第十九話 報告会 前夜
アキラたちを乗せた馬車は、林の中の小道を行く。
休憩を一回はさみ、一路『蔦屋敷』を目指していた。
そんな時。
「おや?」
「これは……」
馬車の行く手がいきなり開けたのだ。
林が切り開かれ、見通しがよくなっていた。
少し前にアキラが馬で来た時とは明らかに違う。
「前侯爵の方で伐採してくれたのか……」
街道工事については、ド・ラマーク領がすべてを請け負うことになっているのだが、この様子を見ると前侯爵が手助けをしてくれたようだ。
おそらくは、
『材木が必要になったので、運びやすい道沿いの木を伐って使った』
とでも言うのではないか、とアキラは想像している。
そしてそんな前侯爵の気遣いが有り難かった。
立木が伐採されていれば、街道工事の工程が1つ省けるからだ。
そして馬車は『蔦屋敷』に到着した。
「ようこそ、アキラ様、ハルトヴィヒ様、リーゼロッテ様」
家宰のセヴランが出迎えてくれた。
「そちらは経理担当のシェリーさんでしたね。お疲れさまでした」
「あ、は、はい。お世話になります」
シェリーは今回2回めの訪問にして、初めての『仕事』での『蔦屋敷』訪問になるので少し緊張気味のようだ。
ちなみに1回めは顔合わせ的な訪問であった。
* * *
「ふわああ……気持ちいいです……」
「でしょ」
到着した日は、もう夕方なので仕事関係はなし、というわけで、リーゼロッテとシェリーは入浴中である。
『蔦屋敷』の広い浴室に驚き、なみなみとお湯をたたえた浴槽に身を沈め、手足を伸ばしている。
「ふふ、いずれ『絹屋敷』にもこんなお風呂ができるわよ」
「ほんとですか!?」
「ええ。なにせアキラはお風呂大好きですからね。これだって、アキラがいろいろ知恵を出して改良したのよ」
「ふわあ……。『異邦人』ってすごいんですねえ……」
「そうね」
* * *
そして入れ替わりに、アキラとハルトヴィヒが入浴する。
『蔦屋敷』ではこうして女性陣が先に入ることも珍しくはない。というかアキラが主張し、どちらが先に入るかは日替わりで交代にするようになって久しいのである。
ちなみに、お湯に浸かる前に身体を洗うなどの入浴マナーは徹底されている。
「ああ、ここの風呂も久しぶりだな」
「俺はこの前来た時に入ったけどな」
「そうだったな。……うん、1日も早く、安価な熱源を開発しないとな!」
「そこはハルトが頼りだ。公衆衛生のためでもある。頼むよ」
「任せておけ」
* * *
夕食は、肉類中心のものとなった。
と言っても、分厚いステーキではなく、合挽き肉を使ったハンバーグだ。
「これ、美味しいです……柔らかくて、肉汁がたっぷりで……」
シェリーは初めて食べるハンバーグに感激している。
もちろんこれもアキラが『携通』でレシピを調べたもの。
高齢な前侯爵のことを考え、普段はステーキではなくこちらを食べるように勧めたのである。
もちろん、ハンバーグだけではない。
「僕はこのロールキャベツが好きだなあ」
ハルトヴィヒはロールキャベツを気に入っていたし、
「俺はやっぱりこれだな」
アキラは『餃子』を醤油につけてぱくついていた。
これもまた、『醤油』が手に入った後、アキラが提唱したレシピである。
餃子の皮は小麦粉、中身は豚の挽肉とニラ、それにキャベツ、ヤマネギ(行者にんにく)が入っている。
全員が口にしているので臭いについては安心……? である。
野菜類も多く並んでいる。
トマト、レタス、キュウリを使った野菜サラダに、カボチャの煮つけ。野菜多めの冷スープなど。
そして野菜、山菜と川魚を使った天ぷら。
「アキラ殿も久しぶりであろう。存分に食べていってくれ」
「ありがとうございます」
こちらの世界に来てからずっと過ごしていた『蔦屋敷』。その食べ慣れた味に、ほっとするアキラであった。
* * *
そして夕食後は、アキラ、ハルトヴィヒ、リーゼロッテ、そして前侯爵の4人で雑談をすることになった。
「そうか、2人とも向こうの暮らしには慣れたのだな」
「はい、閣下。毎日充実しています」
「それは何よりだ」
「閣下も、不摂生な生活なさっていないですよね?」
「お、おお、もちろんだ。アキラ殿に教えてもらった健康法はちゃんと実施しているぞ。セヴランもいるしな」
「そうですね、セヴランさんがいるから大丈夫ですね」
「儂は信用ないのう……」
がっくりと、大袈裟に肩を落としてみせる前侯爵。
だがアキラはそれがポーズだということを知っている。
「閣下、演技しても駄目ですからね」
「駄目か」
「駄目です」
「容赦ないのう、アキラ殿は」
「一度お倒れになっているんですからね」
以前王都に行く際、高血圧によると思われる軽い脳梗塞を起こしたのである。
それ以来、前侯爵は酒は控えめに、水分は十分に摂る、塩分は減らす、野菜を多めに食べる……などの指導をしたのである。
それが功を奏してか、以降、前侯爵の健康状態は大幅に改善していたのである。
「おお、それにあの『むか袋』な、女どもがよろこんでおったぞ。汚れは落ちるわ肌が綺麗になるわで」
「『ぬか袋』ですよ。……でもそうした話は明日、ですね」
「おお、そうだな。では、新領地での苦労話など聞かせてもらうとするか。まずはそうだな、リーゼロッテからだな」
「はい」
和気あいあいとした雰囲気で夜は更けていった。
* * *
その晩のアキラは、客間ではなくそのままに保存されている『離れ』に泊まった。
めぼしい家具は引っ越しの際に持ち出してしまったが、ベッドと布団はそのままなので、寝るのに不自由はない。
夏の終わりなので、北国であるこのあたりの夜は暑くもなく寒くもない、ちょうどよい陽気であった。
「あとは明日だな……」
翌日は1日、報告会である。
アキラは寝慣れた寝台でゆっくりと身体を休めたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は6月26日(土)10:00の予定です。
お知らせ:6月19日(土)早朝から20日(日)昼過ぎに掛けて不在となります。
その間レスできませんのでご了承ください。
20210620 修正
(誤)汚れは落ちるは肌がきれになるはで」
(正)汚れは落ちるわ肌が綺麗になるわで」
現代仮名遣いでは『わ』にするようですね




