第十八話 報告 往路
今日は『蔦屋敷』へ定期報告に行く日である。
そのため、朝から『絹屋敷』は慌ただしかった。
『蔦屋敷』へ行くメンバーは、ド・ラマーク領主アキラ・ムラタ・ド・ラマーク男爵、専属研究員ハルトヴィヒ、リーゼロッテ、そして経理担当のシェリー。
ミチアは領主代行として『絹屋敷』に残る。
先にも説明したが、シェリーは警備隊長であるケヴィンの妹で、最初期からの家臣である。計算能力に優れており、4桁の足し算引き算は暗算でこなす。掛け算割り算も3桁であれば暗算ができる。
帳簿付けの初歩を『携通』から引き出し、教えたところ、1日でものにした才女である。
兄のケヴィンと同じ灰色の瞳で、やはり同じ色の茶色の髪をポニーテールにしている。8人兄妹の3女であり、下に1人妹がいる。ケヴィンはすぐ上の兄である。
「準備はいいな? よければ出発だ」
『蔦屋敷』との往復のため、中型の馬車が前侯爵から馬・御者付きで貸し与えられており、アキラの懐は痛まない。
人員の他に、大荷物も運べるよう、4頭立てとなっている。
乗り心地も悪くない。ハルトヴィヒ考案のサスペンションが使われているからだ。
「結局『保存庫』は、部材を持ち込んで向こうで作るのか」
「その方が大きいものが作れるからな。どう考えても、大きいほうが喜ばれるだろう」
「確かにな」
今回の報告の目玉は、なんといっても『保存庫』である。
生鮮食品を半年以上保存できるというのは大きなメリットである。
夏の果物を冬に食べられるのだから、貴族が放っておくはずがない。
また、新鮮な魚を産地から運んでこられるというのも大きな利点である。
「それに『藍染め』の成功も大きいよな」
「苦労した甲斐があったわ」
リーゼロッテもまた、満足そうに頷いた。
「青いドレスは夜会服に引っ張りだこになりそうだよな」
「そうなったら嬉しいわ。絹製品が世の中にいっそう広まるわけだしね」
「あとは、ようやく経営が黒字になったし」
「いえ、アキラ様、『黒字になる見通しが立った』だけです。お間違えなきよう」
「わかってるよ、シェリー。でも、借金借金で雁字搦めな今現在、それを少しでも返済できそうな目処が立ったんだから」
「それはそのとおりですが」
「前侯爵への報告は頼むよ」
「は、はい」
そんな会話をするアキラたちを乗せ、馬車は街道を行く。
「このあたりは道がよくなったなあ」
ハルトヴィヒが感心する。
「だろう? 工事も半分以上進んだから、道中は楽だよ」
ダートを自動車などで走ったことがあるならわかるだろう。
路面の凹凸や波打ちが、いかに乗り心地を損なうものか。
スピードを出そうものなら車が跳ねてしまい、シートベルトをしていなければ天井に頭をぶつけかねないほどの目にあうのだ。
そんな揺れが起きないよう、ダートではあるが均され、固められた路面。
一部は砕石を突き固めた『マカダム舗装』と呼ばれるものが使われている。
また別の場所には石材による舗装、いわゆる『石畳』が。
また別の場所には『ローマン・コンクリートもどき』を使っている。
これは、『火山灰・石灰・海水を混ぜる』という『携通』の情報を元に、『火山灰土』『石灰』『塩水』で作ってみたもの。ゆえに『もどき』なのである。
この世界の『火山灰土』の正確な成分は不明だが、実験室レベルでの試行錯誤の末、実用的な配合比が見つけ出され、試験的に路面の舗装に使われているのである。
こうした『試験的』な舗装を、経年劣化や負荷による劣化がどのくらいかを比較し、コストと工期も併せて評価し、将来的な舗装技術へと昇華させることが最終目的であった。
そして今は、『舗装道路』としての恩恵を十分に受けているところである。
「速度も3割から5割増しといったところかな」
「当然、馬の疲労も少ないし、馬車の傷みも減るだろうな」
ここでアキラは経理のシェリーに質問をした。
「……シェリー、総合的に見てよさそうな舗装はなんだろう?」
「はい、まだ耐用年数が出ていませんので、コストと工期だけからの推測になってしまいますが、『マカダム舗装』が最もよさそうです」
砕石はほぼどこでも手に入るので、材料の現地調達ができる。ゆえに運搬の費用がほとんど掛からないのだ。
石を砕くための設備が少々嵩張るが、一度運んでしまえば、工事と並行して運んでいけるので、それほど負担にはならない。
あとは槌で路面を叩いて『締める』だけである。
「そうか。……『締める』コツがあるらしいから、そっちの職人が育ってくれるといいな」
ロードローラーやタンピングランマー(手で支える方式の路面を叩いて締める機械)といった機械がないので、もっぱら木槌で叩いて締めるため、作業者の熟練度によって仕上がりや耐久性が変わってくるためだ。
「そうですね」
そんな会話をしていると、アキラが苦労させられた湿地帯に差し掛かった。
「お、随分とよくなったなあ」
と、ハルトヴィヒが声を上げた。ここ2ヵ月以上、この湿地帯に来ていなかったので、その変わり様に目を見張ったのだ。
「『い草』の栽培用池をはじめとした『農業用池』を増やしたんだ」
「そのようだな。だけど僕は、この湿地帯を貫く道路に感心したよ」
「予算も掛けて、苦労したからな……」
今現在、基礎と土台は石材で。
路面は近所で採れた木材を使い、いわゆる『木道』のような感じに街道を通していた。
「いずれ、もっと耐久性のある素材に変えたいよな」
「そうだろうな。木のままだと、数年後には腐って穴が空き始めるだろうからね」
「ああ。その前にはなんとかしないとな」
湿地帯を抜け、少し行ったところに草原がある。そこで休憩とし、昼食を食べることにした。
最近何度も『蔦屋敷』との往復を行ったアキラは、道に詳しくなっていた。
昼食は持参したパンや果物だ。前侯爵が派遣してくれた御者の分もある。
「これはおそれいります」
「いえいえ」
しばしの間、馬も休ませておく。
この草原の草は美味なのか、馬の食べっぷりもいいようだ。いい休憩場所である。
アキラたちはアキラたちで、水筒に入れたお茶を飲みながら雑談をしている。
「もう少しすると、工事区間が終わるからな」
「つまり、道が悪くなるということか」
「あまり嬉しくないわね」
「それは同感だ」
* * *
予算が潤沢になったため、年内……というか、雪が降る前に工事を終わらせたいとアキラは思っているのだが、今の進捗状況では微妙である。
何か予想外のトラブルがあったらもう間に合わない。
「なんとかなるよ、アキラ」
「そうよ。あとは特に代わり映えのしない林の中を通すだけだしね」
そんな林の中の小道を、馬車はガタガタと進んでいったのである。
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次回更新は6月19日(土)10:00の予定です。




