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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第9章 領地発展篇
233/433

第九話 電信

 春が夏に変わろうとする頃。

 リオン地方も雨季に入った。


 この頃、ド・ラマーク領『絹屋敷』とド・ルミエ侯爵領『蔦屋敷』の間に電信が引かれた。

 ごく初歩的なものであるが、とりあえず意思の疎通はできる。


 一番大変だったのは電線だ。

 2地点間の距離はおよそ40キロ。

 その3倍の被覆電線を作らねばならなかったのだ。


「やっとだな」

「うん。あとはメンテナンスがどのくらいの頻度で必要か、だな」

 アキラとハルトヴィヒは空中の架線を見て話し合っていた。


「空中架線はメンテナンスには便利だが、切れやすいだろうからな」

「だから太さ3ミリもあるんだ。おかげで当分銅不足だよ」

 『空中架線』あるいは『架空線』は、文字どおり空中に配線された電線である。

 現代日本でよく見る『電柱』に張られている線がそれだ。

 常に露出しているため、風や動物の悪戯で切れることがあるが、どこが切れたのか目視できるため、修理は容易い。


 一方で、電線を地下に敷設する方法もある。

 こちらは比較的長持ちするが、切れた場合どこが切れたのか探し出すのが非常に難しいというデメリットもある。

 地震や台風などの災害が多い日本で、地中化が普及しないのはこのあたりにも理由があると思われる。


*   *   *


 アキラとハルトヴィヒは『絹屋敷』に戻り、受信機の前に座っていた。

 これは、信号が来ると受信機側では鉄片が引き寄せられて下がる。このときの動きを『ガンギ車』に伝え、紙が少し送られる。

 『・』『ー』に関わらず……つまり鉄片が引き寄せられている時間にかかわらず、紙送りの量は一定なのでセットした紙に『・』『ー』が鉛筆で記されていくというもの。

 こうした機構を作るのにハルトヴィヒは苦労したわけだ。


「受信機を上手く作ってくれたのはさすがだよ」

「ああ、あれは苦労したよ」

 紙を一方向に送っていく機構は『脱進機』。振り子時計で振り子の動きによってガンギ車が一定方向に送られていくのと同じである。

 電気を使わないのが特徴だ。


 と、そんな時、受信機が動き出した。

「お、テスト通信が来たぞ」

 『蔦屋敷』側の通信担当は家宰セヴランの甥で執事のマシュー。

 そのマシューが何を送ってきたのかといえば……。


『・・・・  ・  ・ー・・  ・ー・・  ーーー  ーー・・ーー  ・・・  ・・  ・ー・・  ー・ー   ・ー・・  ーーー  ・ー・  ー・・』

 であった。

「ええと……H E L L O ,S I L K  L O R D ……か」

「『hello,silk lord』?」

「そうなるな。絹の王。アキラの事だろう?」

「くすぐったいな」

「まあ、そういうな。こっちからは何と送る?」

「これだ」

 アキラはあらかじめ決めていたメッセージのメモをハルトヴィヒに差し出した。

「ええと、Vive La Gallia (ガーリア万歳)か。……『・・・ー  ・・  ・・・ー  ・   ・ー・・  ・ー   ーー・  ・ー  ・ー・・  ・ー・・  ・・  ・ー』……っと」

「ありがとう」

 受信は自動だが、送信は手動、解読は人力。まだまだ慣れてないため時間が掛かる。

 それでも40キロという距離を瞬時に繋ぐことのできる『電信』は画期的な装置といえた。


*   *   *


「おお、これが『電信』による『電報』か?」

「はい、大旦那様」

 『蔦屋敷』でもフィルマン前侯爵とマシューが喜々として受け取った『電報』を眺めていた。

「これはなんと読むのだ?」

「お待ち下さい。……ええと、『Vive La Gallia』……ですね」

「おお、なるほどのう! ここと『絹屋敷』の距離を考えると、これは画期的だのう」

「はっ」

「とはいえ、あまり長い文章は難しいか。それでも時間さえ掛ければなんとか送れるか……」


 いずれにせよ、急な用件がある時でも、これを使って『すぐ来い』とでも送れば、早馬片道分の時間短縮が可能である。

「アキラ殿は、『情報伝達の速さが勝敗を分ける』ようなことを言っておったな。確かに、こうした伝達手段が軍の中でも可能なら、作戦の伝達や遂行がスムーズになる。いくさが変わるぞ」

「大旦那様、アキラ様は戦争はできるだけしないほうがいいと仰っていたと思いますが」

「……うむ、わかっておる。じゃが同時に『経済戦争』『情報戦争』についても語ってくれた。この『電信』はむしろそちらのほうで役に立ちそうじゃ」


*   *   *


「さてさて、陽気もよくなってきたから、養蚕も忙しくなってきたな」

 4月から育てた『春蚕はるご』がそろそろ繭を作り出しているのだ。

「去年の倍はいけそうだな」

 桑の木もことしは1回り大きく育ち、倍の蚕を育てられそうだとアキラは目算していた。

「閣下のところと合わせると、おそらく10人分の服を仕立てられるくらいには絹ができるだろう」


 あと少しで絹製品を普及させられるな、とアキラは希望を抱いたのである。


 しかし。


「アキラ! 大変だ!」

 ハルトヴィヒが駆け込んできた。手には『電報』を持っている。

「ど、どうした?」

「閣下の配下が育てている蚕に病気が発生した」

「えっ!」

「それで、指示を頼む、とある」

「わかった」


 蚕も病気にかかる。

 蚕は弱い生き物で、温度や湿度、桑の品質管理など、人間が世話をしてやらなければ生きることができないのだ。

 病気にかかった蚕を見つけたら、すぐ隔離するか処分する必要がある。

 アキラはハルトヴィヒにその旨を電信で送ってくれと頼んだ。

「わかった」

 さっそくハルトヴィヒは文をモールス符号に直していく。

 その間にアキラは、棚の資料から『蚕の病気』についてまとめたものを取り出した。


 これは『携通』にあった資料をミチアが筆写してくれたもの。

 同じものは『蔦屋敷』にもあるが、内容が日本語なので(筆写当時のミチアは日本語が読めなかったので、訳さずそのまま丸写ししている)アキラにしか読めないのだ(最近は、アキラが教えたのでミチアやハルトヴィヒ、リーゼロッテも少し読めるようになった)。


「アキラ、電報を打ったぞ」

「ありがとう。そうしたら、病気になった蚕の様子を教えてくれるように連絡してくれ」

「よっしゃ」


 その情報が届いたら対策法も見つかるだろうと、アキラは返事を今や遅しと待ち構えるのであった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は11月27日(土)10:00の予定です。


 お知らせ:11月20日(土)早朝から21日(日)夕方まで不在となります。

      その間レスできませんのでご了承ください。


 20211122 修正

(誤)『・・・・  ・  ・ー・・  ・ー・・  ーーー  ・ーー  ーー・・ーー  ・・・   ・・  ・ー・・  ー・ー   ・ー・・  ーーー  ・ー・ ー・・』

(正)『・・・・  ・  ・ー・・  ・ー・・  ーーー  ーー・・ーー  ・・・  ・・  ・ー・・  ー・ー   ・ー・・  ーーー  ・ー・  ー・・』

 hello がhellow になって(wが余計)、最後の2つの文字間がスペース2つではなく1つになっていました。


(誤)『・・・ー  ・・  ・・・ー  ・   ・ー・・  ・ー   ーー・  ・ー  ・ー・・  ・ー・・  ・・ ・ー』

(正)『・・・ー  ・・  ・・・ー  ・   ・ー・・  ・ー   ーー・  ・ー  ・ー・・  ・ー・・  ・・  ・ー』

 これも最後の2つの文字間がスペース2つではなく1つになっていました。わけわかりませんね。



 20211224 修正

(誤)いずれにせよ、急な要件がある時でも、これを使って『すぐ来い』とでも送れば

(正)いずれにせよ、急な用件がある時でも、これを使って『すぐ来い』とでも送れば

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― 新着の感想 ―
[良い点] 電信はさほど詳しくないのですが、確か日本陸軍の鉄道連隊が線路脇に架設していた電線は裸線だった気がするのです(資料は積ん読のなか)。 で、任意の場所で、竿の先にUの字型の金具(金具から竿の手…
[一言] 次は打鍵したアルファベットをトンツーに変換した穴空き紙テープ作成機と、紙テープを読み込んで電信を送る仕組みかな! ……物理穴と金属箔とどっちの方が技術的対応が早いやろか?
[一言] >>ごく初歩的なものであるが、とりあえず意思の疎通はできる。 普段はお互いに『SOS』を送り合うのですねわかります。 >>その3倍の被覆電線を作らねばならなかったのだ。 漆職人達は地獄…
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