第十二話 電気を作る(二)
虫は出ません。
リンゴに銅板と亜鉛版を刺してアキラが作ったのは、俗に言う『果物電池』。
その名前とは裏腹に、実際に電流を作っているのは果物ではなく金属板なのだが。
リンゴは電解液の役目をしているわけである。クエン酸やリンゴ酸といった有機酸がそれだ。
この場合、銅板が正極(+)、亜鉛板が負極(−)となる。
「ええと、磁力は確か電流に比例するんだったよな」
4つの『リンゴ電池』を、アキラは並列に繋いだ。
「それで電気ができているのかい?」
興味深そうな目でハルトヴィヒが尋ねた。
「うん、そうなんだ。だけど目に見えないから、見える現象を起こそうと思う」
「ふうん?」
アキラは鉄釘にノートの書き損じを破って巻き付け、絶縁紙代わりにした。そこへ銅の針金を巻き付けていく。
絶縁被膜がないので、くっつかないよう荒く巻き、一段巻いたらまた紙を巻いて絶縁し、もう一段巻いていく。
これを繰り返し、五段巻いたところで針金の余りがほとんどなくなった。
「よし、まあこれでいいか」
アキラは、庭の砂っぽい箇所から少し土を掬ってくると、
「いいかい、見ていてくれ」
と断って、銅線を巻いた鉄釘を『リンゴ電池』に接続し、その先端を土の中に差し込んですぐに引き上げた。
「おっ?」
その先端に、黒っぽいものが少し付着しているのをハルトヴィヒは見逃さなかった。
「うまくいった! これは『電磁石』っていうんだ」
アキラは『電磁石』をテーブルに置いた皿の上に移動させ、リンゴ電池との接続を切った。
すると先端に付いていた黒っぽい粉は皿の上に落ちる。
「アキラ君、これは?」
すかさずリーゼロッテが尋ねた。
「これが『砂鉄』だよ。つまり、砂の中に含まれている鉄だ」
「鉄ですって? ……《アナリーゼ》……ほ、本当だわ! 質は悪いけど、確かに鉄よ!」
「ほほう? そうすると、この『電磁石』で鉄を砂から取り出すことができるわけか!」
リーゼロッテとハルトヴィヒは目を見張った。
「うん、成功してよかった。この電磁石は、電気を使って鉄釘を『磁石』に変えているんだよ」
電流計もテスターもないので、電気が発生しているかどうかを調べる苦肉の策として電磁石を作ってみたアキラだったが、思いの外うまくいったのでほっと胸をなで下ろしていた。
「だけどこれじゃあ、多分まだまだ弱くて、『携通(K2)』の充電には使えそうもないな」
「なるほど、もっと強い『電気』を起こせるようにしたいわけだな?」
「そういうことさ」
「これもやり甲斐があるわね! 忙しくなるわ!!」
ハルトヴィヒもリーゼロッテも、この新しい技術に大乗り気であった。
「……先は長いけど、ぼつぼつやるか」
アキラとしても、1日2日で『携通(K2)』の充電ができるようになるとは期待してはいない。
ただ、これから先のことを考えて、『電気』が手に入れば、と思ったのである。
* * *
だが、『電磁石』は、思わぬ反響を呼んだ。
ハルトヴィヒとリーゼロッテがセヴランに報告し、それがフィルマン・アレオン・ド・ルミエ前侯爵に伝わったのである。
フィルマン前侯爵は、この新技術が大きな産業をもたらす可能性があることに思い至ったのだ。
それはもちろん『鉄』の精錬だ。
鉄鉱石の採掘は、どこの国においても国家的な事業であり、鉄は最先端の武器を作る上で不可欠な金属であった。
砂浜や砂丘で電磁石を使えば、鉄鉱石採取がかなり楽になると前侯爵は気が付いたのだ。
「苦労し、危険を冒して坑道を掘る必要がなくなるだろう」
というのがその理由である。
ここは山の中だが、ガーリア王国には砂浜を持つ海岸があるようなのだ。
また、大きな川なら、砂地の河原があってもおかしくない。
「ですが、採算がとれるかどうか、問題ですよ」
前侯爵と面談したアキラは、懸念事項を口にした。
「うん? どういう意味だね?」
「ええとですね、今のところ電気を起こすには、銅と亜鉛の板が必要なんです。それで、電気を起こすとその金属板は溶けてだんだん小さくなるんですよ」
つまり、砂鉄を得る代わりに銅と亜鉛が減る、とアキラは説明した。
ちなみに、どちらの金属が減るのか、アキラはよく知らないのでそこのところはぼかしておいた。
「うむう……それは少しまずいな」
アキラが言わんとすることを理解したフィルマン前侯爵は腕組みをして渋い顔をした。
「……アキラ殿、もっと簡単に『電気』を取り出すことはできないのかね?」
「そうですね……」
アキラの頭に思い浮かんだのは『発電機』。だがこれまた、越えるべきハードルは高い。
「それについてはハルトやリーゼとも相談してご返事させていただきます」
「うむ、是非頼むぞ」
* * *
「……と、いうわけなんだ」
アキラは前侯爵との面談後、すぐにハルトヴィヒとリーゼロッテらと話し合いを行った。もちろんミチアも一緒にいて、お茶を淹れてくれている。
「ふうん、鉄の精錬のため、電磁石を動かしたいと言うんだな」
「そうなんだが、あの『果物電池』では無理だと思うんだよ」
元々、ハルトヴィヒとリーゼロッテに電気というものを理解してもらう方がメインの実験だったのだ。
「じゃあ、どうするんだい?」
「『発電機』を作るしかないな」
「『発電機』? 言葉からいって、電気を発生する機械だな?」
ハルトヴィヒの勘は鋭い。すぐにアキラの意図を理解してくれた。
「そういうことになる。だけど幾つか、やらねばならない問題があるんだ」
そこでアキラはリーゼロッテの方を見た。
「まず、銅線……銅の針金を『絶縁』しなくてはならない。……針金の表面に塗ることができて、曲げても簡単には剥がれないような塗料はあるだろうか?」
「……うーん……そういうことね。すぐには返事できないけど、何とかなると思うわ。でも『絶縁』っていうことは、電気を通さない塗料ということよね?」
リーゼロッテもまた、アキラが望むものを正確に理解してくれた。
「電気を通さないかどうかはわからないけど、どこかでとれる木の実から、金属のさび止めに使うような塗料ができるって聞いたことがあるわ」
「あ、それでしたらセヴランさんに聞いてみたらいかがでしょう?」
ミチアは塗料と聞いて、大工仕事にも関係しそうなので、セヴランを連想したのだ。
「ああいいわね。この後聞いてみるわ」
「もう一つは強い『磁石』を手に入れたいんだが」
発電機や直流モーターの『界磁』には永久磁石が使われる。どうしてもアキラは磁石を手に入れたかった。
「天然の磁石らしきものはあるけどね……」
アキラが『電磁石』を作って見せたので、磁石がどういうものかは皆理解している。その上で『心当たりがない』と口を揃えて答えたのだった。
そうなると、弱い磁石を使って発電機を作り、その電気を使って少し強い磁石を作り、その少し強い磁石で発電機を作り……と繰り返すしかなさそうだ、とアキラは説明した。
他にいいやり方があるのかもしれないが、専門家ではなく、単なる学生のアキラにはそれ以上の方法は思いつかなかったのだ。
「うーん、それしかないのかしら」
リーゼロッテも考え込んでいる。回りくどいやり方が嫌いなようだ。
「……アキラ、雷は電気だと言ったな?」
考え込んでいたハルトヴィヒが口を開いた。
「ああ、そうだが?」
「なら、雷系の魔法で何とかできないかな?」
「魔法でか……そうだな」
何かうまい方法がないか、アキラも考えるのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は4月14日(土)の予定です。
20180408 修正
(旧)「確か、どこかでとれる木の実から、そういう塗料ができるって聞いたことがあるわ」
(新)「電気を通さないかどうかはわからないけど、どこかでとれる木の実から、金属のさび止めに使うような塗料ができるって聞いたことがあるわ」
20200403 修正
(誤)そればもちろん『鉄』の精錬だ。
(正)それはもちろん『鉄』の精錬だ。




