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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第8章 新生活篇
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第二十五話 ちょっと昔のこと

 その日の晩は、『絹屋敷』で行商人ニコラの歓迎会が行われた。

 歓迎会といっても、いつもより少し贅沢な献立、というだけだ。

 しかしその内容は、ここでしか食べられないものもあって、十分なごちそうである。

 その筆頭が、お米と醤油、味噌を使った料理だ。


「この味は、王都では食べられませんからねえ」

「そう言っていただけて嬉しいです」

 舌鼓を打つニコラに、調理の指導をしたミチアも嬉しそうだ。

 米を使った数々の料理のレシピは王家に提出済みであるが、まだまだ一般的ではなく、民間においてはニコラが経営する食堂くらいでしか食べられない。

 その点、このド・ラマーク領は領主のアキラが率先して米を食べているため、ガーリア王国で最も美味く、最もバリエーションに富んだ米料理が食べられるのだ。


 思えば自分にとって運命の出会いだったな、とニコラはちょっと昔のことを思い出していた。


*   *   *


 それは、アキラがド・ラマーク領の領主となった年の秋。

 まだ店を持たない行商人として辺境を回っていたニコラは、例年どおり、行商の最後に訪れたのがド・ラマーク領であった。

 そしていきなり驚かされたことがある。


 まずはこの年から税が引き下げられたということ。

 ニコラも商人の端くれとして、税が1割減った場合の経済効果については承知している。住民の購買力が増すのだ。

 そしてそのとおりになった。

 売れ残っていた衣服や服地は完売。重いため持って帰りたくないのでここで売りさばいてしまおうと割り引いた塩も売り尽くした。

 売れないだろうと思っていた釘や工具なども少し売れたのには驚いた。


 しかし最も驚いたのは、領主に招かれたことだった。

 田舎の領主といえどれっきとした男爵、庶民とは身分が違う。

 だが、新領主、アキラ・ムラタ・ド・ラマーク男爵は違った。


「たいしたものは出せませんが、遠慮なく食べていってください」

 そう言って、奥方と共にニコラを歓迎してくれたのである。


 正直言って料理の味は中の下、王都の味に比べたら数段劣っていた。

 だがしかし、である。注目すべき料理が出されたのだ。


「これ、初めて食べましたが、何という料理ですか?」

「『ヤキメシ』と言います」

 それはピラフのようなチャーハンのようなものだった。

 油を引いたフライパンでご飯を炒めたもの。味付けは醤油とコショウというシンプルなものだ。

 具材はハムとちらし卵。

 お金が掛かっていると思われるのは香辛料であるコショウだけ。

 だが、その味は王都で生まれ育ったニコラにとって、初めての味だった。


 これは、本来は冷や飯……残ったご飯を冷蔵庫に保存しておき、ある程度溜まった時に作るレシピである。

 アキラも、現代日本での学生時代、幾度となく冷や飯の処理として作ったものだ。

 ちなみに、一番手っ取り早い冷や飯の食べ方が『お湯漬け』である(お茶ではなくお湯)。

 炊飯器でまとめてご飯を炊いておき、わざと残して保存し、少しずつ消費するという、学生の生活の知恵である。


 何もない時は冷や飯に醤油とコショウだけで作るのだが、そこにハムと卵をまぶすだけでぐっと味に広がりが出る。

 アキラの友人はさらにグリーンピースや賽の目に切ったニンジンなども入れたりもしていた。


「ヤキメシ、ですか。初めて食べました。……これは麦ではないですね? もしかして『米』でしょうか?」

「よくご存知ですね。そうです。お米です」

「やはり……」

 ニコラは、王都で2度ほど、場末の食堂で米料理を食べたことがある、と言った。

「それはこんなに美味しくなかったですけどね」

 が、米の形を覚えており、味はともかく噛んだ時の食感は悪くないな、と思ったものだ、と説明した。


「そうでしたか。実は私はこの米が大好物でしてね。この領地で量産していきたいと思っているのですよ」

「なるほど、そうですか。……でしたら、こうした料理のレシピを広める必要がありましょうね」

 ニコラは商売の匂いを嗅ぎつけ、アキラに助言を行った。


「なるほど、確かにそうでしょうね。とはいえ、販売できるほど収穫できるようになるのはまだ何年も先のことでしょうけれど」

「でしたら、私にレシピを幾つかお売りいただけませんか?」

「レシピを?」

「はい。私の拠点は王都ですので、その王都でこの『お米料理』が流行れば、需要も増えるでしょう?」

「確かに……」

 ここでアキラはちょっと考えてから答えた。

「いいでしょう。試しに3つほどレシピをお売りしましょう」

「おお、ありがとうございます」


 ここでニコラは1つの懸念事項を口にする。

「でも、本当によろしいのですか? 王都でお米料理がはやっても、こちらのお米は輸送費が高く付きますから、多分売れませんよ?」

 むしろ王都付近での米栽培が盛んになるだろう、と説明したニコラである。

 だがアキラは笑って答えた。

「それは仕方のないことでしょう。そもそも、この北国では、領外に売れるほど収穫が増えるのはまだまだ先になるでしょうから」

 それよりもお米料理が広まってほしい、とアキラは言ったのである。


 それを聞いてニコラは、アキラは本当にお米が好きなんだなあと思ったのであった。


*   *   *


 その時に買ったレシピは『ヤキメシ』『お粥』『ちらし寿司』であった。


 一番受けたのは『ちらし寿司』。本来なら米酢を使うところに、甘みのあるリンゴ酢を使ったのできつい香りがしないものになった。

 そこへ刻んだニンジン、錦糸卵、絹さや、小エビ、チーズなどを好みで加えるのだ。(シイタケやハス、油揚げ、カンピョウ、ノリなどは残念ながらない)

 アキラにしてみれば本道から外れたレシピとなったことは不本意だろうが、これが評判となったのだった。


 最初は屋台で始め、やがて小さな食堂で出し……と、少しずつ売上を伸ばし、今では『米料理専門店』として王都に2軒持つに至ったのである。

 行商人としてだけでなく、食堂経営も並行して行ったニコラは、今や新進気鋭の商人として、王都でも有名になりつつあったのである。


 きっかけを与えてくれたアキラへの礼として、多少の無理も聞いているニコラであるし、アキラもまた新商品については真っ先にニコラに卸している。

 そうしたビジネス的な関係を保ちつつ今日こんにちに至っているわけだ。


「今回の新商品は『い草』関連と『わさび』ですか」

「うん。特にわさびは醤油に合う香辛料だし、栽培が難しいから、当分はこっちの地方でしか作れないと思う」

「それはいいですね」

 しばらくはニコラが独占できるということになる。


「そのためには、わさびを使ったレシピが欲しいですね」

「そう言うだろうと思って用意してある」

「おお、さすがですね」


「王都に卸せるようになるのはどんなに早くても再来年の春だな」

「では、それまではわさびを使った料理を試験的に出してみましょう」

「その塩梅は任せるよ」


 こうした商談をしながら、『絹屋敷』の夜は更けていったのである。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は8月7日(土)10:00の予定です。


 20210731 修正

(誤)ガーリア王国で最も美味く、最もバリエーションに飛んだ米料理が食べられるのだ。

(正)ガーリア王国で最も美味く、最もバリエーションに富んだ米料理が食べられるのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 元の世界じゃ主食でしたからねえ 広まってくれれば何処に行っても気軽に食べられるようになりますし その為ならレシピの1つや2つ惜しまないんでしょうなあ
[一言] >>ちょっと昔のこと 大体5万年前 >>歓迎会といっても、いつもより少し贅沢な献立、というだけだ。 ご飯に根菜が混ぜられてないとか? >>その筆頭が、お米と醤油、味噌を使った料理だ。…
[一言] >>お米と醤油、味噌を使った 56「TKGと味噌汁か」 仁「焼きおにぎりかも知れない」 >>残ったご飯 ハ「残り物を出すなんてってやれば良いのかな?」 仁「ゴーレムでもったいないお化けを演…
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