第三十話 表面処理
あれからハルトヴィヒは連日『木工旋盤』で木を削っていた。
もちろん休憩も食事もしているし、リーゼロッテとの時間も大切にしている。
「だいぶ木のことがわかってきたよ」
とはハルトヴィヒの言葉。
「やはり、木によって旋盤加工しやすいものとしにくいものがあるな」
ハルトヴィヒが言うには、硬くても脆い木は旋盤加工しやすく、逆に柔らかすぎる木は加工しづらいという。
そして、硬くて弾力と粘りのある木が一番加工しづらい、と言った。
そんなハルトヴィヒが分類した、旋盤加工用の木と向き不向き。
モミ、トウヒ、シーダーは針葉樹で柔らかめ。やや加工しづらい。
マツ、サイプレスは針葉樹でやや硬め。加工しやすい。
ポプラ、シラカバなどは広葉樹で柔らかめ。加工はまずまず。
カスタニー、エルムは広葉樹でやや硬め。加工しやすい。
オーク、メープルは広葉樹で硬いが加工しやすい。
トネリコ、カシは広葉樹で硬くて弾力があり、やや加工しづらい。
……というようになったという。
「大変だったなあ」
「まあ手間は掛かったな。だけど好きなことをやっていたから、苦労とはいえないよ」
労うアキラに笑って答えるハルトヴィヒだった。
「あともう1つ、仕上げがきれいになる木と、思ったほどでもない木があるな」
「そうなのか?」
「ああ。磨くといい艶が出る木と、そうじゃない木といえばいいのか……これも、油を塗るとか塗料を塗るとかで変わってくるだろうな」
「なるほど」
『携通』に木材の塗装法として、乾性油といって空気に触れていると固まる油を塗り込む『オイルフィニッシュ』、透明な樹脂を塗る『ニス仕上げ』、そして漆の木の樹液を精製した塗料を塗る『漆塗り』などが載っていた。
「クルミなら採れるから、いくらかを塗装用に使おう」
クルミの実を絞ったクルミ油は乾性油である。
空気中の酸素と反応し、固まる性質がある。
余談だが、こうした乾性油が染み込んだ布を空気中に放置すると、酸化する時の熱で発火することがまれにあるので、取り扱いには要注意である。
そしてクルミの油なら食用なので、子供が手にする積み木や玩具に塗るのに適している。子供が口にしても毒性がないからだ。
* * *
「これはいいな!」
『携通』の情報に従って、カスタニーの木で作った『丸盆』にクルミ油を塗り込んだハルトヴィヒは感心した声を上げた。
カスタニーは、日本でいうトチノキの近縁種である。秋になると棘のある丸い実を付ける(トチノキの実には棘はない)。
そしてカスタニーの材は、時折『縮み杢』という美しい木目が現れ、オイルフィニッシュを行うとそれがより一層引き立つのだ。
ハルトヴィヒが削り出した丸盆もそういう木目のものであった。
「うん、これはいいなあ」
アキラも同意する。
「こういう木目のきれいな木は、付加価値が高くなりそうだな」
「うん、アキラの言うとおりだ。加工前に仕分けしたほうがいいな」
「そうだな」
お盆だけでなく、例えばテーブルや机の天板に使えば、非常に高級感が出そうである。
逆に子供の積み木や手すりなどに使ってはさすがにもったいない。
製材時にそうした仕分けをしよう、とハルトヴィヒは言ったのである。
「ニスはどんな感じだ?」
「いいんだけど、商人から買わなければならないからかなり高価になるな」
「そうか……」
オイルフィニッシュは表面に『塗膜』をほとんど作らない。
それに対して『ニス』は塗り方によっては厚い塗膜を作る。つまり木材の保護という点においてはニス塗りのほうが上なのだ。
そのため、例えば鉄製の小物類を濡れたテーブルの上に置いた場合、オイルフィニッシュのテーブルだと木に含まれるタンニンと鉄が反応して黒い『染み』が付いてしまうことがある。
が、塗膜で保護されたニス塗りのテーブルならそれはない。
しかしニスという塗膜で覆ってしまうため、極端な話、材質による『風合い』の差がなくなってしまうわけだ。
「この冬はオイルフィニッシュを進めていこう」
「わかった」
と、そこへリーゼロッテがやって来て、手にした小鉢を差し出してきた。
「アキラ、ハル、こうして着色してから油を塗ったらどうかしら?」
「おお、いいかもな」
リーゼロッテが差し出した小鉢は、明るい茶色に染められていた。
染料による着色なので木目はそのまま。これをオイルフィニッシュで仕上げれば、より付加価値を高められそうである。
「赤や黄色にも染められると思うけどね」
「うん、木の質感と木目を生かしたカラフルな木工製品か……いいかもしれない」
ハルトヴィヒは即賛成した。
「アキラはどう思う?」
「そうだなあ……」
アキラとしては正直な所、カラフルな器はあまり日本的ではないと感じているが、ここは異世界。
住民の美的感覚が異なるのは当たり前、と思い直した。
「とにかく試作を作って、皆の意見を聞こう」
「それもそうだな」
「形が違うと印象も変わってくるだろうから、同じ材で同じ形のものを作って着色して比べてみよう」
「もっともだ。それじゃあシラカバの木を使った小鉢でやってみるか」
シラカバは建築材としてはあまり使われない。
日本では、信州や北海道などでその白い特徴的な樹皮を生かした民芸品に加工されている。
同じカバノキ科のマカバやオノオレカンバに比べ材質は軽軟でカビやすい。
また、大きな材は得にくいので、主に小物用となる。
それ以外の用途で変わったものとして、なめこ栽培用の原木というものがある。
そういった点で、シラカバの材を小鉢にして着色、オイルフィニッシュで仕上げるというのはよい表面処理法であった。
「あと、ド・ラマーク領の特産品に使えそうな木って何があるかな?」
できれば、王都周辺には生えていない木、北国に多い木を使った製品を売り出したいとアキラは考えているのだ。
「聞いたところでは、まずポプラかな。それにマツの一種かな。あとは……」
「あとは?」
「クルミもそうだけど、やたらと切り倒すわけにはいかないからな」
「そりゃそうだ」
クルミはその実が有用なので、木材として伐採できる本数はごく少数である。
「うーん、そっちの調査も進めるか」
「それがいいよ」
冬に向けての方向性が定まってきたアキラたちであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は9月11日(土)10:00の予定です。
20210904 修正
(誤) 労うアキラに笑って答えるハルトヴィヒだった。
(正) 労うアキラに笑って答えるハルトヴィヒだった。
20210905 修正
(誤)そのため、例えば鉄製の小物類を濡れたテーブルの上に置いた場合、オイルフィッシュのテーブルだと
(正)そのため、例えば鉄製の小物類を濡れたテーブルの上に置いた場合、オイルフィニッシュのテーブルだと




