第八話 産物チェック
アキラが売り物になりそうな特産物は何かないかと頭を悩ませているその場にやって来たのは元代官で現領主補佐のアルフレッド・モンタン。
「旦那様、お悩みですね」
「ああ、そうなんだ。なんとかして財政を立て直したいんだけどな……」
「お察し致します。……旦那様は『異邦人』としての視点で、何かできることを模索していらっしゃるのですよね?」
「ああ、そうだ」
アキラが『異邦人』であることを、アルフレッド・モンタンも承知している。何しろ国王公認なのであるから。
「でしたら、まずはこの領内の産物をリストアップし、可視化してからお考えになられるとよいのではないでしょうか」
「なるほど、可視化か」
こうした検討を脳内だけでやっていると行き詰まりやすい。
そこで視覚化することで、目から入った情報が新たな刺激となって、思いがけない閃きに繋がることもあるのだ。
同様に、声に出して読み上げるという手もあり、この場合は耳から入った情報が刺激となる。
そういうわけでアルフレッドはアキラに『情報の可視化』を進言したのであった。
「よし、やってみよう。アルフレッド、手伝ってくれるか?」
「もちろんでございます」
そこでアキラは執務机の上に大きめの紙を敷き、ド・ラマーク領の大まかな形を描いた。
「ほう」
単なるリストアップではなく、領内の分布までよりわかりやすく可視化しようというアキラの試みに感心するアルフレッド。
「では、産物を挙げていきますので書き込みをお願いします」
「頼む」
「まず、小麦・大麦、豆類。主要農産物であり、各地で生産されておりますので、これらは書き込まずともよろしいかと」
「そうだな」
「まずは桑の葉、果実が取れる桑畑ですね。南部から東部にかけての丘陵を切り開き、栽培しています」
「うん」
「牧畜は西部の一部でのみ行っており、ヤギが主流です。同じように養鶏も行っています、この2つを行っている地区はほぼ重なっています」
「よし」
アキラは手書きの地図に書き入れていく。
「開墾を進めております北部ではジャガイモを植えています」
「そうか」
「その他の根菜類としてニンジン類が各農家で少しだけ作られております」
次々に産物を挙げていくアルフレッド。長年代官を務めてきた彼ならではの知識である。
「……それから、先ごろお飲みいただいた『よもぎ』。川沿いの土手を始めとする草地ですね」
「うん」
「旦那様が使えると仰った『い草』。湿地帯の池です」
「そうだな」
そこで一旦アキラの手が止まった。
「こうしてみると、養蚕とよもぎ、い草以外は普通だな」
「はい。他の領地でも大なり小なり作られていると思います」
「だなあ……」
「あとは、かなり特殊な作物類になるかと思いますが」
「まだあるのか」
「はい。……これはハーブに分類されると思いますが、『辛菜種』が若干」
「からなたね?」
アキラも初めて聞く植物名だった。
「はい。涼しい地方でしか栽培できない作物で、葉や茎にピリッとした辛味があるのです。辛子や唐辛子、コショウとはまた違った辛さですので、好む人もいます」
「ふうん」
「それから『甘大根』」
「あまだいこん?」
「はい。小さな大根のような植物ですが、ほの甘いので食べる人がいます」
「いいんじゃないか?」
「ですが、灰汁が強くて、しかも土臭いので一般受けはしないかと」
「そうか……でもまあ、候補には挙げておこう」
こういう場合あまり先入観を持っていると、思わぬ見落としをすることもあるのだ。
「あとは木の実やキノコはどうだ?」
「そうですね、キノコでは……松林に出るキノコ、雑木林に出るキノコの幾つかは食べているようです」
「おお。……だけど秋にならないと確認できないか」
もしかしたらシイタケやマツタケが見つかるかもしれないとアキラは期待している。
醤油があれば、それらを美味しく調理できるからだ。
「木の実の方は?」
「はい。クルミとクリが山にありますね。子どもたちが主に集め、おやつにしているようです」
「こっちも栽培したいが……収穫までには時間が掛かるな」
クリならば甘露煮にするなどして付加価値を付ける手もある。
だが、採算がとれるまでには時間が掛かるだろうな、とアキラは想像した。
桃栗3年、というのは苗を植えてから収穫できるまでの年数だという。
そこからするとクリは短い方であるが、今年の収入増には期待できない。
それどころか、クリの苗木を植えようとしたらさらなる初期投資を迫られることになるだろう。
「……まずは、こんなところでしょうか」
「ありがとう。……気になるのがこの『辛菜種』と『甘大根』だな」
「それでしたら、この付近の家でも栽培していると思います。ああ、『辛菜種』でしたら庭に生えているかもしれません」
「そうか。よし、見てみよう」
考え倦ね、行き詰まったアキラは、気分転換も兼ねて庭に出てみることにした。
* * *
『絹屋敷』の庭は広い。敷地面積だけで言ったらフィルマン前侯爵の『蔦屋敷』よりも広い。
「……荒れているけどな」
草ぼうぼうの場所が半分以上を占めているのだ。
手入れをする手間と人手が惜しいからである。
「ええと……ああ、ありましたありました。こちらです。御覧ください」
一緒に庭に出たアルフレッドがアキラを手招いた。
「これが『辛菜種』か……」
半ば野生化したと思われる『辛菜種』が数本群がって生えていた。
確かにその草は、菜種ににた白い花をつけている。
「この花や葉をかじるとピリッと来るんです」
「どれどれ」
アキラは葉の先をむしって、口の中に入れてみる。
噛んでみると、確かにピリッとした香りが口の中に広がり、鼻に抜けた。
「う、辛い……」
だが、どこかで味わったことのある辛さである。
「どこだったかな……」
考えたが思い出せないので、アキラはもう一度、今度は茎をむしって口に入れてみたのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は4月10日(土)10:00の予定です。
20210403 修正
(誤)松林に出るキノコ、雑木林に出るキノコの幾つかは食べていようです」
(正)松林に出るキノコ、雑木林に出るキノコの幾つかは食べているようです」
(誤)草ぼうぼうの場所が半分以上を締めているのだ。
(正)草ぼうぼうの場所が半分以上を占めているのだ。
(旧)単なるリストアップではなく、領内の分布まで可視化しようというアキラの試みに感心するアルフレッド。
(新)単なるリストアップではなく、領内の分布までよりわかりやすく可視化しようというアキラの試みに感心するアルフレッド。




