第二十四話 行商人
季節が進み、ド・ラマーク領の秋が深まってきた頃。
「アキラ様、行商人が来ました」
領主補佐のアルフレッド・モンタンが報告にやって来た。
「お、そうか」
今年の春から、ここド・ラマーク領へ、行商人がやってくるようになったのである。
行商人とは、徒歩、馬、もしくは馬車で商品を運び、地方を回る商人全般を指す。
商店を持たない駆け出しから、隊商を派遣する大商店まで、その規模は様々だ。
ちなみに、地球では『隊商』とは主に隊を組んで砂漠を行く商人の一団をいうが、アキラのいる世界では『隊』列を組んで巡回する行『商』人のことである。
「おお」
広場に駐められた馬車を見て、思わずアキラは声を出した。
今回ド・ラマーク領へ来たのは、馬車3台であったからだ。
「春は馬車が2台だったのにな」
商人は利に聡い。儲けにならないと判断すれば、すぐに来訪を取りやめるであろう。
逆に、こうして馬車の台数が増えたということは、持ってきた商品の量も多いということであり、それすなわち儲けが出ると判断したということになる。
「少しずつだけど、こうして政策の効果が出てきたのを実感することができるというのは嬉しいものだな」
「そうですね、あなた」
アキラの呟きに、一緒に視察に来ているミチアが答えた。
「税の軽減が効果を上げてきたということでしょうね」
「うん」
これまでのド・ラマーク領の税率は5割であった。もちろん収入=小麦の収穫に対して、である。
これはガーリア王国としては、そこそこの税率と言えよう。
とはいえ、元々の収穫量が少ないので、総額としてはかなり低いのだが。
それを、アキラは4割に下げたのである。
これは、養蚕をはじめとした、農業以外での収入を見越しての施策であり、経済的な発展を目指しての方針でもある。
アキラの乏しい経済知識では、税を減らすことで住民の暮らしがよくなり、結果的に景気が上向く、という程度。
この1割の減税が暮らし向きにどう影響するかというと……。
5割の取り分が6割になった、ということは、単純に収入が1.2倍になったということだけではない。
ここで問題となるのは、その収入のうちどのくらいが生活費として消えていたか、だ。
アキラが調査させたところ、実にほぼ100パーセントが生活費になっていたという有様だったのである。
つまり、暮らしていくのにギリギリだったというわけだ。
もちろんそれは帳簿上の話で、実際には山の幸……木の実や山菜、野生動物、川魚なども食料にしているので、わずかながら余裕が出ており、それで衣服や調味料を購入していたのであった。
そんな状態で取り分が1割増えるとどうなるか。
生活費はそのままとすれば、その1割がまるまる『様々な物を購入する』ことに使えるのである。
つまり、よりお金が動くのだ。
お金が動くということは暮らしが豊かになるということである。
……残念ながらアキラの経済学の知識ではこの程度である。が、十分に効果は上がってきており、その結果が行商人の来訪となって表れていた。
「最初は調味料と薬くらいしか運んでこなかったんだよな」
「そうでしたね」
アキラが領主になった当初は、行商人が訪れるのは年1回、春のみであった。
それも、馬の背に積んできた僅かな調味料と常備薬だけ。
衣服などは他領から古着を購入するか、自分たちで麻を紡いで織った布から作るのがせいぜいであった。
「それが、これだけの商品が並べられるとはね」
「アキラさんの善政のおかげですよ」
「いや、善政と言われるほどのことはしていないよ」
いずれは税を3割まで下げたいとアキラは思っている。
その分、養蚕をはじめとする『公営事業』で収入をアップするつもりなのだ。
今のところ、『養蚕』をはじめとする『絹産業』は各個人で行わせることはせず、全て公営……領主であるアキラが管理することになっていた。
公営事業なので、働いている者たちにはアキラから賃金が支払われる。
街道の造成も同じで、賦役半分、公共事業半分。つまり税金の代わりに労働してもらってはいるが、賃金も払われるということになる。
これらの政策により、ド・ラマーク領内のお金の動きが活発になり、したがって景気が上向いてきたというわけである。
「これは領主様、奥方様」
「やあ、ニコラさん」
行商人であるニコラが、アキラとミチアを見つけ、挨拶してきた。
「来るたびに景色が変わってきますねえ。領主様のご苦労が偲ばれますよ」
「いやあ、領民の方々が頑張ってくれているからです」
「これはご謙遜を。……あの街道も、並大抵の努力ではできませんよ」
「はは、ありがとうございます」
「今回は、商品を増やしてみました。ごゆっくり見ていってください」
春は2台だった馬車が、今回は3台。うち1台はニコラや御者、丁稚が乗るものなので、事実上1台が2台、倍に増えたことになる。
それだけド・ラマーク領の経済状況がニコラから評価されたということだ。
「ミチア、何と何が必要だったっけ?」
「はい、まずは塩とコショウ、それからお砂糖を」
「そうだな」
さすがにド・ラマーク領では塩は採れない。岩塩も見つかっていないので、こうして買うしかないのだ。
コショウも、南方系の香辛料なので買うしかない。
砂糖は……甜菜糖の生産が始まるまで、これも買うしかないのである。
それ以外のハーブは、なんとか小規模ながら栽培したり代用したりできている。
「わかりました。後ほどお持ちします」
「頼むよ」
「わざわざおいでにならなくとも、後ほどそちらへお伺いしますのに」
「はは、この雰囲気が好きなんだよ」
この後、ニコラは『絹屋敷』に泊まることになっているので、実際の商談はその時でいいわけだが、アキラは領民がどのようなものを購入しているのか、自分の目で確かめてみたかったのだ。
そしてアキラとミチアは、台の上に並べられた商品をゆっくりと見ていく。
同時に、集まった領民たちの様子も観察しているのだ。
「あ、こりゃあ領主様と奥方様ではないですか」
「やあ」
「領主様、奥方様、ごきげんよう」
「元気そうだね」
アキラとミチアに気が付いた領民たちが挨拶をしていく。
が、必要以上に恐縮したりすることはない。
普段からアキラが領民たちと顔を合わせているからだ。
「おかげさまで、娘に新しい服も買ってやれますぜ」
「それはよかった」
経済的なゆとりができている証拠である。
そんな領民たちの買い物を眺めたアキラは、これまでの苦労が間違っていなかったことを実感するのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は7月31日(土)10:00の予定です。
20210724 修正
(誤)こうして政策の効果が出てきたのをすることができるというのは嬉しいものだな」
(正)こうして政策の効果が出てきたのを実感することができるというのは嬉しいものだな」
20210726 修正
(誤)領主様のご苦労が忍ばれますよ」
(正)領主様のご苦労が偲ばれますよ」




