第十二話 次のステップへ
自分の世界の香辛料『ワサビ』についてひととおり説明したアキラ。
「それから、まだ未確認ですが、葉や茎からもワサビの辛味成分が抽出できまして、それを使うと防カビの効果があるようなんです」
「ほほう」
『携通』でワサビについて調べてみた結果である。
現実に現代日本でも穀物の保存容器に入れてカビを予防する製品が出回っている(他にもトウガラシの成分を使ったものもある)。
それのみにとどまらず、革靴や皮製品の防カビにも使える製品もあったのだ(革靴用品で有名なメーカーが販売している)。
「長靴や馬具、軽鎧など、革製品も多いですので、保存に使えるのではないでしょうか」
「ううむ……確かにな。……しかしアキラ殿、怒涛の勢いで産物を見つけてくるものだな」
「あ、はい……」
「いや、叱っているのではない。ないが、先にも言ったように、焦ってはならぬ。例えば今回の来訪だが、馬を相当酷使したようだな?」
「はい……」
「万が一、馬が倒れ、投げ出されたら大怪我では済まなかったかもしれないぞ。しかも単独で、だ」
「……」
「領主であると同時に、ミチアの夫であることも自覚しないとならぬな」
「……反省、します」
フィルマン前侯爵の言葉はアキラの胸に染みた。
「そうした問題も、街道の整備が終われば、より改善されるのだが、どうにも待っていられない事情があるのはわかる。だがな、もう少し自分を大事にせよ」
「済みま……いえ、ありがとうございました」
「うむ、わかればよろしい。……では今夜、アキラ殿の持ってきてくれた『ワサビ』を食べてみよう」
* * *
アキラは『蔦屋敷』の厨房で和風ステーキのレシピを説明し、その後、屋敷の冷凍庫に保存されていた鮭を見つけた。
「完全に凍っているから、『ルイベ』になるな」
ルイベとは、簡単にいうとサケ類を冷凍保存したもの、またそれを凍ったまま薄切りにした刺身をいう。
淡水魚には寄生虫が付いていることが多いが、凍らせることにより駆除……というより死滅させ、安全に食べられるようになるわけだ。
「ワサビも少ないし、あとは茎を刻んで醤油漬けにして酒のおつまみかな」
とりあえず少ないワサビでできるだけ食べやすそうなものを用意したアキラである。
* * *
「〜〜〜〜〜!!」
「こ、これは、辛い……な……!」
「付け過ぎです、2人とも」
夕食時に出した和風ステーキで、まずセヴランが、その少しあとに前侯爵が、ワサビの塊ごと肉を口に運んだのである。
「い、いや、味わうには多めの方がいいかと思ってな」
前侯爵は涙を目に浮かべながら言い訳をしていた。
「鼻にくる辛味ですので、少量から始めて、自分に丁度いい量を見極めてくださいと説明したでしょう……」
「いや、面目ない」
「セヴランさんも」
「〜〜〜〜……! ……い、いや、毒味といいますか、味見を兼ねてですので多めに…………」
セヴランは鼻水まで垂らしている。
珍しい姿が見られたな、と思うアキラであった。
「いや、慣れればなかなか美味い」
「ですね、旦那様」
「儂も齢のせいか、脂身が苦手になってきていたが、このワサビを付けると脂っこさが緩和されるようだ」
「それもワサビの効能ですね」
「それにこの、おひたし、と言ったか。辛口の白ワインに合うな」
「本来なら清酒なんですけどね」
日本酒の醸造は研究中である。まだまだ『米』の供給量が不十分なのだ。
ド・ラマーク領に水田が増えたら研究を進めようと思っているアキラであった。
* * *
結果的に『ワサビ』の紹介も大成功であった。
「これならド・ラマーク領の名産になるぞ」
前侯爵が太鼓判を押してくれた。
「そうだな、軌道に乗り始めたら、レシピとともに王家に献上するのだ。王都で流行すれば、絶対に需要が高まる」
「それはいいですね」
「南部の暖かい地方は栽培に向かないのが強みだ。競合する相手が少ないなら、利益も上がるだろう」
「はい」
「輸送方法も、急がぬが考えておくように」
「わかりました」
葉付きで冷水に浸しておけば、1週間くらいは新鮮なまま輸送できる。
保冷容器や、魔導士が『冷却』を使ってくれるなら、根ワサビの輸送も問題ないだろう、とアキラは考えている。
「できれば、もっと速い輸送手段があるといいんですけどね」
輸送用のトラックが欲しかったが、それは詮無きこと。
今できる手段を尽くすだけだ、とアキラは考え直したのである。
* * *
一晩ぐっすり眠ったアキラは、少し早めの朝食を済ませ、『絹屋敷』へ向けて馬を走らせた。
今度は往路のような焦りはなく、馬を必要以上に急がせることもない。
結果的に休憩時間も短めで済むことになり、急いだ時と30分も変わらない時間で『絹屋敷』に到着できたのである。
「お帰りなさい、あなた」
「ただいま、ミチア」
『絹屋敷』に帰り着いたアキラを、ミチアが出迎えた。
「うまくいったのですね?」
「わかるか?」
「はい。行きとはお顔の色が違いますもの」
「そうか」
馬を厩舎に回しながら、アキラは『蔦屋敷』での顛末を説明した。
「まあ、そうでしたの。でも、うまくいってよかったですね」
「うん、そうだな」
これでド・ラマーク領の経営も一息つける。
アキラの中にあった焦りもなくなり、本格的に内政に取り組むことができそうだ。
季節はもうすぐ初夏である。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は5月8日(土)10:00の予定です。
20210501 修正
(誤)とりあえず少ないワサビでできるだけ食べやすそうなものを容易したアキラである。
(正)とりあえず少ないワサビでできるだけ食べやすそうなものを用意したアキラである。
20210505 修正
(誤)急いた時と30分も変わらない時間で『絹屋敷』に到着できたのである。
(正)急いだ時と30分も変わらない時間で『絹屋敷』に到着できたのである。
20210507 修正
(旧)それを使うと防カビに効果があるようなんです」
(新)それを使うと防カビの効果があるようなんです」
(旧)現実に現代日本でも穀物の保存容器に入れて防カビにする製品が出回っている
(新)現実に現代日本でも穀物の保存容器に入れてカビを予防する製品が出回っている




