第十四話 夏を迎えて
夏を迎えたド・ラマーク領は忙しかった。
まずはイグサの収穫である。
梅雨明け頃に収穫するのが普通なのだ。
ところで、畳にするイグサは、その年に植えた苗ではない。
前の年に苗床から植え替えるのである。
つまり、今年から栽培を始めたイグサでは畳は作れない、もしくは作りづらいのだ。
それはアキラも『携通』で確認しており、承知していた。
なので、
「椅子用や、板の間用の小型畳が作れればいいさ」
と思っている。
また、畳作りのノウハウもまだないため、こうした小物作りで慣れていけばいい、とも考えていた。
畳の芯……『畳床』は、古くは稲わらで作った。
現代日本ではポリエステル繊維やポリスチレンフォームを使ったものもあるが、吸湿性や通気性を考えると、やはり稲わらが適している。
その稲わらは既に大量にストックされているので問題ない。
あとは『携通』の画像を見て、どこまで再現できるか、職人の腕の見せ所……といったところである。
「とりあえず、イグサそのものの生育はよさそうだ。来年はもっと収穫できるだろう」
畳産業にも少し明るい見通しが立ったようである。
* * *
もちろん本業(?)の養蚕も忙しい。夏蚕が育ってきていて、毎日大量の桑の葉を食べるからだ。
その桑の木には黒く熟した実がたくさん付いている。アキラは領内の子供たちを集め、日当を払って桑の実を集めてもらっていた。
集めた桑の実は潰してジャムに加工するのだ。
よく煮詰めて水分を飛ばし、砂糖を多めに入れたジャムは、保存状態がよければ1年は保つ。
ド・ラマーク領の特産品にできないかと検討中である。
桑の実を染めにも使いたかったが、どうやら桑の実で染めた紫色は耐光性がよくないようなので製品化は諦めた。
「ヤマブドウの皮も同じく耐光性が悪いしな……紫色はやっぱりムラサキの根が一番か」
紫色といっても、赤みがかったものから青みがかったものまで様々だ。
なのでアキラはバリエーションが欲しかったのである。
「そっちはアカネの赤とタデアイの青を使って調整するしかないかな……」
アカネとタデアイで2度染めれば紫色になる。
同様に、ムラサキで染めた布や糸を、もう一度アカネで薄く染めれば赤紫色に、タデアイで薄い青を加えれば青紫色になる。
手間は掛かるが、そうすれば色を調整できるわけだ。
結果的にコストは跳ね上がるが、貴族というのは不思議なもので、より高いものに価値を見出すことが多いのだ。
「経済が回るということを考えれば悪くもない……のかな?」
適度にお金を使ってもらい、それを社会に還元すれば経済が活性化する……くらいの知識しか、アキラにはないが。
「貯め込んだり、税金を搾り取ったりしなければいいけどな。……気を付けよう」
独りごちたアキラであった。
* * *
街道工事もかなり進んだ。
最も困難な箇所は終わったので、予定どおり年内……雪が降る前には工事を完了できそうである。
もちろん、傷んだ箇所の修復は随時行う必要があるが、年末には人手が余ることになる。
「養蚕に関わる人手を増やせるな。それにイグサの栽培やてんさい糖の製造、わさび田の拡張」
今のところ、人手はいくらあっても構わない。
発展途上の領地というのはそういうものだ。
「もう少しでみんなの暮らしを楽にできそうだがな」
外貨獲得手段……特産品が安定して供給できるようになれば、領内の経済状態が好転する。
そうなれば、アキラへの税収も増える。
アキラはそれを公共事業に注ぎ込み、村人を雇う。
するとまた村人にお金が回る……。
「そうなるといいな」
そして、もう1つ経済発展の鍵がある。
それは『人口増加』だ。
ド・ラマーク領を含めるリヨン地方は、アキラが来てからその指導により公衆衛生が向上し、特に新生児の死亡率が下がった。
つまり緩やかな人口増加が起きているのである。
日本における、太平洋戦争後の高度成長も、この人口増加が後押ししたという説もある。
* * *
「まあ、経済は操ろうとしても操れるものじゃないしな。俺としてはできることをやっていくしかないさ」
北の地の領主としては、なんといっても『冬への備え』が大事である。
食料の備蓄、燃料の確保、交通の維持……やるべきことは多い。
「冬の間にできる手仕事があと1つ2つあるといいんだがな……」
……と考えたアキラは、『携通』本体ではなくその写しをパラパラと流し読みを始めた。なにかヒントがないかと思ったのだ。
ちなみにこの『写し』は、彼の妻ミチアが侍女時代からせっせと筆写してくれたものである。
「……お?」
アキラの手が止まった。
「これは……調べてみる価値があるかもな」
アキラはまず、領主補佐のモンタンを呼んだ。
「アキラ様、お呼びでしょうか」
「ああ、モンタン、ちょっと聞きたいんだが、領内で何か鉱石が採れるという話を聞いたことはないか?」
「鉱石ですか」
「そうだ。別に、宝石とは限らない。金属鉱石でもいいし、何か特殊な用途のあるものでもいい」
「そうですね……『川の宝石』というものを聞いたことがあります」
「川の宝石?」
「はい。……街道工事の途中にある川の上流で採れる石です。黒い小石なのですが、カットした宝石のようにきれいな形をしたものがまれに見つかるので、村の子供たちが集めています」
「ふうん」
なにかの鉱物の結晶かもしれないな、とアキラは想像した。
結晶は規則的な形……正八面体や立方体になることがあるからだ。
その『川の宝石』も、機会があったら調べてみたいなと思ったアキラであった。
だが。
それどころではない事態が生じたのである。
それは駆け込んできたハルトヴィヒによって知らされた。
「大変だ! ミチアさんとリーゼロッテが……!」
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