりと呟いた。
ド・ラマーク領では、みぞれが降ると春の訪れは遠くない、と言われている。
みぞれに先んじて雨も降ったことで、長い冬もそろそろ終わり、と感じられるようになったのだ。
「この冬は『ハルトコンロ』のおかげで比較的楽だったな」
「そうですね、あなた」
アキラの呟きに、だいぶお腹が目立つようになったミチアが答えた。
「煮炊きの燃料に薪を使わずに済むようになったので、その分を暖房に回すことができましたしね」
「そうだな。後半はコンロの応用で『ハルトストーブ』も完成したしな」
「ええ」
『ハルトストーブ』とは、『ハルトコンロ』と同じ熱源を使った『反射式』のストーブである。
パラボラ型の反射板の中央部というか焦点の場所に熱源を配置したもの。
現代日本ではハロゲンヒーターで似たようなものがある。
反射式なので前方が暖かくなるため、職人の手あぶり用として重宝された。
そうしてその分の薪は暖炉に回されたため、家全体の温度が2〜3度上がったのではないかな、とアキラは推測していた。
もちろん、正式な測定もしておらず、ただの体感であるが。
「この冬も、凍死者は1人も出なかったな」
「ええ、あなたの統治がよかったからです」
「いや、領民の協力あってこそさ」
アキラが領主となってからはただの1人も凍死者は出していない。
それまでは一冬に3人から5人は命を落としていたという。
アキラが領主となり、徹底した寒さ対策……隙間を塞ぐという簡単な対策から始まり、太陽熱利用の温水器や断熱構造、そしてハルトコンロと、対策を講じてきた成果である。
加えて、養蚕の導入と産業の振興により、世帯ごとの収入が増え、生活の質も向上していることが挙げられる。
ミチアがそれを口にしてアキラを褒めると、
「無我夢中でやって来たからなあ」
と、少し遠い目をするアキラであった。
* * *
「……できた……」
一方、アキラの友人で優秀な魔法技師であるハルトヴィヒは、日夜研究に明け暮れていた。
この冬は『蒸気機関』がその中心である。
そして今、『ハルトヴィヒ式発電システム』が完成したのだ(もっとも、そう呼ばれることを決して喜ばないだろうが)。
これは、先日完成した『蒸気エンジン』を使って発電機を回し、鉛蓄電池を経由して直流を取り出すシステムである。
多少の電圧変動は鉛蓄電池によって平滑化されるため、簡易的な定電圧電源ということになる。
「あなた、おめでとう!」
ハルトヴィヒの愛妻、リーゼロッテが賛辞を贈った。
「ありがとう。これで一層の電化が進められそうだ」
当面は『通信機』の電源として使われる。
が、ハルトヴィヒはさらなる電化への希望を抱いていた。
それは『モーター』との並行開発である。
蒸気エンジンを車やソリに積んで蒸気自動車や蒸気スノーモービルを作ることもできるが、高熱源を乗り物に積むということになり、ハルトヴィヒとしては安全面の問題からみてあまり乗り気ではなかった。
だが、電気モーターを動力として使えるならそのリスクは回避できる。
しかし今度は『鉛蓄電池』という重量物かつ危険物を積まなければならなくなる。
そして、『鉛蓄電池』では長時間のモーター駆動はできないのが現状であり、どうしても何らかのブレイクスルーがなされる必要がある。
それこそがハルトヴィヒの研究テーマであった。
「既存の科学では不可能なのはわかっているんだよ」
『携通』を見るまでもなく、アキラの知識によっても『電気自動車』は電池の容量と寿命、そして充電時間がネックであることはわかっていた。
「つまり、一部もしくは全部を『魔法技術』で置き換えることができたなら……」
「アキラの世界を一部分とはいえ超えることができるわけね!」
「そういうことだな」
リーゼロッテは魔法薬師。
魔法素材の合成はお手の物である。
そんな彼女と協力して、ハルトヴィヒはこの世界独自の蓄電池を作り出そうと夢見ていた。
ただし、リーゼロッテは身重なので無理はさせられない。
そのため、全ての実験はハルトヴィヒが行い、リーゼロッテは知恵を貸すだけ、というやり方になっているが。
* * *
「そうか、『ハルトヴィヒ式発電システム』ができたのか!」
「だから僕の名前を使うのはやめてくれって!」
「そうはいかない。この偉大な発明に報いるためにも、後世にまで残る命名をしないとな。それとも『ラグランジュ式』にした方がいいか?」
「あ、それは嫌。やっぱりハルの名前を付けてあげて」
「リーゼ、この裏切り者ー!」
「いいじゃないの、あなた。技術者の誉れでしょ?」
「うー……」
リーゼロッテにそう言われても、今ひとつ納得できないハルトヴィヒであった。
「それはそうと、バッテリーの方は?」
「そっちは難航しているんだ」
「そうだろうな……俺としては頑張ってほしい、としか言えない。あと、無理はするなよ」
「わかってるよ。なんとか作り上げたいなあ……」
だが、まだ解決の糸口さえ見えないのが現状である。
「こっちは『甜菜糖』をなんとか特産物にできそうだ。これも『ハルトコンロ』のおかげさ。領民に代わって礼を言う」
「……役に立って何よりだ」
名前は納得できないが、領民の暮らしの改善に役立つならなによりだ、とハルトヴィヒは言ったのだった。
「考え続けて頭が疲れた時は甘いものがいいっていうぞ」
と言ってアキラは、ハルトヴィヒとリーゼロッテに淹れたてのホットミルク(すごく甘い)を勧めた。
「うむ、これは甘い」
「甘すぎるかな?」
「ううん、私はこのくらいがいいわ」
リーゼロッテはそう言って美味しそうにホットミルクを口にした。
「僕も同じく」
ハルトヴィヒもまた、甘いホットミルクを飲み干したのだった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は4月2日(土)10:00の予定です。
20220514
(誤)アキラが領主となり、徹底した防寒対策……隙間を塞ぐという簡単な対策から始まり
(正)アキラが領主となり、徹底した寒さ対策……隙間を塞ぐという簡単な対策から始まり




