第二十一話 報告会 弐
『蔦屋敷』での報告会は佳境に入っていた。
『魔法薬師』リーゼロッテの本領発揮である。
「これはアキラ様からでもよかったのですが、効能関係の説明がありますので私に任されました」
と言って『ヨモギ茶』の効能と加工法の説明が始まった。
「実は、ヨモギをハーブとして使う地方がゲルマンス帝国の西にあるのです」
「ほう」
「ですので私にとりましては馴染みのある野草でした。……それで効能としましてはお酒で疲れた身体に効きます」
「ほほう」
「薬としてではなく、健康茶として毎日飲むことで、いろいろな薬効が期待できます」
漢方薬(民間薬)として、ヨモギは肝臓・黄疸・酒毒・むくみ・利尿・解熱などに効くとされる。
ノンカフェインなので、胃にも優しく、適量であれば病人や妊婦にも向くという。
「また、『薬草風呂』ということで、これをお湯に入れて入浴することで血行をよくしたり、皮膚の保湿や炎症を鎮めてくれる効果も期待できます」
「それはいいな」
「加工法ですが、秋に花穂や茎葉を集め、最初は天日で、後に日陰でじっくり乾燥させます。急いで乾燥させてしまうと香りが飛んでしまいますのでゆっくりじっくり乾燥させるのが品質を上げるコツです」
「なるほど」
「採集は秋に行いますので、絶滅の心配は少ないでしょう」
ヨモギは多年草なので、根が残っていればまた来春に芽を吹いてくれるのだ。
「大きな収入にはなりませんが、住民の健康促進と、お小遣い稼ぎくらいにはなるかと存じます」
「うむ。評判が広まれば需要も増えるかもしれんな」
「それを期待したいと思います」
続いては土壌改良についての報告だ。
「アキラ様からの情報提供により、『骨粉』と『草木灰』による酸性土壌の改良は有効でした」
「うむ」
「骨粉も草木灰も、日常生活で出る廃棄品であるため、それを一定量溜めておくだけです」
「金が掛からんわけだな」
「はい。ただ、骨粉を作る前の動物の骨は、肉片や血を洗い落とすか、軽く火で炙っておく必要があります」
「なるほど、腐敗もしくは雑菌の繁殖を防ぐためですな」
「セヴランさんの仰るとおりです。ひと手間必要ですが、アキラ様がいいアイデアをくださいました」
「それは?」
「出汁です」
「だし?」
「はい。骨を煮込むことで煮汁のベースとなる『旨味』が出てくるのです」
「ほほう……」
「この出汁を使うことで、シチューやスープがより美味しくなります」
「それはいいな」
一部の料理人は『フォン』と呼ぶ出汁を使っていた。
その1つ、『フォン・ド・ボー』は、仔牛の骨付き肉やスジ肉を焼き色が付くまで焼いてからブイヨンや水を加えてゆっくり煮込んで作る。
そういう意味では、アキラが提案したのはフォンではなく『出汁』である。
出汁を煮出した骨はきれいになっているので、乾燥させて粉砕すれば質のよい骨粉になる。
「それでですね、この出汁は日保ちしませんので、作ったらその日のうちに使うことをおすすめします」
そして土壌の話に戻る。
「そうした骨を粉砕したもの、また暖炉の灰を適量土に混ぜることで、『リン酸』と『カリウム』が増え、植物の生育を助けます」
骨はリン酸カルシウムであるし、草木灰にはカリウムが多く含まれている、と説明するリーゼロッテであった。
「うむ……りんさんとかかりうむとかよくわからんが、要するに植物が育つために必要な栄養ということだな?」
現リオン地方領主のレオナール・マレク・ド・ルミエ侯爵が確認するように質問を行った。
「はい、そう思ってくださってけっこうです」
* * *
ここで一旦休憩となる。
時刻は午前11時半を回ったところ。
少し早いが昼食となった。
「いやいや、いつの間にか世の中は進んでいたのですな、父上」
「うむ。『異邦人』がもたらしてくれる恩恵は大きいぞ。そなたも学ぶべきことが多々あるな」
「はい。身に沁みました」
フィルマン前侯爵とその息子であるレオナール侯爵の会話である。
『蔦屋敷』の面々は、知らず知らずのうちに初歩の『科学知識』を身に着けていたので、リーゼロッテの説明もすんなりと理解できたのだったが、現侯爵は違ったようだ。
「アキラ殿がまとめてくれた『教本』は読んでいないのか?」
「忙しさにかまけまして……」
「いかんな。上に立つものが率先して読み、配下を啓蒙する必要があるぞ。特にこの『教本』は有益だからな」
「は、戻りましたら早速に」
「そうするがよい」
この『教本』とは、アキラとミチア、ハルトヴィヒ、リーゼロッテらが共同でまとめたもので、日常生活に役立つ、もしくは直結した科学知識をまとめたものである。
例えば『雑菌』とそれが引き起こす様々な疾病。『だから手を洗い、身を清潔にしましょう』ということが書かれている。
その他公衆衛生に関することや、栄養バランス、病気と健康について、農業の科学的な考察、といった内容になっている。
前侯爵をはじめとして、侍女たちまで読んでいるので『蔦屋敷』の面々は他に類を見ない近代的知識を有し、実行しているのだった。
「料理一つとってもだな、科学的な切り口で見てみると面白いぞ」
「は、父上」
* * *
時間もあまりないので、食事の後、わずかなティータイムのあと、報告会が再開された。
「では、報告を再開します。……絹や毛糸を青く染めることのできる『藍染め』の手法を確立することができました」
「おお!」
「これにより、耐候性の高い青で染めることができます」
「よくやってくれた」
青い色のドレスは、貴族たちの間で羨望の的であった。
が、これまでの『青』はツユクサの花で染めたものであったため、色はきれいだが耐候性が非常に悪く、放っておいても1年ほどで色が褪せてしまうものであった。
そのため、頻繁に『染め直し』をする必要があるため、多色を使ったドレスは仕立てられなかったのだ。
が、『藍染め』ができるようになれば、夜会服のみならず、通常のドレスにも『青』を使うことができるようになる。
それは大きな経済効果をガーリア王国にもたらすであろうと想像することができた。
「当面は布と糸のみを出荷し、染め方は秘匿しておきたいな」
前侯爵が言う。
「そう、3年から5年くらいはそうやって、その後技術を少しつづ公開していこう」
そもそも『アイ』が量産されていないので、技法だけ知ったところで何もできないのである。
「『アイ』も栽培して増やしていこう。そしてその期間に、こちらはさらなる技術向上を目指そうではないか」
「はい」
「わかりました」
リーゼロッテの報告はあと1つである。
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次回更新は7月10日(土)10:00の予定です。




