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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第8章 新生活篇
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第十六話 藍染めと保存庫

 蚕室さんしつに、蚕が桑を食べる音が木霊こだまする夏の終り。

 『絹屋敷』に、アキラたちの苦労が報われる日が来た。


「アキラ、ついにやったわ!」

 まず、リーゼロッテが執務室のドアを壊さんばかりの勢いで飛び込んできた。

「落ち着いてくれ。いったい何をやったって?」

「これを見てよ!」

 リーゼロッテは手に持っていた絹のハンカチを差し出した。

 それは秋の青空のように深く、鮮やかな青色をしていたのである。

「綺麗だ……ついにできたんだな?」

「ええ。苦労したけど、『藍染め』の技法を確立したわ!」


 藍染め。

 それは植物名『タデアイ』を使って行う染色である。

 現代日本で一般に行われている『藍染め』は、『すくも』と呼ばれる、藍の葉を加工した物を使っている。

 ただし、この『すくも』をつくるのが非常に困難で、なおかつ還元剤がないとあの鮮やかな青が出ないのである。

 また、還元剤としてのハイドロサルファイト(化学物質名亜ジチオン酸ナトリウム、化学式Na2S2O4)の合成もできずにいた。


 『すくも』と『還元剤』。

 この2つがなくとも絹を染められる『生葉染め』をリーゼロッテは研究していたのだ。


 生のタデアイの葉を使う場合、染めたい絹の倍の重さの量を用意する。

 倍量くらいの水を加え、葉をすり潰すと緑色の染色液ができる。ここに絹糸や絹織物を浸けて染めるのだ。

 この時、絹に水分を含ませておくと染まりやすい。

 最初は緑色だが、空気に晒すと酸化してだんだん青くなってくる。

 これが『生葉染め』である。

 これの欠点は、綿や麻は染められないこと、生の葉がある時期でないとできないという2点だ。


「桑の葉の保存と同じようにして、タデアイの葉も保存できそうよ」

「それは朗報だな!」


 桑の葉は春から秋にかけてしか採れず、しかも春先は芽吹いたばかりで収穫量も少ないため、どうしても『春蚕はるご』の飼育数が少なくなってしまう。

 そこでアキラは、ハルトヴィヒとリーゼロッテに『保存庫』の開発を依頼していた。

 ベースは『冷蔵庫』。

 そこに魔法の効果を付与して、最低でも1年程度、生ものが保存できるようなものを研究してもらっているのだ。

 これができれば、食品の保存もより楽になる。


「傷む、腐るということは、『細菌』のせいだから『《ザウバー》』で滅菌するわけ」

「なるほど」

「もちろん低温も必要ね。それから『酸化』よ!」

「酸化?」

「ええ。『藍染め』の研究をしていたから、少し酸化と還元に詳しくなったわ。……で、酸素がなければ生ものは劣化しにくいのよ」

「確かにな」

「だから保管庫の中の酸素を抜いたの」

「理屈はわかる」

「で、最後に『《スタビライズ》』の魔法ね」

 リーゼロッテによれば、『《スタビライズ》』は化学変化を起こしにくくする魔法だそうで、これらを組み合わせたところ、少なくとも半年は鮮度を保ったまま保存できたという。


「春先に収穫した新芽が、8月の終わりになっても新鮮なままだったわ」

「おお、すごい! リーゼ、ありがとう! ハルトにも感謝を伝えてくれ!」

 保存方法の革命だ、とアキラは思った。

 これを王都へ持っていって発表したら、技術料も相当なものになりそうである。

「次の王都行きで発表しよう。2人とも、歴史に名が残るぞ、きっと」


「あたしたちだけの手柄じゃないわ。アキラの『携通』がなかったら作れなかったわよ。だから名誉は3人のものね」

「はは、ありがとう」

 とは言っても『携通』の情報なので、アキラ自身は何もしていないと思っているが。


「よーし、それじゃあ、まずはタデアイと桑の葉を半年分くらい入れておける大きさの『保存庫』を作ってくれ。予算は任せろ」

「わかったわ。そうね、秋になる前にはできると思う。で、さらに改良もするからね!」

「頼んだ」

 来た時と同じような勢いで、リーゼロッテは研究室へと戻っていったのである。


*   *   *


 この『保存庫』ができたことは、絹製品にとっても大きな出来事である。

 というのも、これまでの『青』は『ツユクサ』の花から採った染料を使っていたからだ。

 この染料は、明るく鮮やかな青が染まるものの、非常に耐候性が悪いという大きな欠点があった。

 つまり、日光で色褪いろあせを起こし、また水洗いしても色が落ちてしまうのだ。


 しかし『藍染め』は違う。

 『藍』の染料は元々水に不溶性なので、一旦青く染まった布を洗っても、色は落ちにくい。

 しかも耐候性がツユクサの青とは桁違いにいい。

 実用的な『青』を染められるわけだ。


 欠点は生葉なまばのない時期には染められないことで、これまでは養蚕の閑散期である冬にはできなかったのである。

 それが、この『保存庫』があれば、冬でも『生葉染め』ができるわけだ。


 もちろん、生鮮食品の保存もできるので、用途は広い。

 また、食料の長期保存ができるということは、豊作の年には食料を貯蔵し、不作に備えるということもより一層容易になるというわけだ。

 領主としてのアキラが喜ばないわけがなかった。


「ワサビの栽培も順調だし、来年からは『い草』も栽培するしな。それに砂糖も……」

 書類に目を通しながらも、アキラは将来に明るいものを感じ始めていた。


 そして。

「アキラ様、今年の稲作はまずまずの豊作になりそうだと報告が来ております。野菜類も豊作で、総じてこの秋は豊作ですね」

「お、そうか」

 領主補佐のアルフレッド・モンタンが、報告書を読み上げてくれた。

「豊作ならよかった」

「はい。これもアキラ様が肥料のご指導をなさったおかげです」

「だといいなあ」

 肥料という概念がなく、せいぜいが『灰を撒く』くらいしか行われていなかった土壌改良を、『携通』にあった情報を元に、昨年秋から進めていたのだ。

 いきなり全部の畑で行うのはリスクが高いので、全体の3分の1の畑で行ったのだが、これが大当たり。

 肥料を撒かない畑の1.5倍近い収穫量があったという。

 肥料を撒かない畑はほぼ平年並みなので、トータルでは『やや豊作』となっている。


「来年からはすべての畑で行いますから、増収が期待できますね」

「そうだな。領民の暮らしが上向けばいいんだが」

「大丈夫ですよ、アキラ様」


 モンタンは、アキラの努力は必ず実を結ぶ、と言って励ますのだった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は6月5日(土)10:00の予定です。


 20210529 修正

(誤)生ものが保存できるようなものを研究をしてもらっているのだ。

(正)生ものが保存できるようなものを研究してもらっているのだ。

(誤)費用を撒かない畑はほぼ平年並みなので、

(正)肥料を撒かない畑はほぼ平年並みなので、

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― 新着の感想 ―
[一言] 没落領地の大逆転の準備が整いつつありますねえ 生活に直結している畑が豊作になったことで領主、領民の双方に時間がかかる事業への余裕が生まれますね
[一言] >>蚕室に、蚕が桑を食べる音が木霊する夏の終り。 ……ボリボリ……クチャクチャ……「た、助け」……モグモグ……「ギャー!」……ペチャペチャ…… >>まず、リーゼロッテが執務室のドアを壊さ…
[一言] 環境といえば、夏場の紫外線って印刷物の色変えちゃうんですよね〜 現代でさえそんな感じだし、まだまだ大自然には勝てないなと ジ「いっそ生物由来じゃなく生物そのものを染料にしてみよう」遺伝子改…
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