第七話 温水器
アキラは『研究所』へと向かった。
とはいえ、建物は研究所とは名ばかり、単なる木造の古家である。
そこではハルトヴィヒとリーゼロッテが、日夜様々な……文字どおり『研究』を行っているのだ。
「どんなものかな?」
研究所の中に入るや否や、アキラは進捗状況を尋ねた。
「やあアキラ。そっちも忙しそうだな」
「ああ、まさに『貧乏暇なし』だよ」
「暇を持て余すよりもいいと思うわよ」
「やあ、リーゼロッテ」
アキラがハルトヴィヒと話をしていたら、その奥さんのリーゼロッテもやってきた。
「進捗状況ね? 温水器の」
「うん。どうだろう?」
「まずは、こういうものを作ってみた」
ハルトヴィヒが運んできたのは平べったい金属製のタンクだった。色は真っ黒に塗られている。
「私が開発した金属用塗料よ」
「なるほど。まずはこれを日向に出して、中の水を温めさせようというわけだな」
「そういうことだな」
タンクの大きさは50センチ掛ける50センチ掛ける5センチなので容量は12リットルくらい。
料理や洗い物に使うならまあまあ実用的な量だ。
「量産はできるのか?」
「素材が確保されていると仮定して、今は1日5個だな」
「微妙だな」
大雑把に言ってド・ラマーク領の戸数は2000。
1日5個では400日掛かってしまう計算になる。しかもハルトヴィヒたちには他の研究もしてもらわなければならない。
いや、そもそもハルトヴィヒたちに量産を任せるのは筋違いなのだ。
「もうちょっと工夫して実用的になったら前侯爵に売り込むか……」
そうすれば、前侯爵の人脈で量産化してもらえるだろうとアキラは考えたのである。
「それが一番よさそうだな。……で、アキラはこれを見て、どこに改善の余地があると思う?」
「そうだな……面積だろうな」
「やっぱりそう思うか」
「うん」
アキラが『面積』と言ったその意味は2つ。
日光を受ける、タンクの『面積』。これが大きいほどより多くの日光を受けられる。つまり『太陽熱』を多く受け取れる。
中の水と接触する『面積』。これが大きいほど、温まったタンクの熱を水に伝えられる。
「だから平べったくしてみたんだが」
「わかるよ」
おそらく、これ以上平べったくしてしまうと、タンクに使う金属板の量が飛躍的に増えてしまい、コスト的に引き合わなくなるのだろう。
そこでリーゼロッテが開発した塗料だ。
「今までの塗料より、格段に太陽熱を吸収してくれるはずよ」
できるだけ『反射』を抑えた、『黒い』塗料なのだという。
「これだと、今の季節ではだいたい1時間で中の水が風呂並みの温度になる」
「おお、かなりいけるな」
そのくらいなら、前侯爵に売り込めそうだとアキラは安堵した。
「まずは、50℃くらいのお湯を作れれば、生活も少しは楽になるだろう」
10℃の冷たい水を沸騰させるのと、50℃のお湯を沸騰させるのでは燃料の消費量が違う。
もちろん『太陽熱温水タンク』の値段次第ではあるのだが……。
住民の生活水準を向上させるために、打てる手は何でも打ちたいアキラであった。
そしてふと思いついたことを口にする。
「表面を……なんというのかな、凹凸をつけて強度をあげられないかな?」
ざっくりとした絵を描いて説明するアキラ。
携行用の燃料タンク(ジェリカン)には、必ずといっていいほど、X型などの凹凸があって、強度を上げていたことを思い出したのだ。
もし、それを実用化できれば、タンク用の板金の厚みをもう少し薄くできるだろう。つまり材料費を節約できるわけだ。
しかも凹凸の分だけ中の水と接触する面積が増える。まさに一石二鳥だ。
「うん? これって……プレスで作った板を2枚貼り合わせて作れるんだな」
アキラの絵を見て、ハルトヴィヒが言う。
例えるなら肉や刺し身を販売する際のスチロールのトレイのような形状に板金をプレスし、それを2つ合わせて溶接することで加工の手間を大幅に減らせる。
ハルトヴィヒはそれに気が付いたのだった。
「よし、そっちの線でもう一度試作してみよう」
「ぜひ頼む」
「任しとけ、領主様」
そんなやり取りを経て、アキラは『研究所』を後にしたのである。
* * *
「とにかく予算が足りない」
執務室に戻ったアキラは、書類を片付けた後、またもや頭を悩ませていた。
何をするにも先立つものがいるわけで、それらを借金で賄えば賄うほど、財政は苦しくなっていくわけだ。
「手っ取り早くお金を稼がないと、何もできない」
悩み、考え込むアキラ。
「現代日本の知識なんて、ほんと、役に立たないものが多いよな……」
つい愚痴ってしまう。
「あとは、単純な『おもちゃ』なら売れるかもな……」
『特許』とか『商標』という概念のないこの世界では、すぐに真似されて他の地方でも作られてしまうだろうから永続的な利益は得られないかもしれないが、手っ取り早くお金を稼ぐことはできそうである。
その線で何かないか、アキラは考え始めた。
「コマ……はどうだろう」
単純なコマではなく、例えば『色ゴマ』。
コマの上面の色を塗り分け、回すことで『混色』の効果が得られるのだ。
赤と青なら紫、黄色と青なら緑、というように。
また、渦巻やグラデーションも面白い効果が出る。
「これならイニシャルコストはほとんどいらないからな」
ただし利益も小さいだろうと思われた。
とはいえ、小遣い稼ぎくらいにはなるだろうと、アキラは『色ゴマ』を候補の1つに挙げるのであった。
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次回更新は4月3日(土)10:00の予定です。
お知らせ:3月27日(土)早朝から28日(日)昼過ぎまで不在となります。
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20210328 修正
(旧)しかも凹凸の分だけ面積が増える。まさに一石二鳥だ。
(新)しかも凹凸の分だけ中の水と接触する面積が増える。まさに一石二鳥だ。