第二十二話 報告会 参
リーゼロッテ担当の報告はあと1つ。『ぬか』である。
『ぬか袋』の効能に関しては今更であるが、『ぬか』についての詳細を行うのだ。
「『ぬか袋』につきましては、もう皆様ご存知だと思いますので、米ぬかの効能について説明させていただきます」
「うむ」
「米ぬかを使うと汚れが落ちることはご存知でしょう。食器の油汚れにも有効です。手荒れも起こしにくく、有益です」
「おお、なるほどのう」
「それから、洗顔にも使えます。ぬか袋としてではなく、米ぬかを少量の水で練って顔に塗り込み、その後洗い流すだけです。お肌がすべすべになります」
「それはいいな。あとで館の者たち全員に教えてやろう」
フィルマン前侯爵は嬉しそうに言った。
「ぜひそうなさってください。……それから、米ぬかの油脂分を使い、床板や壁板を磨くと艶が出ます」
実際に現代日本では、米ぬかを使ったワックスも商品化されている。
「ぬかを布でくるみ、擦り付けるだけです」
「それはいいですな。後ほど試してみましょう」
家宰のセヴランが興味深そうに言った。
「それから、腐葉土と混ぜて熟成させることで堆肥もできるのですが、まだそこまでの量の米ぬかが採れるわけではないので、今の段階ではそういう用途もあるとのみご承知おきください」
「うむ」
「最後になりますが、アキラ様からお教えいただいて『ぬか漬け』なる食品加工法を模索中であることを報告させていただき、終わりたいと思います」
『携通』に簡単な情報があっただけなので、『ぬか漬け』のやり方はまだ確立してはいなかったのである。
「うむ、ご苦労であった」
* * *
「それでは、私の報告をさせていただきます」
今度はハルトヴィヒの番である。
「まずは『太陽熱温水タンク』。未だ研究中ですが、冬場に身体を拭くくらいの温水は作れます。煮炊きの燃料節約にもなります」
「ふむ」
「最終目標は風呂のお湯をこれで賄うことですので、まだまだ完成には程遠いと思っております」
「そうじゃな。今のままではまだ『費用対効果』が不十分だ」
「はい。これからも研究してまいります」
「うむ」
「もう1つ、リーゼロッテと共同開発しました『保存庫』です。こちらは完成しました」
ハルトヴィヒは詳しい説明を行う。
「生鮮食品を保存するものですが、単に庫内の温度を下げるだけでなく、魔法を併用することでより長期間の保存を可能にしました」
「おお、それは朗報だ!」
「それはいいですな!」
前侯爵、現公爵、セヴランら、『蔦屋敷』の面々は身を乗り出すほどに興味を惹かれたようだ。
「低温はもちろんですが……まず、傷む、腐るということは、『細菌』のせいだから『《ザウバー》』で滅菌します」
「うむ、理屈じゃな」
フィルマン前侯爵は頷いた。
細菌については、以前『結膜炎』が流行した際に身に沁みて理解している。
「それから生ものが傷むのは『酸化』もあります。そこで酸素を減らしました」
「なるほどのう」
「そして化学変化を起こしにくくする魔法『《スタビライズ》』の効果を庫内に及ぼすようにしました」
「ふむ」
「これらの効果を組み合わせたことで、少なくとも半年は鮮度を保って保存できました。おそらく1年間は大丈夫でしょう」
「半年までは検証済みか。1年保存が利けばいいのう」
「はい。とりあえず半年ということは、冬に夏のものが手に入るということです」
「そうじゃな。それは嬉しいのう」
「ド・ラマーク領では『桑の葉』それから『タデアイの葉』の保存を行っております」
「生鮮食品は試していないのか?」
「試験的に、川魚と鹿肉、いくらかの野菜で試しました」
「それならば、効果は間違いなくあるようじゃな」
「以上で、私からの報告を終わります」
ハルトヴィヒは一礼して席に戻った。
「補足の提案があります」
ここでアキラが発言する。
「何かな、アキラ殿」
「はい。……ええと、私の世界には『保冷車』というようなものがありまして、低温保存した食品などを輸送する専用の車があります」
クールな宅配便を思い出しながらアキラは説明を行った。
「うむ」
「ですので、同じものではありませんが、こちらでもそうした『保存庫』付きの馬車を作ったらどうでしょうか」
「おお、長旅でも新鮮な食材が手に入るな」
「いえ、それだけではなく、海のある地方から内陸へ、魚などを運べます」
「おお、そうじゃな」
ここリオン地方は海から遠く、新鮮な魚といえば川や湖で捕れる淡水魚だけであった。
だが、この『保存庫』付きの専用馬車を作れれば、今以上に鮮魚が口にできるということ。
そして同時にこれは流通革命であり、経済発展にも大きく寄与するであろうと前侯爵は考えたのである。
「よし。まずは『蔦屋敷』に保存庫を作ってくれ。その後、馬車に積める……いや、最初から保存庫付きの馬車も作ってもらおうか」
「はい、閣下」
ハルトヴィヒは自席で頭を下げた。
* * *
そして、再びアキラからの報告になる。
「街道工事をしながら試してきました結果、道路の舗装方法は『マカダム舗装』が最もコストパフォーマンスがよいことがわかりました」
「ふむ、なるほどな」
「ご存知のように『マカダム舗装』は砕石を敷き、突き固めたものです。砕石は大抵の場合現場もしくはその近隣で調達できますし、破砕にはハンマーとタガネがあれば十分です」
「そうじゃな。以前アキラ殿に聞いたところによると、今の馬車の3倍から4倍の重さになると舗装が傷むかもしれないということであったな?」
「はい。工法によっても変わりますのでどのくらいから、と明言はできませんが」
補修が楽である、というメリットがあり、これは道路の保守という意味で非常に有利である。
アスファルト舗装の場合、補修したところに段差ができてしまうが、マカダム舗装の場合はそれがほとんどないからだ。
「いずれ、王都までの道が全て舗装できたらいいのう」
フィルマン前侯爵は夢を語った。
「はい。そうなれば、馬車の速度も倍とまではいきませんが5割増しくらいにはなるでしょうから、流通も活性化しますね」
「そうなれば当然、経済成長も望めるな」
「はい」
「未来は明るいのう」
前侯爵は祖国の将来に明るいものを感じたようだった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は7月17日(土)10:00の予定です。
20210710 修正
(誤)『ぬか漬け』なる食品加工方を模索中であることを報告させていただき、終わりたいと思います」
(正)『ぬか漬け』なる食品加工法を模索中であることを報告させていただき、終わりたいと思います」
(誤)「はい。そうなれば、馬車の速度も倍とまでは生きませんが5割増しくらいにはなるでしょうから
(正)「はい。そうなれば、馬車の速度も倍とまではいきませんが5割増しくらいにはなるでしょうから
20230619 修正
(誤)「半年までは検証済みか。1年保存が効けばいいのう」
(正)「半年までは検証済みか。1年保存が利けばいいのう」




