第十九話 風花がひとひら
ハルトヴィヒの『コンロ』=『ハルトコンロ』が実用化された。
その名称はなんとかならないのかと抗議したハルトヴィヒであったが、領主、領主夫人、そして当のハルトヴィヒの奥方であるリーゼロッテが賛成したため、多数決でこうなったのである。
実用化の鍵は2つ。
1つは『魔力供給魔法陣』の発明。
これは大気中に(空間に?)存在する魔力を集める魔法陣で、起動すれば自動的に魔力を集め続ける。
止めるには魔法陣を『壊す』しかないのだが、ハルトヴィヒは魔法陣を石英板ならぬ石英ガラスに刻み、一部をパズルのように嵌め込むことで起動できるようにしたのだ。
もちろん停止させる時はそのピースを外せばよい。
これにより、『魔法を使えない』者でも簡単にコンロを使うことができるようになったわけである。
もう1つは『レンタル』。
極限までコストダウンをしても、今現在の『ハルトコンロ』の価格は1台1500フロンより下げることはできそうもなかった。
日本円換算でおよそ15万円。
まだ、ド・ラマーク領内では高価である。
そこで『レンタル』だ。
1ヵ月20フロン(日本円換算約2000円)で貸し出すという制度をアキラは作ったのである。
これにより、領内の家庭の約5割に『ハルトコンロ』が行き渡ったのだった。
残る5割は、隣から借りることにした家や、思い切って購入した家、それに元々薪を潤沢に使える環境にあった(森が近く、枯れ枝の入手が容易)などである。
もちろん、そのどれにも属さない、『買うこともできない、借りることもできない』家庭もあるにはある(経済的に)。
そういうところには『翌年の税を上げる』条件で貸し出した。
とはいってもそれは建前で、税を徴収する時になったら何か理屈を付けて他者と同じにするつもりのアキラであった。
これをしないと、代償もなしに便宜を図ってもらえる、と思われたら互いに不幸なので仕方のない方策ではある。
なんにせよ、これでド・ラマーク領の冬は、これまでよりも楽に過ごせるようになるはずであった。
* * *
「よくやってくれたよ」
『ハルトコンロ』の量産化の目処が立った晩、『絹屋敷』でささやかな宴が催された。
もちろんハルトヴィヒへの慰労会である。
「いやあ、今回は我ながら頑張った」
「石英ガラス、というところが大事よね」
「石英よりも効率は少し落ちるけど、コンロ用なら問題ないしな」
「コスト的には10分の1以下で作れるからね」
主役はハルトヴィヒ。その隣には彼の愛妻で魔法薬師のリーゼロッテが。
リーゼロッテもミチアとほぼ時を同じくして子供を授かったので、ノンアルコールのドリンクである。
「でもアキラの、レンタルにして普及させる、というのはさすがだよ」
「いや、そういうシステムが向こうにあったからな」
「それでもそれを応用してしまうところがさ。だんだん領主としても頼もしくなってきたよな」
「からかうなよ」
「いや、本気さ。な、リーゼ?」
「ええ。ミチアも旦那様が立派になって嬉しいでしょ」
「え? ええ、まあ……」
和やかな夜は更けていく。
外は氷点下に冷え込むようになってきたが、室内は『エアコン』で摂氏20度ほどに保たれている。お腹に赤ん坊のいるミチアとリーゼロッテへの配慮だ。
夜空は満天の星であった。
* * *
翌朝は、一面に真っ白な霜が降りた。
「寒いと思ったら霜か……」
「雪が降ったかと思いました」
窓から庭を見ながら、アキラとミチアが言葉を交わす。
そして、
「うわあ、寒そうだな」
「『ハルトコンロ』が完成してよかったわね。いつでも簡単に温かいものが食べられるわ」
ハルトヴィヒ・リーゼロッテ夫妻も、仲睦まじく語らっていた。
* * *
「おお、これはいいのう」
「あったかいお湯が飲める!」
「領主様には感謝ね」
「薪も節約できるからな」
ド・ラマーク領の各家庭でもまた、『ハルトコンロ』を大歓迎していた。
「この『ハルトコンロ』があれば、薪もほとんど使わなくて済むな」
「ああ。その代わり、領主様は『炭』を作れと仰ったな」
ここで、アキラが打った更なる一手。
薪の消費量が減ったことで、里山が荒れることを防ぎ、ド・ラマーク領の新たな特産品にできるかもしれない『木炭作り』の産業化だ。
ごくごく簡単に言うと、木を蒸し焼きにすることで植物体を作るセルロースやリグニンは酸素と水素を奪われ、炭素が残る。これが木炭である。
木を燃やした後に残るいわゆる『消し炭』は昔から焚き付けに使われていたが、火力が弱く、すぐに燃え尽きてしまった。
そこで、『炭焼き窯』を使っての本格的な木炭作りをアキラが『携通』のデータを参照して導入したのだ。
「最初は小規模でいいということだったな」
「ああ。領主様が言うには、いずれはこの村の特産品にしたいということだった」
木炭は、その元になる『樹木』がなければ作ることはできない。
そしてこのド・ラマーク領は、豊富な木材資源に恵まれていたのである。
「木を伐ったら植林もしろと言われたっけ」
「ああ。ドングリのなる木を主に使う、でよかったんだよな」
ドングリのなる木は、日本でいうならコナラ、ミズナラ、クヌギなどであり、この世界にも近縁種が存在した。
それらを伐って木炭を作ることで里山が荒れるのを防ぐ意味もある。
これは、林業が衰退した結果里山が荒れ、鹿の食害、猪の食害、そして熊の住宅街への出没といった弊害が起こっている現代日本と同じ轍を踏まないためのアキラの政策であった。
* * *
「すぐには量産は無理でも、数年あれば産業化できるだろう」
朝食を食べながらアキラは言った。
「それに木炭があれば、鉄の加工にも使えるはずなんだ」
「そうなんですね。……あ、『たたら』でしたっけ?」
「そうさ。ここの川には砂鉄があることはわかっているから、『たたら製鉄』もできるかもしれないしな」
「またハルトヴィヒさんとリーゼロッテさんの出番ですね」
「ああ。2人がいてくれて大助かりだ。俺1人じゃどうしようもなかったろうしな」
『異邦人』としての知識があっても、それを現実に展開できなければ宝の持ち腐れである。
自分はいい仲間に恵まれた、とアキラは思った。
そしてよき上司、そして愛妻にも。
そんなアキラが窓の外に目をやると、空から落ちてくる白い物が見えた。
「風花か」
「もうすぐ根雪になりますね」
凍てつく冬はもうすぐそこまで来ている。
「でも、ド・ラマーク領は負けないぞ」
空を見上げてそう呟くアキラであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2月12日(土)10:00の予定です。
20220207 修正
(誤)今現在の『ハルトコンロ』の価格は1台1万5000フロンより下げることはできそうもなかった。
(正)今現在の『ハルトコンロ』の価格は1台1500フロンより下げることはできそうもなかった。
(誤)1ヵ月200フロン(日本円換算約2000円)で貸し出すという制度をアキラは作ったのである。
(正)1ヵ月20フロン(日本円換算約2000円)で貸し出すという制度をアキラは作ったのである。




