第二十一話 雪降りしきり、冬本番
毎日、雪が降り積もるド・ラマーク領。
窓の外から、屋根に積もった雪が落ちる音が聞こえた。
「……今年というか、この冬、雪が多いんじゃないかな?」
『絹屋敷』の窓から外を見たアキラが呟くように言った。
その視線の先には、屋根から落ちてきた雪の塊がある。
既に積雪量は1メートルほどになっていた。
「そうですね、多いと思います」
ミチアもアキラの見立てに賛成した。平年ならこの半分以下だろう、とも。
「雪で潰される家が出なければいいが」
「それは大丈夫だと思います、ここ『絹屋敷』同様、屋根の傾斜が強いですから」
「だといいが」
ド・ラマーク領の家々は、日本の白川郷の『合掌造り』の家のように、急傾斜の屋根を持っている。
そのため、屋根に積もった雪は自重で落下するのだ。
家の周囲にはそのためのスペースが空けてある。
また、そうした建築様式のため、必然的に屋根裏に大きなスペースができる。
今のところ物置や子供部屋に使っている家がほとんどだが、アキラとしては養蚕に活用できないかと思っていた。
「もう少し衛生観念が浸透したら、屋根裏部屋でお蚕さんを飼ってもらえるんだがな」
かつての日本では、そうした『屋根裏部屋』で蚕を飼っていた農家も多い。
同時に糸繰りも屋根裏で(あるいは2階で)行っていたようだ。
また、山梨県K市K集落では、屋根の中央から小さな屋根を『突き上げ』る、いわゆる『突き上げ屋根』を見ることができる。
蚕を飼うために屋根裏部屋の日当たりと風通しをよくするためであり、同時に作業しやすいように天井の高さを確保したわけだ。
同様の作りは群馬県にも見られるが、こちらは蚕室とする2階の屋根の端から端までを『やぐら』が載るように突き出させている。
もちろん、家とは別に大型の蚕室を建てるケースもあるが、どちらかというと『家内制手工業』だった養蚕は、各家での飼育が圧倒的に多かったようである。
しかし、アキラとしては産業化の一環として、大型蚕室も同時に運営していきたいと思っていた。
その方が温度、湿度、衛生などの管理が楽だからである。
その一方で、先日のような『伝染病』がはやると全滅の危機にさらされるというデメリットもあるので、程よく各家庭と大型蚕室を両立させたいと思っている。
「まだまだ頑張らなきゃな」
領主としてのアキラがそう呟くと、
「でも、無理はだめですよ」
とミチアが釘を刺す。
「それはミチアの方だ。もう大分大きくなってきたんだから」
「ふふ、ありがとうございます」
既にアキラは、ミチアがやっていた家事の9割を禁止していた。
1割残っているのは、全く動かないのもいけないと助産婦経験のある侍女マリエから言われたからだ。
それで、体に負担の少ない家事……屈まずにできるような窓拭きや、力を込めなくていい洗濯物の取り込みなどをしてもらっている。
それ以外の時間は執務室でアキラの相談役として過ごしていた。
「でもまあ、冬になったから必然的に無理はできないけどな」
「そうですね」
「寒い時、暑い時、無理をして身体を壊したら元も子もないからな」
寒暑は人を休ませる、と何かの小説で読んだ気がするアキラであった。
* * *
雪は降り続いている。やや湿った雪で、木の枝に積もって重そうに見える。
そんな景色を見て、心配そうにミチアが言った。
「それはそうと、『電信』の架線は大丈夫でしょうか」
「雪や氷がくっつくと心配な部分はあるんだよなあ……」
空中架線の宿命である。
もしも切れてしまった場合、この雪の中、修理はまず不可能。春の雪解けを待つ必要があった。
「太さ3ミリの銅線だから、そうそう切れないとは思うけどな」
とアキラが呟いたとき、折よくドアを開けてハルトヴィヒが入ってきた。
「無線ならその心配もないんだけどね。なかなか難しいよ」
ハルトヴィヒも、無線通信を日夜研究しているのだが、実用化にはまだ至っていないのが現状である。
「やあ、ハルト、どうしたんだ?」
「ちょうど休憩時間だから、リーゼに言われてこれを持ってきた」
と言いながらハルトヴィヒが差し出したのは保温ポット。
中には温かい蜂蜜レモンが入っていた。
これはありがたいと、アキラは戸棚からティーカップを人数分、すなわち3客取り出した。
「これ、好きなんです」
つわりの最中でも口にできたほど、ミチアは蜂蜜が好きだった。
それでリーゼロッテは、蜂蜜にスライスしたレモンを漬け込んで『蜂蜜レモン』を作ってくれたようだ。
「もちろん、リーゼも大好きなんだよな、これ」
そう言ってハルトヴィヒは笑った。
蜂蜜レモンを作るには、洗ったレモンをスライスして種を取り除いた後、殺菌した容器に入れて蜂蜜に浸すだけ。冷蔵庫で1昼夜置けば完成だ。
レモンは食べてもいいし紅茶に入れてもいい。
レモンの香りと果汁を吸い込んだ蜂蜜は水やお湯、炭酸水などで割って飲む。
ちなみに、蜂蜜の中にはボツリヌス菌の芽胞(細菌の耐久細胞)が含まれることがあるので乳児に与えてはいけないが、妊婦には問題ない。
温かく、香りのよい蜂蜜レモンを飲みながら、アキラはハルトヴィヒに礼を言った。
「ありがとな。ハルトが『ハルトコンロ』を開発してくれたから、寒い時に温かいものが好きなだけ飲めるよ」
「……その名前、やっぱりやめないか?」
「残念だが、前侯爵閣下を通じ、王家にも報告が行っているだろうから、もう無理だ」
「まじか……」
がっくりと肩を落とすハルトヴィヒ。
「まあ、発明者として名前が後世まで残るなんて名誉じゃないか」
「……それ、フォローしているつもりか?」
少し恨みがましい目を向けるハルトヴィヒ。
「……まあ、アキラだって『シルクマスター』の称号を持っているしなあ」
「うっ」
「そのうち、もっと上の称号を貰うかもしれないし」
「……勘弁してほしい」
「ほら、アキラだってそう思うだろうが」
そんなアキラとハルトヴィヒを見て、ミチアは笑っている。
外は雪でも『絹屋敷』の中は暖かだった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2月26日(土)10:00の予定です。
お知らせ:2月19日(土)から20日(日)にかけて早朝より不在になります。
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20220220 修正
(誤)「残念だが、前侯爵閣下を通じ、王家にも王国が行っているだろうから、もう無理だ」
(正)「残念だが、前侯爵閣下を通じ、王家にも報告が行っているだろうから、もう無理だ」




