第十五話 2箇月
「ミチアとリーゼがどうしたって!?」
血相を変えて飛び込んできたハルトヴィヒの肩を掴み、がくがくと揺さぶって先を促すアキラ。
「お、お、お、落ち着け」
ハルトヴィヒが悲鳴を上げる。
「そんなことを言ったって、飛び込んできたのはハルトだろう!」
「そ、そうだが、悪い話じゃないから、お、落ち着けってば!!」
そんなやり取りの後、ようやくアキラはハルトヴィヒの肩から手を放した。
「はあ、はあ……」
「落ち着いたか?」
「落ち着かないが、話を聞く気にはなった」
「よし。……いいか………………えーとだな………………」
「早く話せっ!」
「すまん。ちょっとした意趣返しだ。……でな、どうやら2人ともおめでたらしいぞ」
「は?」
「だから、お・め・で・た」
「……」
「アキラ?」
「つまり、子供ができたってことか?」
「そうだよ」
「そうか!」
アキラは疾風のように執務室を飛び出していった。
残ったのはハルトヴィヒと領主補佐のモンタン。
「ハルトヴィヒ様、おめでとうございます」
「ありがとう。アキラ、飛び出していったなあ」
「初めてのお子様ですから、嬉しいのでしょう」
「それは僕もだけどね。……彼は『異邦人』だからなあ」
そしてハルトヴィヒもアキラの後を追ったのである。
* * *
「ミチア!」
「あ、あなた」
「おめでた、って聞いたぞ!」
「ええ。リーゼさんに診断してもらったら、2人とも」
「そうか……!」
アキラはそっとミチアを抱きしめた。
「……アキラさん?」
「ありがとう」
「……はい」
アキラは嬉しかった。
生まれた世界を遠く離れたこの世界で『異邦人』として生きてきたが、子供を授かったことでようやく世界に認められたと感じたのである。
先の『ありがとう』は、ミチアへの言葉であるとともに、世界への言葉でもあった。
そして、心の隅の見えないところに燻っていた、『帰郷』への渇望が、綺麗さっぱり消え失せていることにも気が付き、名実ともにこの世界の住人になったことを実感したのである。
「無理はするなよ。身体を大事にな」
「はい」
「リーゼは?」
「ご自分の部屋にいますよ」
「そうか。……リーゼにもお祝いを言わないとな」
「一緒に行きましょう」
「うん」
そしてアキラとミチアは連れ立ってリーゼロッテのいる研究棟へ向かった。
そこには戻ってきたハルトヴィヒもいて、アキラとミチアは改めて2人におめでとうを言ったのである。
「ありがとう、アキラさん、ミチア」
「リーゼ、よく気が付いてくれたな」
「そこは魔法薬師だからね」
「で、いつ生まれるんだ!?」
「慌てないで。まだ2箇月、といったところだからあと8箇月くらい先よ」
「てことは、来年の春先くらい、ってことか」
「そうなるわね」
ほぅっと息を吐き出すアキラ。
「そう、だよな……いろいろ準備しなきゃ、って少し焦っていたよ」
「ふふ、愛されてるわね、ミチア」
「え、ええ」
ここでハルトヴィヒが現実的な話を始める。
「でもそうなると、経験者の助言がほしいな」
「経験者か……年配の侍女とかかな?」
「そうだな。助産婦の経験もある人がいいな」
「うーん……そうだ!」
そうしたことこそ『電信』で報告、相談すればいい、とアキラは言った。
「お、それはそうだな」
2人に子供ができたことは、その日のうちに『電信』で『蔦屋敷』にも伝えられ、折返し祝電が届いたのであった。
* * *
「秋頃にそうした人を派遣してくださるそうだ」
「助かるな」
「助かりますね」
「どんな人なの?」
「それは電報だけじゃわからないな……」
「それもそうね」
まだ長文のやり取りは難しいのである。
それを改善するため、ハルトヴィヒは日夜研究を続けているのであった。
「なあアキラ、『増幅』をうまく行うにはどうすればいいかな?」
「うん、それはずっと考えている。真空管や半導体は無理だからなあ……」
原始的なスピーカーやマイクロフォンなら、電磁石の応用で作ることができていたが、それを使って長距離の通話を行うためにはまだ足りない。
「魔法技術との組み合わせでなんとかならないのか?」
「それは僕も考えてはいるんだがね」
電気はすなわち雷魔法である、と考えると、雷魔法を増幅するような魔法があればいいのだが、とハルトヴィヒは言った。
電信が電話になるには、まだしばらく時間が掛かりそうである……。
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新年最初の更新にふさわしくおめでた回でした。
次回更新は1月15日(土)10:00の予定です。




