第十三話 電気を作る(三)
強力な磁石を作ろうと、アキラたちは考え込んでいる。
ふと、アキラはとあることが気になり始めたので、ハルトヴィヒに尋ねてみる。
「なあハルト、この世界って、海はあるのかい? あ、いや、海はあるんだっけな」
フィルマン前侯爵が砂浜で砂鉄を採取したい、と言った時に海岸、という単語を聞いていたことを思い出したのだ。
「……その、なんだ。海を渡るような船はあるのかい?」
「船はある。……だけど、海を渡る、なんてことはできない。海の上では自分がどこにいるのかわからなくなるからね。……唯一の例外は海洋国家『イスパニス』の船くらいだな」
「イスパニス?」
アキラが初めて聞く国の名前だった。
「イスパニスというのは大陸の端の方に位置する国家なんだが、その分海に面する土地が多くてね。船に関しては世界一進んでいるのさ」
「で、そこの船だけは、海の沖まで行って何日も過ごし、またちゃんと帰ってこられるのよ」
ハルトヴィヒの説明をリーゼロッテが引き継いだ。
「……ふうん」
その説明からアキラは、この世界にはまだ『方位磁石』もないであろうことを知った。あるいはその『イスパニス』という国だけは持っているのかもしれない、とも。
とにかくそういった意味で磁石を手に入れるには、自分で作らねばならないことを再認識したアキラであった。
「それでハルト」
アキラは頭の中を再度切り替え、ハルトヴィヒに質問をする。
「雷みたいな魔法ってあるのかい?」
これにはハルトヴィヒが少し渋い顔で頷いた。
「あるといえばある。だけど、使える人はものすごく少ない。僕もリーゼも使えない」
「そうなのか……」
それを聞いてアキラはがっかりした。
だが、ミチアの口から、思いも掛けない言葉が発せられた。
「あ、大旦那様はお使いになれるはずですよ?」
「え、そうなのか?」
「へえ、それは凄いなあ。さすが侯爵家、といったところかな?」
この朗報に、アキラは小躍りした。フィルマン前侯爵に直接頼み事をするのは少し気が引けるが、そもそも彼からの依頼をこなすために必要なことなのだ。
この時点で、アキラの脳裏には、雷魔法で磁石を作る計画が形をなし始めていた。
「ハルト、雷の魔法っていうのは、対象に雷を落とす、ということでいいのかい?」
「そうさ。達人になると、数十人に対して雷を落とすことができるという」
「それは凄いな……」
対集団戦に特化したような魔法だ、とアキラは感心したが、今はそれどころではない。
「よし。『着磁器』を作ろう」
「ちゃくじき?」
「アキラ君、ちゃくじきってなあに?」
「ええとな……」
着磁器とは、鉄片に磁力を与える器具である。
簡単なものは強力な永久磁石を擦りつける方式、より強力な磁気を付与するものは電気を使う。
アキラが作ろうとしているのはもちろん後者である。
「必要なものは太い銅線と、焼きの入った鋼鉄だな」
アキラの計画はこうだ。
まず、強い電流を流せるような太い導線でコイルを作る。
コイルの端は地面に埋め、アースとする。もう一方の端は空へ向けておく。
コイルの中に磁化したい鉄棒を入れ、空へ向けたコイルの端に雷魔法を放つ。
これにより、コイルには一瞬ではあるが大電流が流れ、中の鉄が磁化するというわけである。
「……という……こと何だ……が……?」
説明をしていたアキラは、ハルトヴィヒとリーゼロッテが目をまん丸に見開いていることに気が付いた。
「えーと、どうした? 2人とも」
するとまず、ハルトヴィヒが口を開いた。
「ア……アキラ、それって、雷を引きつけることができるということだよな?」
「ああ、そうだよ。雷は電気だから、こうやって地面に逃がすことができる……んだ……?」
「アキラ、それは、大変なことだぞ!?」
「え、な、何だって? 何がどうしてそうなる!?」
ハルトヴィヒに両肩を掴まれたアキラは、何が何だかわからず面食らうばかり。
ハルトヴィヒは呆れたような顔になると、アキラの肩を掴んでいた手を離した。
「……ふう、アキラ、いいかい? ……雷魔法は強力無比の魔法で、対集団戦には絶大な威力を誇る、と言ったろう?」
「ああ」
「それを、そんな方法で破れると知れ渡ってみろ」
「あっ」
戦場における雷魔法の価値ががくんと下がることになるのだ。それは雷魔法を使えるということで軍の高い地位にいる者を脅かすことになる。
下手をすると、アキラがいろいろな方面から狙われることになりかねないのだ。
「いいか、この場にいる者以外にその話をするなよ?」
「わ、わかった」
とはいえ、フィルマン前侯爵にだけは話をしたい、とアキラは付け加えたが。
「……まあ、いいだろう。雇い主であり出資者だからな。それに雷魔法の使い手なら、防ぎ方について興味がおありだろうし」
と、小さくため息をついてハルトヴィヒは言ったのであった。
* * *
翌日、銅線と鉄の準備を整え終わったアキラは、1人フィルマン前侯爵に話をしていた。
「……ううむ、雷の防ぎ方にそんな方法があろうとは。……確かに、地面に突き立った剣や槍に雷魔法が吸い寄せられることはあったが」
使い手である前侯爵は、若い頃戦場でそう言った場面に何度か出くわしたらしい。
「よく教えてくれた。そうした対策を取られそうになったら、別の魔法で攻撃するか、あるいは対策されていない場所を狙うかすればいいわけだな」
「そういうことになりますね」
対策がわかれば、その裏をかくこともできる。
「だが、ハルトヴィヒが言うように、その方法を触れ回ってはいかんぞ」
フィルマン前侯爵はアキラに注意するよう念を押したのだった。
「それで、儂に何をしろと?」
「はい、先日の『磁石』を作るために、雷が必要なのです。……」
アキラは説明を行った。
前侯爵は黙って聞いていたが、アキラの説明が終わると、愉快そうに笑い出した。
「ふ、ははは! 雷にそんな使い方があるとはな! やはり『異邦人』とは面白い知恵を持っている!」
攻撃用の魔法を、もの作りに使おうという発想を、前侯爵は斬新に感じたのだった。そして、
「いつでも使えると言えば言えるのだがな。より強力な雷魔法を放とうとするなら、雨が降りそうな空模様の日がいいぞ」
と、雷魔法に関する秘中の秘といえることを教えてくれたのである。
「……でしたら、今日の夕方はどうでしょうか」
外は曇り。明日は雨になりそう、と、今朝ミチアが空を見上げて言っていたのだった。
「うむ、わかった。では、午後のお茶が終わったら、としよう。場所は中庭か?」
「はい」
機密を守るため、屋敷の者以外は目にすることのないように、という配慮であった。
そしてその時が来た。
冬が近いというのに生暖かく、空は今にも泣き出しそうにどんよりとし、吹く風も湿り気を帯びていた。
「待たせたな」
「いえ、ご足労痛み入ります」
準備万端整っているその場所に、フィルマン前侯爵がやってきた。
「それに雷を落とせばいいのか?」
「はい」
中庭には、アキラとハルトヴィヒとで組み上げた『着磁器』が3つ、準備されていた。
「よし、では落とすとするか。……*@;+=$#&ー……」
前侯爵は口中でなにやら詠唱を行い……。
「《トネール》!!」
一瞬、あたりが青白く輝き、耳を聾するような轟音と共に、雷魔法が狙い違わず『着磁器』に落ちたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
4月15日(日)も更新します。
20190105 修正
(誤)まず、高い電流を流せるような太い導線でコイルを作る。
(正)まず、強い電流を流せるような太い導線でコイルを作る。




