第十四話 電気を作る(四)
雷魔法による青白い輝きは一瞬で消え、静寂が戻った。
「アキラ、ど、どうだ?」
「うん、今確認するよ」
3つの『着磁器』を確認するハルトヴィヒとアキラ。
「こ、こりゃすごい……」
銅のコイル、その一部が融けていたのだ。流れた電流の凄まじさがわかろうというもの。
「で、磁石は、と……」
鋼鉄の棒を取り出したアキラは、そばにあったスコップに近づけてみた。すると。
かちん、と音を立てて、スコップが吸い付いたではないか。
「成功だ!」
躍り上がらんばかりに喜ぶアキラ。
「フィルマン様、ありがとうございました。これで一歩も二歩も先へ進めます」
アキラとハルトヴィヒはフィルマン前侯爵へと頭を下げた。
「うむ、成功したようで何よりだ。では、それを使った成果を報告してもらえる日を待っておるぞ」
そう言って前侯爵は屋敷へと引き上げていった。
残ったアキラたちは『着磁器』を片付ける。また使う日が来るかもしれないので、丁寧に取り扱った。
「よかったですね、アキラさん」
「ハル、うまくいったね!」
ミチアもリーゼロッテも喜んでくれた。
* * *
「さて、3つの磁石だが」
ハルトヴィヒの工房に、アキラたちは集まっていた。
「2つは予定どおり『発電機』の制作に使う。1つは棒磁石としていろいろな用途に使いたいな」
「わかった。それじゃあ次にやるべきことを教えてくれ」
ハルトヴィヒが勢い込んで言った。
「うん。……ええと、絶縁用の塗料はまだ届かないから、今のうちに『珪素鋼』を作りたいんだ」
「けいそこう?」
「アキラ君、それは何?」
珪素鋼とは、鉄に珪素を1〜4パーセント含ませた合金である。透磁率(磁力の通りやすさ)が高いので、モーターや発電機、トランスなどの鉄心に使われる。
「うーん、つまり、専用の鉄ということか。で、珪素って?」
「例えば、水晶は二酸化珪素……珪素の化合物だな」
「つまり、水晶を鉄に混ぜればいいわけか。それなら僕でもできるな」
「えっ、できるのか!?」
溶鉱炉等を使わずに合金を作れると言うハルトヴィヒ。アキラはさすが魔法だなあ、と感心する。
「質の悪い水晶ならそれほど高価じゃないしな。そっちは任せておいてくれ」
「頼んだ」
残るは絶縁塗料である。
セヴランに聞いたところ、届くまでにはあと5日ほど掛かるらしいので、その間にアキラは別の実験をしておくことにした。
「で、縫い針で何をするわけ?」
ハルトヴィヒは工房で珪素鋼を作っているので、アキラとミチア、リーゼロッテはアキラの『離れ』にいた。
そしてアキラはミチアに頼んで縫い針を1本用意してもらったのである。
「まあ、見ていてくれ。これを、こうして……」
縫い針を指でテーブルの上に押さえ、棒磁石でそれを擦る。注意するのは往復させるのではなく、1方向にだけ擦ることだ。
「これを、紙に刺して」
ノートの切れ端(書き損じ)を直径3センチくらいに丸く切った紙片に縫い針を刺す。
「そして、水に浮かべる」
紙に刺した縫い針を、あらかじめ用意しておいた手桶に入れた水に浮かべた。
すると、縫い針はすい、と回って一定の方角を向いて安定した。
「……ミチア、北ってどっちだっけ?」
「え、はい。ええと、入口がちょうど南を向いています」
「そうか」
縫い針はきっちりと南北を向いて浮かんでいた。この世界にも磁北が存在したのである。
「成功だ!」
「え? 何?」
よくわかっていないリーゼロッテが首を傾げた。
「これは『方位』を示してくれるんだよ。正確には『南北』をね」
より正確に言えば『磁北』を指すのであるが。
「ええ!?」
ミチアが驚いた声を出した。
「そうしますと、これがあれば森で迷った時、太陽や月が見えなくても方角がわかるんですね!」
「ああ、うん、そうだ」
そしてリーゼロッテもまた、
「ちょ、ちょっと待って。……それって、海の上でも使えるの?」
と驚きを顔に浮かべつつ尋ねる。
「むしろ使えないはずがないだろう?」
「そう……よね……って、いうことは、これを使えば海の沖に出られる?」
アキラは頷いた。
「多分。俺は船乗りじゃないから、どう使うのがいいかまでは言えないが、少なくとも海のど真ん中で方位がわかるということは意味があると思う」
「そうよね! ……多分、ミチアが言ったように、陸上でも使い道はあるわ。さっそく報告に行きましょう!」
フィルマン前侯爵の協力によって作られた強力磁石の新たな使い道。これは報告しないわけにはいかなかった。
まずはハルトヴィヒを呼び、説明する。
「これは凄いぞ! これがあれば、海でも森でも雪山でも……」
ハルトヴィヒもまた、その用途に思いを馳せたのであった。
* * *
5分ほど待たされたあと、アキラたちはフィルマン前侯爵の執務室にいた。
「ふむ、『方位磁石』とな?」
「はい。まだまだ幼稚なものですが、原理は変わりません」
そう言ってアキラは、ミチアに持たせていた水桶をテーブルの上に置いた。
「この縫い針が『方位磁石』になっておりまして、どんなに回しても、最終的には南北を指して止まります」
「何っ!」
椅子を蹴って立ち上がった前侯爵は、テーブルに歩み寄ってきて手桶の中を覗き込んだ。
そして指で縫い針の向きをいろいろと変え、それが常に同じ方向を指すことを確かめると、
「アキラ! これは量産できるのか?」
と、大声で尋ねた。『殿』を付けることを忘れているほど興奮している。
フィルマン前侯爵には、この『方位磁石』の戦術的価値が痛いほどによくわかったのである。
闇夜であろうとも、また空の見えない深い森の中であろうとも、そして吹雪に閉ざされた雪山であろうとも、方角を正しく知ることができるということの意味。
『戦乱』とは無縁のアキラとは違い、数々の戦役をくぐり抜けてきた前侯爵なのだ。
「アキラ……いや、アキラ殿、ハルトヴィヒ殿、リーゼロッテ殿。まずはこの『方位磁石』を、実用レベルにしてもらえないだろうか?」
「わ……わかりました」
「やりましょう」
「お任せください」
アキラたちは頷いた。
「必要な資材はセヴランに言ってくれ。できるだけ融通する」
資金を出してもらっているフィルマン前侯爵からの要望である。
彼らは当面、方位磁石の製造に専念することにしたのであった。
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次回更新は4月21日(土)10時を予定しております。




