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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
ちょっと長めのプロローグ
2/418

第二話 侯爵家別荘にて

虫が嫌いな方はご注意下さい。

でも今話には虫要素皆無です。

「こちらへどうぞ」

 ミチアに案内され、洋館へと案内されていくアキラ。

 洋館の脇には小さな木造の建物があり、いい匂いが漂ってくる。その匂いを嗅いだアキラのお腹がぐうと鳴った。

「あら、お腹が空いてらっしゃるんですね」

「ええ、恥ずかしながら」

 経過時間がわからないが、体感的には半日以上……1日近く食べ物を口にしていない。

「いえ、迷ってらしたんですもの。それじゃあ先に何かお出ししますね」

「済みません、助かります」

 状況を知るのも大事だが、今はこの空腹を何とかしたい、という思いが勝る。

 ミチアはアキラを木造の家のほうへと導いていった。

「こっちは私たち使用人の家なんです」

 そう説明したその建物は、洋館に比べれば小さいが、建坪は20坪ほどもあり、木造、丸太作り平屋建て。アキラの感覚としては立派な一軒家だ。

「どうぞお入り下さい」

 招き入れられたのは厨房と食堂が一緒になったような部屋。

「どうぞ、そこにお座りになってください」

 置かれていたのは6人掛けのテーブル。その端にアキラは腰を下ろした。

「……ふう」

 いざ座ってみると、疲れていたことを実感する。

「こんなものしかありませんけど」

 そう言ってミチアが持ってきたのはスープと黒いパン、そして木のコップ。コップには水が入っている。

 喉が渇いていたアキラは、まず水を一口。

「……美味い」

 今まで飲んだ、どんなミネラルウォーターよりも美味い気がした。

 続いてスープを一口。

「……美味い」(けど、味が薄い)

 そのスープは、野菜の味が濃厚だった。ニンジンのような赤い野菜は甘く、黄緑色の葉野菜もまた違った甘さを持っている。

 ジャガイモのような野菜には、僅かに入っている肉の出汁が程よく染み込んでいた。

 だが、塩味が途轍もなく薄かったのである。

 アキラも、高血圧を避けるため、また腎臓への負担軽減のため、1日の塩分量がどれくらいか、保健の授業で教育を受けていた。

 だが、それを参考にしても、この味は薄すぎたのである。

(野菜の味しかしない……これはこれで美味いけど)

 そして黒みがかったパン。

(少し酸味があるけど、これはこれで美味いな。でも、ちょっと硬い)

 あまり膨らんでいないようなので、イーストか膨張剤が少なめなのかとも思う。

 いずれにせよ、批判的なことを口に出すほどアキラは大人げなくはなかった。

 空腹は最高の調味料という。それを体現するように、アキラは出されたスープとパンを瞬く間に平らげたのであった。

「ごちそうさま。美味しかったです」

「おそまつさまでした。お口にあってよかったです」

 アキラが全て食べたのをみて、ミチアはにっこりと微笑んだ。

「……ちょうどいいですので、ここでお待ちください。大旦那様にお知らせして参ります」

「あ、ちょっと」

「はい?」

 そう言って洋館へと向かおうとしたミチアを、アキラは呼び止めた。

「あの、それでしたら、済みませんが水をもう一杯いただけますか」

「あ、はい。気付きませんで。……どうぞ」

 ミチアは大きな水瓶から柄杓のようなもので水を汲み、アキラのコップに注いでくれた。

「ありがとうございます。本当に美味しい水ですね」

「そうですか? うちの井戸の水なんです。……では、少々お待ちくださいね」


 ミチアが出ていったあと、一人になったアキラは考える。

(外国じゃない可能性が高い……とすると地球じゃないということになるのか? ……植生を考えると有り得るな……)

 アキラは頭を抱えてしまった。

「ああ、いったいどうしてこんなことに?」

 思わず口に出して愚痴ってしまう。

 そんなアキラの耳に、足音が聞こえた。

「アキラ様、大旦那様がお会いしたい、とのことです。いらしていただけますか?」

「あ、はい、今行きます」

 現状をきちんと認識するため、悩みはひとまず後回しにして、アキラはミチアの主人である『大旦那様』に会うべく、案内されるがまま洋館に足を踏み入れた。


*   *   *


「ようこそ、『蔦屋敷』へ」

 アキラを出迎えたのは初老の男性。髪と豊かな髯はすっかり白くなっており、青い目は優しげだった。

 身体は引き締まっており、健康そうだ。

 背後にはもう少し若いと思われる男が立っていた。服装からして執事ではないかとアキラは想像する。

「こちらが蔦屋敷のご主人様で、フィルマン・アレオン・ド・ルミエ前侯爵様です」

「村田アキラと申します。アキラが名前で、ムラタが姓になります」

「ほう、変わった名だな。では、アキラ殿と呼ばせてもらおう。儂のことはフィルマンと呼んでくれ」

「はい、フィルマン様」

「これは儂の家宰でセヴランという」

 フィルマンは背後に立っていた執事らしき男を紹介した。

「セヴランと申します。以後お見知りおきを」

 セヴランは長身でやや痩せ形。灰色の髪に、同じ色の瞳をしている。

「立ち話も何だ。まあ、座るがいい」

 名乗り合ったところで、フィルマンはアキラに座るよう促した。

「失礼します」

 アキラは、ミチアが引いてくれた椅子に腰を下ろす。

 フィルマンが使っている机は、シンプルだが重厚な造りだった。

「まずは質問だ。ミチアからも聞いたが、君の口から直接聞きたい。アキラ殿、君はどこから来たのだね?」

「はい。自分は『日本』という国から来ました」

「『ニホン』……聞いたことがないな。……セヴラン、お前はどうだね?」

「はい、大旦那様。私も聞き覚えがございません」

「ふむ……アキラ殿、ニホンとはどのあたりにある国なのだね?」

 アキラはどう説明したものか、と少し考えを巡らせてから口を開いた。

「それをお答えする前に、失礼とは存じますが、この国、そしてここは何という所か、お教えいただけますでしょうか」

「うむ。何か事情があるようだな? ……この国は『ガーリア』、ここは『リオン地方』だ」

 やはり未知の国名、地名だったことで、先程からのアキラの疑念はほぼ確信に変わった。

「おそらく自分は、こことは違う、別の世界から迷い込んだのではないかと思われます」

「別の世界とな? それは比喩ではなく、『異世界』ということなのか?」

 異世界、という表現が出たことにアキラは少し驚いた。

「信じていただけるのですか?」

「うむ。大昔だが、そういう人物が幾人かいたという伝説が残っておる」

 それに、アキラの服装や、黒い目、黒い髪を見ても、この世界ではまず見られない、と侯爵は言った。

「そうなのですか……」

 自分と同じ境遇の者がいたということを聞き、アキラは聞かずにはいられない。

「その人はどうなったのですか? ……その……元の世界に帰られたので、しょうか……?」

 質問の意図を察したフィルマンは、少し沈痛な面持ちを見せた。

「……それがな……」

 言葉を濁したその様子を見て、アキラは察してしまう。

「帰れなかった……のですね」

「……うむ」

「……」

 しばらく沈黙が落ちる。

「……アキラ殿」

 フィルマンが、静かな声で語りかけた。

「境遇はお察し申し上げる。……しばらくはこの館に留まり、身の振り方を決めたらどうかな?」

「よろしいのですか?」

 フィルマンは鷹揚に頷いた。

「ああ、構わぬ。……そうだな、ミチア、最初にお前が出会ったのも何かの縁だろう。お前がアキラ殿の世話をしなさい」

「は、はい。承りました」

「部屋は……そうだな。裏の『離れ』あたりがよいだろう」

 こうしてアキラは右も左もわからぬ異世界で、運良く居場所を見つけることができたのであった。

お読みいただきありがとうございます。


次の更新は2月3日(土)の予定です。


28日(日)夕方まで帰省してまいりますのでその間レスできません。御了承願います。


 20190707 修正

(誤)1日の塩分量がどれくらいか、保険の授業で教育を受けていた。

(正)1日の塩分量がどれくらいか、保健の授業で教育を受けていた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] フィルマンとは、どこから来たのかと問われ、異世界からと答えただけで、部屋に案内されたんだね。もっと色々尋ねられると思ったよ。
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