第二十三話 春はまだ遠く
年が変わり、冬はさらにその厳しさを増した。
数日間吹雪が吹き荒れ、雪が降り積もる。
時折日の光が地上を照らすが、それはほんの僅かな時間。
それでも、貴重な晴れ間を、人々は屋根の雪下ろしや道路の雪かきに使う。
そしてまた、そんな人の営みをあざ笑うかのように再び雪に閉ざされる日が続く。
しかしそれは永遠に続くわけではなく、数日で一時の晴れ間が訪れる。
そしてまた雪に閉ざされる日々が来る。
その繰り返し。
次第に雪に閉ざされる日が短くなり、代わって晴れ間が長くなっていく。
気が付けばいつしか晴れる日の方が雪の日よりも多くなっており、日差しにも温もりが感じられるようになっていた。
「少しだけ、日が長くなってきたかな」
「ええ、そうですね」
執務を終えたアキラとミチアは肩を寄せあい『絹屋敷』の窓から外を見ていた。
「でも、まだ春は遠いか」
「氷点下の日がなくなるにはまだまだですね」
「そうだなあ」
去年も一昨年も同じような会話をした気がする、とアキラは思いながら、同じようなセリフを口にした。
「早く春が来るといいな」
「ええ、あなた」
雪国に住んでいると、ひとしお春が待たれるものである。
アキラはそれをひしひしと感じていた。
同時に、この降り積もる雪を何かに使えないものか、と。
そして1つのアイデアに思い当たる。
「そうだ、『雪室』だ。『氷室』なんてのもあったな」
「え?」
突然独り言を呟きだしたアキラに、ミチアが怪訝そうな目を向けた。
「あ、いや、ごめん。この雪を利用できないか考えていたら『雪室』に思い当たったんだ」
「雪室……ああ、穴蔵に雪を溜めておいて貯蔵庫にするんですね?」
「そう。雪解けの頃、どこか適当な場所に穴を掘って雪室にしてみようかと」
「でしたら北向きの斜面がいいですね」
「そうだな。野菜類はもちろんだが、夏に傷みやすい肉類や川魚を貯蔵できるといいな」
「いいかもしれませんね」
そうした雪の利用法を考えながら雪景色を見ていると、厄介者の雪も資源に見えてくるから不思議である。
「あとは、雪の上を快適に移動できるといいんだがなあ」
「ソリはありますけど……」
「それを引っ張るのが馬くらいしかいないからなあ」
この世界に犬橇はなかった。
「いずれ犬も飼ってみたいなあ。番犬にもなるし」
「ふふ、そうですね」
アキラとミチアは、春になったら何をしようかと話をしながら、穏やかな夕暮れを過ごしたのであった。
* * *
……が、その夜は穏やかどころではなかった。
ドカンという破裂音が何処かから聞こえたのである。
「な、なにごとだ!?」
「何でしょう!?」
驚くアキラとミチアのところへ、侍女のアネットが血相を変えてやってきた。手には雑巾を持っている。
「お、奥様、旦那様、落ち着いてください!」
雑巾を振り回しながら叫ぶように言うので説得力皆無である。
「……いや、お前も落ち着け」
「そうよ、落ち着きなさい」
慌てている人を見ると、かえって冷静になるというが、今のアキラとミチアはまさにその状態であった。
「あ、は、はい、失礼しました」
「……で、何があったんだ?」
「は、はい。……あの爆発は、ハルトヴィヒ様の実験でして、危険はない、ということでした」
「……本当かな? ……ちょっと見てくる」
ハルトヴィヒの性格からいって、無理に安心させようとしている可能性もあるので、アキラは様子を見に行くことにしたのである。
* * *
「……ハルト……大丈夫そうだな」
「やあ、アキラ」
研究室の中はいろいろと大変なことになっていたが、ハルトヴィヒ自身は無事でピンピンしていた。
そして呆れた顔のリーゼロッテもやってきていた。
「いったい何があったんだ?」
「ああ、ええと、ボイラーが爆発したんだ」
「ええ?」
ハルトヴィヒの説明によると、『ハルトコンロ』を熱源にして水蒸気を作り、『蒸気エンジン』を動かそうとしていたのだという。
「ハルト、そういうものには安全弁を付けないとな」
圧力鍋にもコンプレッサーにもそうした安全弁がある、とアキラは聞いたことがあった。
特に蒸気は扱いを間違うと恐ろしいことになる、と認識している。
「ああ、まさにそれだ。それを付けておけばよかったよ」
悪びれずにハルトヴィヒが言う。
「ハル、あなたって時々抜けてるわね! もっと気を付けなさいよ!」
「そうだぞ、ハルト。もうすぐ一児の親になるんだし」
アキラとリーゼロッテに叱られ、ハルトヴィヒはしゅんとなった。
「……エンジンを作りたかったんだよ……」
「それはわかる。俺としても是非作ってほしい。でも危ないことはやめてくれ。何より、ハルト自身に危険があるのは困る」
「……すまん」
「相談してくれよ。俺自身は工学的なことは駄目だが『携通』があるから」
「うん、すまない」
「リーゼロッテにもちゃんと謝れ」
「悪かった、リーゼ」
こうして、『ボイラー爆発騒動』は終了した。
* * *
「……で、どんな感じなんだ?」
爆発事故は2度と起きてほしくないが、蒸気機関もしくは蒸気エンジンは、アキラとしても是非ほしい物の1つである。
電動機すなわちモーターもいいのだが、今のところ移動用電源としては鉛蓄電池しかなく、容量や安全性の点で問題があった。
安全性が確保できるなら、蒸気エンジンはほしい、というのが本音である。
「うん……だいたいこんな感じで動くと考えているんだ」
ハルトヴィヒは絵を描きながら説明を始めたのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は3月12日(土)10:00の予定です。
20220305 修正
(誤)執務を終えたアキラとミチアは肩を寄せあい『絹屋敷』の窓から外を見でいた。
(正)執務を終えたアキラとミチアは肩を寄せあい『絹屋敷』の窓から外を見ていた。




