第三話 燈心
大急ぎで『絹屋敷』に帰ったアキラは、屋敷にいる者たちに持ち帰った草のことを聞いて回った。
が、誰もわかるものはいなかったのである。
直接生活と関わりのない知識を蓄えるということは、貧しい庶民には難しいのだなと、改めて認識した領主アキラである。
「うーん……」
「あなた、どうなさいました?」
「ああミチア、この草について詳しい人を探しているんだが……」
「草ですか? そうなると、やっぱりミューリ……でしょうか……」
「やっぱりそうか……」
「『蔦屋敷』へ行かれるのですか?」
「そうするしかなさそうだからな」
「でしたら、お昼を召し上がって行ってください」
そろそろ時刻は午前11時半になろうとする頃。
「そうだな、そうするか」
その日の昼は焼きたてのパンに桑の実ジャムを塗ったもの。
桑の実ジャムは『蔦屋敷』から送られてきたものだ。
「こういう特産品が欲しいんだよなあ」
そう考えながら昼食を済ませたアキラは、採取した草を持ち、馬に跨った。
「それじゃあ、行ってくる」
「はい、お気をつけて」
「この時間だから、今日中には帰れないだろう。向こうに1泊してくるから」
「わかりました。行ってらっしゃいませ」
* * *
馬でも、時々駆けさせなければ日のあるうちには着けない。
アキラは速歩で馬を進ませていく。時々駈歩を交えながら。
途中、『湿地帯』を迂回しながら、『ここをなんとかしないとな……』と考えつつアキラは馬を駆る。
そうして、なんとかかんとか『蔦屋敷』に着いたのは午後5時。
そんなアキラは、『湿地帯』をショートカットできれば1時間半から2時間、時間短縮ができるのに、と考えていた。
「おや、これはこれは、アキラ様」
「久しぶり、セヴラン」
最初のうちはつい『セヴランさん』と呼んでしまっていたアキラも、ここのところようやく彼のことを呼び捨てにできるようになってきていた。
「何か急用ですか?」
「そうなんだ。まずは閣下にご挨拶してからだが」
「もう今日の執務は終わっていらっしゃいますから、すぐにお会いできますよ」
「それは助かる」
そしてアキラはセヴランに案内されて『蔦屋敷』内のフィルマン前侯爵の執務室へ向かった。
「おお、アキラ殿、久しいな。元気そうで何より」
「ご無沙汰しております。閣下もお変わりなく」
「うむ、アキラ殿から教わった健康法を実施してからというもの、調子がいい」
そこまで語った前侯爵は、アキラに椅子を勧めた。
「失礼します」
「うむ、それで今日はどうした? 金の無心か?」
「いえ、そんな。……お金に関する話には違いないですが」
「ほう、聞かせてもらおう」
「あ、その前に。……セヴラン、あとでミューリに話があるんだ」
それを聞きつけた前侯爵は、ここへミューリを呼んでこいとセヴランに言いつける。
「ありがとうございます、閣下」
「なに、効率の問題だ」
話はミューリと一緒に聞こう、と前侯爵は言った。
* * *
そして数分後。
「この植物がどういうものか、ですか? ええと、『燈心草』ですね」
「燈心草?」
「はい。今は魔導具の明かりが主流ですけど、50年くらい前までは、油を使ったランプが使われていました。その心に使われた草です」
「ふうん……」
アキラは持ってきた『携通』を起動した。
ミチアがほぼ全部の内容を筆写してくれたため、最近はめったに電源を入れていないが、今日は出先なので使わざるを得ない。。
「燈心草……燈心草……と。あった。……やっぱり!」
「アキラ様?」
「アキラ殿?」
セヴランと前侯爵がアキラの様子に怪訝そうな顔をするが、
「きっと、い草だ」
「い草?」
「あ、いや、ミューリ、この草でゴザを編んだり、敷物に使ったりはしないのか?」
「ゴザ……ですか? そうですね、聞いたことありませんね」
「そうなのか」
理由を聞いてみると、ゴザに編むなら麦わらのほうが手に入れやすいというのが一番の理由のようだ。
「いわば廃物利用ですからね。わざわざ歩きにくい湿地へ行って採取する人はいません」
「なるほどな……」
これならいけるかも、とアキラは考え始めた。
急に黙り込んだアキラを気にして、ミューリが声を掛けてくれる。
「あの、アキラさん……様、何かお考えなのですか?」
「あ、ああ、ごめん。閣下、申し訳ございません」
アキラは詫びると、今日訪問した目的を説明したのである。
「ふむ、街道の整備が湿地帯で滞っており、そのために予算を増やさねばならないわけか」
「その視察でこの『燈心草』を見つけたんですね」
「そう。そしてここからが本題です。これを使った産業を起こしたいんですよ」
「産業? この草が売り物になるのかね?」
「はい。この燈心草は、俺の世界では別名を……と言いますか、正式名を『イグサ』といいまして、畳表やゴザに使われているんです」
「ふむ。『たたみおもて』というのはわからんが、これでゴザを作ると、何かいいことがあるのかな?」
「はい。新しいうちはよい香りがしてリラックス効果があります。そして抗菌作用もあるので、健康にもいいです。まあこっちは多少、という程度ですが」
「ほう」
それで、産業化するための資金を貸して欲しい、とアキラは述べた。
「……いかがでしょうか」
「うむ、構わぬよ」
「ありがとうございます!」
「そもそもド・ラマーク領も我が領内だ。そこを改善するためならばできるだけのことをしよう」
こうして、『蔦屋敷』を訪れたアキラの目的は達成できたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は3月6日(土)10:00の予定です。
20210228 修正
(誤)直接生活と関わりのない知識を蓄えるじちは、貧しい庶民には難しいのだなと、
(正)直接生活と関わりのない知識を蓄えるということは、貧しい庶民には難しいのだなと、
……本来なんて書こうとしたのかわからなくなってしまいましたので今思いつく言葉で直しました。