第十八話 熱源
北の地に定住したハルトヴィヒが最も力を入れて研究しているのは『熱源』である。
煮炊き、暖房に欠かせない熱源。
それがほぼ完成したのである。
「試作もうまくいったし、あとは応用、実用化だな」
試作品は『発熱基板』が平面状であったが、次の構想はもうできている。『円筒形』だ。
つまり、発熱基板を円筒状に凹ませ、円筒の側面に魔法陣を刻むのだ。
こうすることで、凹みの内部を均等に温めることができる。
できることなら金属製の鍋に発熱魔法陣を刻みたかったのだが、どういうわけか金属に刻むとひどく効率が落ちるので、今は石英を使い発熱基板を構成している。
* * *
「これはいいな」
『魔法コンロ』の試作品を使いながら、アキラは満足げに頷いた。
「薪も石炭も使わない。つまり大気汚染を生じさせないということだ」
アキラの脳裏には、産業革命を境にして生じた大気汚染をはじめとする公害のことがあった。
また、二酸化炭素による『温暖化』も。
「この熱源を発展させれば、蒸気機関や蒸気タービンも作れそうだな」
内燃機関はまた別であるが、近い将来に『原動機』ができるかもしれない、とアキラは想像するのだった。
が、今は純粋に『小型熱源』としての普及を目指す必要がある。
ハルトヴィヒは、その点をどうすべきか悩んでいた。
「コストか……」
1台2200フロン、日本円換算で22万円というその価格が普及へのネックになるのではないか、ということだ。
2200フロンは、ド・ラマーク領における平均年収の4分の1近い。
だがここで、アキラやミチアと話し合った成果が。
「……待てよ? 『減価償却』っていう考え方があるんだったな」
『減価償却』。
それは、『携通』から取り出した資料に『固定資産の購入費用を使用可能期間にわたって、分割して費用計上する会計処理』と書かれていた。
それをこのケースに当てはめたハルトヴィヒは、『寿命で壊れるまでの時間で価格を割って、単位時間あたりの値段にしたらどうなるか?』という意味で考えていた。
そしてそれを他の熱源と比較するわけである。
10年使えれば年間220フロン、日本円換算で2万2000円。
これを薪の場合と比べたらどうなるか。
「……難しいけどな」
ここド・ラマーク領では薪を買うのではなく、自分たちで切り出してくることがほとんどだからだ。
そこでハルトヴィヒは、目安としてざっと計算してみることにした。
「1日に使う薪がおおおそ3キロとして、年間で1000キロ、1トン。木材の1トンの値段は……」
手元のメモを見ると、『1立方メートルあたり200から300フロン』と書かれていた。木材は体積あたりで取引されるのである。
「薪になる木の比重が0.3から0.4として1立方メートルで300キロから400キロ。つまり木材1トンは3立方メートルとして600フロンから900フロンくらいとみていいかな」
これは概算であり、詳しく使用量を把握しての上ではない。
夏と冬では使用量も違うし、家族構成によっても、また家の大きさによっても変わってくる。
当然、その年の気候によっても違ってくるだろう。
ゆえに、繰り返すがこの値はあくまでも目安である。
「……5年間使えるなら元が取れるということか」
この結論を導き出すための試算であった。
「材質をきちんと吟味すれば5年は余裕で保たせられるだろう」
最も劣化し、壊れやすいのは、熱源となる『発熱基板』である。
今は石英の板を使っているためコストが高くなっている。
「これを石英ガラスにしたらどうなるか、だな」
石英ガラスは、石英を摂氏2000度以上で溶融し、ガラス化する方法で作られる。
不純物が多いのが欠点だが、そこは魔法技術により不純物を分離することができる。
その時点でコストが跳ね上がるが、天然の巨大石英を使わずに済むため、コスト的にはトントンとなる。
そして何より、石英ガラスは自由に整形できるのだ。
そこに魔法陣や魔法式を刻むことで、天然の石英を使った場合とほとんど変わらない結果を得ることができた。
「これはいいな……!」
石英ガラスの耐久性、耐候性、保存性は非常に高い。
現代日本でも、パルスレーザーを石英ガラス内に照射することで、情報を記録する技術が確立されており、数億年の保存が可能とも言われているのだ。
魔法陣を刻んだ場合でもその耐久性は変わらない。
「発熱基板そのものを鍋として使うこともできるな」
だが、そこはやはりガラスなので、割れやすいという欠点が残っている。
「使い方だな……」
ハルトヴィヒは色々と考えた上で、2つの新たな試作を作り上げた。
1つは石英ガラス製の鍋で、外側に発熱の魔法陣と魔法式が刻まれており、専用のコンロを使って魔力を注ぐと鍋自体が発熱するもの。
もう1つは『ホーロー』。鉄製の鍋に石英ガラスを薄くコーティングしたもの。総ガラスのものよりは割れにくいが、製作コストがより高くなってしまう。
「アキラに見てもらって、実際に使ってもらうか」
そういう判断をしたハルトヴィヒであった。
* * *
「うーん、俺としては総ガラス製のほうがいいかな」
「理由は?」
「ホーローの方は少し重いのと、耐久性が気になるから、だな」
ホーローは内部が鉄なのでやはり重くなってしまう。
また、表面がガラス質なので、硬いものをぶつければ、鍋そのものは無事でも、コーティングは割れてしまう。
そうなると、そこから腐食が始まるので、思ったほどには寿命は長くないだろう、というのがアキラの意見だった。
「なるほどね」
「普通のホーロー容器を昔使っていたんだけど、縁のコーティングが割れて剥がれて、そこから錆びてきていたなあ」
アキラは、その昔下宿で使っていたホーロー鍋を思い出した。
お湯を沸かしたり、ラーメンを煮たり、レトルトカレーを温めたりといろいろ使った鍋である。
どうしても縁の部分はいろいろなものがぶつかるので傷みやすいのだった。
「総ガラス製だと、気をつけると思うんだよな」
「ああ、なるほど」
ガラスは割れるという意識があるので、かえって取り扱いが丁寧になるのではないか、とアキラは言った。
「よし。それじゃあ、石英ガラス製の鍋に発熱の魔法陣と魔法式を刻んだものを幾つか作ってみよう」
「あ、その場合、『コンロ』は共通で使えるのか?」
この場合の『コンロ』は、魔力を供給する装置を指す。
「大丈夫だ。そういう風に作るから」
ハルトヴィヒの答えに、アキラは頷いた。
そして、さらなる希望を口にする。
「あとは、魔力供給を簡単にしてもらえるといいな」
「なるほどな。わかった。そっちも考えてみるよ」
ハルトヴィヒは大きく頷いたのだった。
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次回更新は2月5日(土)10:00の予定です。
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20220130 修正
(誤)ここド・ラマーク領では薪を買うのではなく、自分たちで斬りだしてくることがほとんどだからだ。
(正)ここド・ラマーク領では薪を買うのではなく、自分たちで切り出してくることがほとんどだからだ。




