第六話 新米領主の苦労
アキラは、養蚕の大敵、ネズミの害について報告を受けている。
「ここ最近、アキラ様の指導で生ゴミの焼却や堆肥への転用と下水処理を行った結果、ネズミの発生率が4割減っております」
「おお、それは朗報だ」
そしてアキラは次の手を打つことにする。
「それから、ネズミ1匹に5ペニヒの賞金を出すと言ったら、どうなるかな?」
「え、1匹で5ペニヒですか!?」
「ああ。少ないかな?」
「いえいえ、それならみんな、せっせとネズ公をとっ捕まえるでしょう!」
「そうか、それならその旨を交付しよう」
ペニヒは補助通貨で、100ペニヒで1フロンである。
1フロンがおよそ100円なので5ペニヒは5円相当ということになる。
1匹5円では大したことがないようにも思えるが、物価全般の安いド・ラマーク領なので、子供の小遣い稼ぎくらいにはなるだろうと思われた。
「みんな喜びます。……そんなにネズミの害って気になるんですか?」
「なるんだよ」
養蚕小屋の周りは最初期から徹底してネズミの餌になりそうなものを排除しているので、今のところ被害は皆無である。
なので新米技術者たちはネズミの害について身に沁みていなかったのだ。
いや、まあ、それを言ったらアキラも知識として知っているだけなのだが……。
ネズミは、蚕の卵、幼虫、蛹=繭、どれも食べてしまうのだ。
それゆえ養蚕農家はネコを飼い、ネズミの害を防いだという。
他にヘビ、ムカデもネズミの天敵として大事にされ、信仰されたという。
ただしムカデはどこまで効果があったか不明だ。
むしろ、ムカデを使いとしている毘沙門天の信仰からではないかという説もある。
閑話休題。
ネコとヘビは間違いなくネズミを捕食するので、ネコの石像を神社に奉納したり、ネコの姿の入ったお札を神棚に供えたり、蚕室に貼って、ネズミ除けや養蚕の無事を願ったという記録もある。
ヘビもネコ同様、お札に描かれたり絵馬になったりしているようだ。
つまりはそれほど、過去の日本ではネズミによる養蚕の被害が大きかったのである。
領主として、また養蚕の指導者として、そのネズミの害を気にしないわけにはいかないアキラなのであった。
* * *
執務室へ戻ったアキラは書類仕事をしていた。
「今年は絹織物を少し織れそうだな」
昨年は『養蚕』という『作業』を理解してもらう年だったが、今年は『産業』として理解させなければいけない、と考えている。
そのためのスケジュールやカリキュラム作りが思ったより捗らないのだ。
それというのも不確定要素が多すぎるからである。
「あなた、少し休憩なさったら?」
お茶をアキラの前に置き、ミチアが言った。
「うん、そうするか」
書類を机に置いたアキラは大きく伸びをした。
「……美味い」
お茶を一口飲んだアキラは、それがいつもの『桑の葉茶』ではないことに気が付いた。
「よもぎ茶です」
「ああ、これはよもぎの香りか」
草餅の香り、といえばわかるだろうか。春の香りである。
「このド・ラマーク領で飲まれているそうですよ」
「そうだったのか。去年は気が付かなかったな」
「ええ。それほど多くは作っていないそうですので。でも、いろいろと身体にいいようなので、今年からたくさん作るよう奨励しました」
「ミチアが?」
「はい。……ヨモギを摘んで来るのは女子供ですので。あなたはいろいろと多忙でしたので、私の独断で進めました。事後報告になってすみません」
「いや、いいんだ」
ミチアはアキラの『携通』に保存されていた様々なデータをほとんど筆写してくれており、その際にそうした知識を身に着けているのだ。
その中には『野草茶』に関する情報もあり、『よもぎ茶』にはデトックス効果があることがわかっている。
「春を迎えて、身体に溜まった毒素を排出する、という意味でもいいお茶だと思います」
「そうだな。生薬……というよりは民間薬に類するお茶だけど、健康にはよさそうだ」
特にダイエットに効果があるお茶の量産ができるなら、王都を中心とした貴族の婦人たちに人気が出るのではないかとアキラは気が付いたのだった。
「特産物候補に挙げておこう」
「では、産業として成り立つかどうか、様子見ですね」
「そうなるな。ミチア、頼めるか?」
「はい、あなた。領内の女子供にもできる仕事ですので、うまくいけば経済的にも助かるはずです」
「だといいな」
こうしてまた1つ、ド・ラマーク領の希望が増えたのだった。
* * *
「あとは福祉の問題だが……」
「温泉、ですね」
「うん。探させてはいるんだが、見つからないんだよなあ」
お湯を沸かすには燃料が必要で、まだまだ貧しいド・ラマーク領では、入浴という習慣はない。
夏は水浴び、冬は身体を拭く程度、という家が多いのだった。
日本出身で風呂好きのアキラとしては、なんとかしてそんな状況を打破したいのだ。
それで、アキラは領地内に温泉が出ないかと思い、探しているのだがまだ見つかっていないのが現実であった。
「後はハルトに頼んでいる『太陽熱温水器』の実用化だな」
ド・ラマーク領は晴天・雨天がはっきりしており、曇天は少ないのが特徴だ。
なので晴れた日なら太陽熱温水器でお湯を作れるだろうとアキラは考え、『携通』から概略の資料をピックアップし、技術者であるハルトヴィヒに試作を依頼したのである。
これが安価で量産できれば、温泉とはいかずとも、気軽に風呂に入れるようになるはずなのだ。
また、燃料の節約にもなる。
水資源に関しては、ド・ラマーク領は豊富なのだから。
「温水器がうまく行けば量産化して王都で売れるかもな」
そうすれば借金を返す足しにはなるだろうとアキラは考えていた。
領地経営の大部分は代官に任せているのだが、それでもこうしてアキラがやるべきことは少なくない。
新米領主のアキラとしては早く領地経営を軌道に乗せ、養蚕に集中したいと思っているのだが、まだまだその日は遠そうであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は3月27日(土)10:00の予定です。
20210320 修正
(誤)アキラ様の指導で生ゴミの償却や堆肥への転用と下水処理を行った結果
(正)アキラ様の指導で生ゴミの焼却や堆肥への転用と下水処理を行った結果
(誤)それゆえ養蚕農家はネコを飼い、ネズミの外を防いだという。
(正)それゆえ養蚕農家はネコを飼い、ネズミの害を防いだという。
(誤)新米領主のアキラとしては早く領地経営を軌道に載せ
(正)新米領主のアキラとしては早く領地経営を軌道に乗せ
(誤)「そうか、それな、その旨を交付しよう」
(正)「そうか、それならその旨を交付しよう」