第三話 遠距離通話の検討
モントーバンの町は 現領主にしてフィルマン前侯爵の長男、『レオナール・マレク・ド・ルミエ』侯爵が住む町である。
「レオに会うのも久しぶりだ」
王都への往路では、レオナール侯爵が領内視察に出ていたため、会えなかったのである。
フィルマン前侯爵もレオナール侯爵も、自領を持つ貴族なので、おいそれと『会う』ことはできない。
(うーん、やっぱりなんとかしたいなあ)
前侯爵の呟きを聞いたアキラは、予てから思っていた『遠距離通信』もしくは『遠距離通話』を実現したいと改めて実感した。
もちろん前侯爵・現侯爵父子のためだけではなく、この世界の発展のため、でもある。
そして一番は自分の『絹屋敷』と前侯爵の『蔦屋敷』を繋いで情報交換ができるようにしたかったのだ。
(まずは特定の機器間での通話を目指すところからだな……)
この時からアキラはこれまで以上に真剣に、この問題について考え始めたのである。
とはいえ、電子機器については使ったことはあっても仕組みそのものはまるでわからないアキラであるから、その道は険しいものであろうと想像がついていた。
(糸電話なら簡単なんだがなあ……)
そんな子供じみたことを思いながら、アキラは馬車の窓からモントーバンの町を見つめていたのだった。
* * *
「父上、王都への報告、お疲れさまでした。前回いらっしゃった時には領地を巡回しておりましたもので、不在にして申し訳ございません」
「いや、気にするな。領主としての務めの方が優先である」
侯爵邸での夕食時、レオナール現侯爵は息子として謝罪したが、フィルマン前侯爵は領主としての立場でそれを受け入れた。
その後は普通に……というか豪華な……夕食会となった。
「アキラ殿、聞いたぞ。今回も大成功であったようだな」
「はい、おかげさまで」
これは外交辞令ではなく、アキラは実際にさまざまな援助を受けていたのである。
もちろん無償で、ではなく、相応の対価と引き換え、ではあるが。
その最も大きなものは、ド・ルミエ侯爵領で栽培され始めた『桑の葉』である。
今現在、ド・ラマーク領における絹の生産量は、当然ながら育てている蚕の数に依存する。
そして蚕の数は、餌となる桑の葉の量で決まるのだ。
前にも説明したが、和服の場合、一着仕上げるために1反の布が必要になる。
1反の布を織るためには、繭が2600個から3000個必要になる。
その時必要になる桑の葉はおよそ100キログラム。
それだけの桑の葉を(永続的に)採取するための桑畑は、面積にして約500平方メートルとなる。
その桑の葉の3割をド・ルミエ侯爵領が生産しているのだ。
ド・ルミエ領の方がド・ラマーク領よりも南にある分気象条件もよく、より桑の栽培に向いている。
近い将来にはド・ルミエ領でも蚕を飼うことになるだろうと思われた。
なにしろ、絹製品は引っ張りだこで、王都での需要の十分の一もまかなえていないのが現状である。作れば作っただけ売れる、という状態だ。
だが、蚕を飼う技術に始まり、繭から糸を取り、それを布に織り、裁断して服に仕立てる、という一連の技術は一朝一夕で学べるものではない。
今のところ『養蚕』『紡績』『機織り』はアキラと前侯爵の独占状態であった。
もちろん王都でもアキラのもとで学んだ技術者たちが試作程度には始めているが、桑の葉の入手がネックとなり、産業にまでは展開できていないのが現状である。
王都周辺では『食料生産』が優先されているからだ。
さすがに麦畑や果樹園を桑畑に変えるような無茶なことはなされていない。優先順位は大事である……。
* * *
夕食会のあと、アキラはハルトヴィヒとリーゼロッテを自室に呼んだ。
「……で、アキラ、何か用事かい?」
「私も呼ばれた、ってことは技術系の話ね?」
「そうなんだ」
アキラは『遠距離通信』について、概略を説明した。
「なるほど……要は、声を遠くに届けるわけか」
「そうなんだ。難しいのは、声を電気に変え、電気をまた声に変える、ってところかな」
「声をそのまま届けられたらいいのにね」
概要を聞いたリーゼロッテが素直な感想を口にした。
「うん……でもほら、音って減衰するから遠くまで伝わらないんだよな」
「減衰?」
聞き慣れない単語に、ハルトヴィヒが食いついた。
そこでアキラは『減衰』について、わかる範囲で説明した。
といっても、揺れる振り子が止まることや、弾んだボールがだんだん弾まなくなることくらいしか例に出せなかったが。
「なるほど、音は空気の粒を震わせている現象で、空気の粒には重さがあるから減衰するわけか」
「それから、遠くへ行くほど広がっていくので、距離の自乗に反比例して弱くなるな」
「そういうわけか」
それでも、ハルトヴィヒの理解力は高く、アキラが意図しない領域まで到達してくれたようだ。
そしてリーゼロッテも、
「魔法で伝令に使う《ミッタイルンク》……『伝声』っていうのがあるけど……せいぜい200メートルくらいしか届かないしね」
と思いつきを口にした。
「へえ、そんな魔法があるんだ。どういう時に使うんだい?」
初めて聞く魔法だったので、アキラは興味を持った。
「そうね……多分、戦場みたいに騒がしいところで、特定の相手に声を届けるんじゃないかしら」
「ああ、そういう使い方か」
「相手が見えないと使えないしね」
「そうか……」
魔法は今ひとつ使い勝手が悪かった。
「まあ、おいそれと思いつけるとは思ってないけどな。考えてみてくれないか?」
「そうだな、わかったよ」
「いいわよ」
アキラの提案を、ハルトヴィヒもリーゼロッテも承知してくれたのである。
2人共、この技術がどれほど有益かを理解しているがゆえに、実現したら世の中のためになると感じているようだ。
アキラも引き続き、この問題に取り組もうと決心したのである。
* * *
さて、翌日。
一行は、モントーバンの町には2泊することになっている。
現侯爵・前侯爵父子にとって、貴重な機会だからだ。
アキラもこの機会に町を散策し、何か領地経営に役立てられそうなものはないかと見て回るつもりだった。
しかし。
「アキラ様、お1人では出歩かれませぬよう」
現侯爵邸の執事に注意されてしまった。
「外出されるなら護衛を付けましょう」
ということで、ローマンという若い兵士が護衛に付いてくれることとなった。
ここの隣町の出身ということで、案内もできるそうなので、その点は助かるなと受け入れるアキラであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は10月16日(土)10:00の予定です。
20220803 修正
(旧)
「なるほど、音は空気の粒を震わせている現象で、空気の粒には重さがあるから減衰するわけか」
(新)
「なるほど、音は空気の粒を震わせている現象で、空気の粒には重さがあるから減衰するわけか」
「それから、遠くへ行くほど広がっていくので、距離の自乗に反比例して弱くなるな」
「そういうわけか」




