第十七話 巡る季節、収穫の時
ド・ラマーク領に秋が訪れた。
試験用の米を植えた田んぼは黄金色に色づき、収穫時である。
春蒔きの小麦は既に刈り取られている。
そして『甜菜』。
この春に大々的に種蒔きをしたので、この秋は相当量の収穫が見込める。
そしてもちろん『繭』。
ド・ラマーク領では順調に蚕の育成ができたので、アキラの試算ではおよそ20人分のドレスを仕立てられるくらいの絹を得ることができそうだ。
さらに『畳』。
真夏に刈り取られた『い草』を少し乾燥させたあと、畳表やゴザに織ってあるので、稲わらができたら畳床が作れる。
そうなったらついに『畳』が手に入るのだ。
そして、山の幸……『木の実』や『キノコ』なども手に入る季節。集めるのは主に女子供の役目。
クマやオオカミの危険が少ない山に入って集めるのだ。
もちろん、弓矢を持った猟師も同行し、安全を確保する(大抵はシカを1〜2頭仕留めて帰ってくることになる)。
木の実は栗、クルミ、ドングリ(アク抜きすれば食べられるし、飼っている豚の飼料にもなる)、マロニエ(トチノキの実)などなど。
キノコは『ポルチーニ(ヤマドリタケ)』『ジロール(アンズタケ)』などが収穫された。
* * *
「今年は豊作ですね、アキラ様」
「うん、これで借金も少し返せるだろうし、領内の発展にも使える予算が組めるな」
領主補佐のモンタンと帳簿の数字を眺めながら、アキラはほっとしていた。
領内の食糧事情がよく、冬期に行う作業も十分。
これなら、今後1年間は多少暮らしに余裕ができるだろうというわけだ。
「ミチアにもリーゼにも子供が生まれるだろうしなあ」
領内が豊かになるのはいいことだ、とアキラは微笑んだ。
ちょうどそこにミチアがお茶を持って入ってきた。
「あなた、何かいいことがあったんですか?」
「ああ、ミチア。……あったさ。我々の子供ができた、っていうね」
「……!」
ミチアは顔を赤らめた。
「それより、じっとしていなくて大丈夫なのか?」
ミチアも微笑んで答える。
「ええ。つわりも落ち着いてきましたし、少しは動かないといけないとマリエさんに言われていますしね」
妊娠5ヵ月くらいということで、安定期に入ったということらしい。
妊娠中の運動は、体調管理・ストレス解消・便秘予防・体力づくりなどの効果があるので、無理のない範囲で行うのがいい、とマリエは言っているという。
妊娠初期は流産の危険性があるため、安静にしている時間が長かったが、ミチアとしてはじっとしているのが苦痛で、ストレスが溜まったのだという。
「このくらい動くのなら問題ないそうですし」
屈んだり腹ばいになったりせず、重いものを持たないなら、家事はしても構わないと言われたという。
現代日本でも軽いウォーキングは推奨されているらしい、と『携通』の情報を見たミチアが言った。
「無理はしないでくれよ」
「ええ、あなた」
ミチアはアキラの机の向かい側に椅子を運んで腰を下ろし、一緒にお茶を飲み始めた。モンタンは夫婦の邪魔をしないよう、そっと部屋を出ていった。
飲んでいるのは桑の葉茶である。ノンカフェインのため妊婦でも安心して飲むことができるのだ。
ただ、飲み過ぎには注意なのは、大抵の飲み物と同じである。
* * *
「うーん、これなら使えるかな?」
一方、ハルトヴィヒは『熱源』の研究を行っている。
冬期の暖房に限らず、調理や入浴用のお湯作り、さらには甜菜糖作りにまで使えるからだ。
そして今、その試作1号機が完成したところである。
「おお、ついにできたか!」
呼ばれてやって来たアキラも嬉しそうである。
原理的には、これまで作ってきた魔法道具と同じ。
『洗眼水』を作り出す魔法道具は、
『桶状の容器の底に魔法陣と魔法式を刻み、水を注ぐことで、その水全体に魔法の効果が浸透していき、水そのものも魔法効果を持つようになる』
というものだった。
また『エアコン』の魔法道具でも『発熱』を利用して温度調整をしている。
今回ハルトヴィヒが作った試作は、『IHコンロ』のようなもの。
平面上の基板に魔法陣と魔法式を組み、専用の鍋を上に載せて加熱するというもの。
『専用』というのは、この『魔法コンロ』に使う鍋は底が平らでないといけないからだ。
一般的な鍋の底は半球状とまではいかないものの、丸底となっているので『発熱基板』との接触面積が少ないので効率が悪いのだった。
以前からアイデアはあったのだが、どうしてもコストがかさんでしまい、一般に普及させるには無理があるために手掛けなかったという事情があったりする。
だが今回は、『甜菜糖』という、付加価値の高いものを作るために製作したのだ。
そして、こうして製作をしていくことで技術的にも進歩し、コストダウンや性能アップができれば、いずれはランニングコストの低いものができるだろうということでアキラがハルトヴィヒに製作を依頼したのであった。
「だが、製作コスト2200フロンか……」
アキラがぼやいた。
日本円換算で22万円である。
一般家庭に普及させるにはかなり高価である(ド・ラマーク領の住民の平均年収は1万フロンくらいである)。
「だが、こいつはランニングコスト(運用費用)が低い!」
イニシャルコスト(初期費用)は高いが、ランニングコスト(運用費用)は安く抑えられる工夫をしてあった。
それが平面上の発熱板と平底鍋の組み合わせである。『携通』で『IHコンロ』を見たゆえの発想であった。要するに熱効率がいいのである。
ハルトヴィヒが魔力を与えて起動すれば、ほぼ一冬の間使用可能という、驚異的な性能を誇るという。
「少なくとも領主から職人に貸し出す、という用途には使えそうだな」
「それから、これを応用すれば湯沸かし器も作れるぞ」
「おお、そうだな。ハルトヴィヒ、ありがとう!」
「なんの」
「来春の王都行にはこれも持っていこう。絶対褒美がもらえるぞ」
それ以上に開発者としての名誉も、とアキラは言い、ハルトヴィヒもまんざらではなさそうな顔をしたのであった。
「今年の税収もそこそこよさそうだ。だから、試作2号機、そして量産機も作ってくれ」
「よっしゃ。それじゃあ風呂用の湯沸かし器も考えてみるよ」
「是非頼む」
これから冬を迎えるにあたり、暖房関連は是非ともほしい。
特に妊婦のいる『絹屋敷』には。
なので新たに『エアコン』を取り付けることに決めたアキラであった。
「ようやく、成果が出てきたよ」
「アキラも苦労したものな」
「苦労した甲斐があったというものさ」
やがて来る冬を前に、豊かな実りの秋を迎えたド・ラマーク領であった。
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次回更新は1月29日(土)10:00の予定です。




